吠える金(SS小説)
『いいか、俺様はこんな汚いところにいるべき男じゃないんだよ! もっと相応しい場所があるんだ! なのになんだお前らときたら! 野良犬みてぇに薄汚れた格好しやがって、貧乏臭い、このウジ虫が! あぁ、なんでお前らなんて底辺のカスに拾われちまったんだ俺様は! いいか、このウジ共。まぐれとはいえ、お前らが俺様という高貴な一万円札様を手に入れたことは大変すばらしいことなんだぞ! その一流大学にも行ってねぇような価値の無ぇ頭ひねって俺様を相応しいところまで届けるのが、お前ら底辺の唯一の仕事だろうが! とっととここから出せゴミが! お前らみたいな貧乏人が、俺様を持ってることさえ間違いなんだからな、勘違いするなよ、ゴミ! 運良く俺様を手に入れた、もっと金を持て貧乏人が! いいか、世の中、金がすべて! 金以外のものはみんなゴミ! 金にならないなんて時間の無駄! そんなこともわかんねぇからお前らは負け組なんだよ! 借金してでも金を持ってろ! 世の中すべて金、金、金! いいか、お前ら貧乏人は――』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、もう、ぅうるっせぇぇぇええええ~~~~~!!!」
『金』の暴言に、ついにブチ切れた先輩が力任せに封筒ごと破ろうとしている。車の中なので、暴れられると困るのだが。
今日の俺たちの仕事は呪われた品『吠える金』の回収と処分だ。『吠える金』とは、こうやって持ち主に暴言を吐き、精神をすり減らしていくことで有名な一万円札の総称である。十年も所持していれば持ち主の寿命をすり減らすが、大抵はその前に手放すので、ただ暴言を吐くだけの危険度の低い呪われた品だ。
野良の祓い屋である俺と先輩にやってくる仕事なんてこんなものである。俺たちの祓う力は本職に比べてかなり低い。その分値段も安い。だから依頼が多少なりとも入ってくる。そうやって手に入れた仕事だったが、想像以上に金の暴言がうるさかった。そろそろ鼓膜の限界である。しかも金の声だけならまだしも、先輩が切れたことでもう一人増えてしまった。さすがにハンドルから手を離して、先輩をぶん殴るなんてできないし……うーん。
とりあえず、俺は片方をいさめることにした。
「先輩、それ、破れませんから無駄ですよ。曲がりなりにも呪いの品ですからね、それ」
「うるっせぇ~。わかってるよ。んで、今回はどうやって祓うんだ?」
「そうですね。『吠える金』はそこそこレアな方なので、祓うというより売却にしましょうか。あの店ならきっと買い取ってくれますよ」
「お、そうかそうか。そいつはいい♪ 今回の『金』はちょっと手ごわそうな感じがしたからな。あの呪いマニアなら嬉々として買い取ってくれんだろ。面倒な祓う作業がなくてラッキ~~~……って、あれ?」
「? どうしたんです?」
「ヤバ、……封筒から手が離せない」
「えっ?」
「こ……、これ……、低級なやつかと思ってたら、すっげぇ力溜めこんだ『吠える金』だったかも……」
「……。……はぁ~~~……。また、取り分が減りますね。えーっと、道具ないんで、本家のところに向かいますよ。強めの祓い札、格安で買えなかったら指の皮剥がす方向でいきましょうか」
「えぇっ!!!」
「あたり前でしょう。今うちにそんな余裕ないですよ。大丈夫です、この前指の骨折ったときよりは痛くないはずですから」
「お前それ俺の指折った張本人が言う!? 痛くなかろうが痛いもんは痛いんだよ!」
『だからお前は駄目なんだ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』
「うるっせぇッ!!!」
先輩が思いきり封筒を握りつぶした。
また予定にない出費が増える。……やっぱ、違う仕事始めよっかな……。
とりあえず、今考えても仕方ないので、俺はアクセルを踏みこんだ。