狭き門
ご覧頂きありがとうございます。
わたしはラプトさんのブログを読んで真理を求めて右往左往することがなくなりました。
本当にありがたいことです。
同じように求めている方に届くといいな。
今朝の替え歌です。
夜明けに向かって 街が眠りから覚める頃
壊れた心 癒されぬまま キツイ日が始まる
いつも出口のない迷路を 夢中で歩き続けて
昨日に迷い 明日に戸惑い 今日まで生きてきた
ふと振り向いた時 澱んだ河面に
臆病な自分の影が 揺れている
この世にたった一人のRAPTが
溢れる悪に 逆らうように
誰にも 真似できない生き方で
ここまでやれるのか‼️見せてきた
向かい風にも負けない勇気で
吹雪にも凍えないその愛で
弱音を吐かないタフな心で
現実(いま)を超えていけ!狭き門より入れ
〜🎶〜
日々の不安にとらわれず
自由に生きていたいけど
諦めてても諦めたくない
サタンはしつこいです😣
比べることなんてできない
それぞれの(個性)才能がある
理想と挫折 繰り返しながら 未来を創ろう
名もなき義人の涙 いくつも交じり合い
やがては大いなる神に向かって輝く
いつでも本気で立ち向かうのさ
祈り次第で未来は変わる
心に七色の虹をかけて
「御言葉」という鍵を受け取って
嵐にも負けない船のように
暗闇に輝く星のように 誰よりも激しい情熱で
いま(現実)を超えていけ 狭き門より入れ
〜🎶〜
満たされぬ心がいつだって
本来天国 遠ざける
この街で夢を叶えるには
何よりもサタンに打つ勝つことさ
いつでも本気で立ち向かうのさ 祈り次第で未来は変わる
どんなに季節が変わろうとも
(神様の)愛を忘れないでいればいいさ
ここに生きる意味を確かめて
試練という河を越えていこう
そしてきらめくRAPTのように
(肉体にいる間の)
一瞬に全てを懸けて生きよう
この世にたった一人のRAPTが
溢れる悪に 逆らうように
誰にも 真似できない生き方で
ここまでやれるのか‼️見せてきた
向かい風にも負けない勇気で
吹雪にも凍えないその愛で
弱音を吐かないタフな心で
現実(いま)を超えていけ!狭き門より入れ
〜🎶〜
今回は、ブラックな教育現場に勤めながらRAPTブログに出会い、有料記事を読んでいるうちにいつしか心の平安を得られるようになったという女性からの証言です。
この方はRAPTブログに出会う前までは、様々な不安や焦りに駆られていたようですが、RAPTブログに出会って神様を信じるようになってからは、全ての不安や焦りから解放され、さらに今では教育の分野を一から改革しようと懸命に取り組んでおられます。
この方のように、この世のありとあらゆる分野をサタンの手から取り戻し、神様の望む世界へと作り変えようとする人たちが、一人でも多く現れることを心から願います。
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いつも御言葉を私たちに届けてくださり、誠にありがとうございます。
まさに神業と言いますか、ブログから発信されるラプトさんの活動量にただただ脱帽する毎日ですし、ラプトさんと愛媛に移住された兄弟姉妹たちの働きのおかげで、こうやって我々が恵みを享受できている現実に、心から尊敬と感謝を感じています。
私自身は一進一退の信仰活動で、日々「このままでは置いていかれる!」との焦りと(サタンの仕業でしょうね)、日々届けていただける御言葉で救われ、神様の愛を感じ、弱い自分に辟易しながらも信仰生活を続けていられている現状にただただ感謝しております。
自分なりに行動を起こしている中で、私の証が他の兄弟姉妹たちの気づきになれば幸いと思いまして、メールをさせていただくことにしました。
<神様に出会うまで>
幼い頃から、何かを作ったり絵を描くことが大好きな子どもでした。
母親が服飾の専門学校に通っていた過去があり、その流れでよく趣味のパッチワークや裁縫をしておりましたので、横に付いて見よう見まねでいつも何かを作っていました。
とにかく無心で工作や裁縫、そしてお絵かきをしており、それらに没頭しているときと出来上がった際の満足感は何にも代えがたいものがありました。
親もクリエイティブ系に進むものだとばかり思っていたみたいです。
しかし、中途半端に勉強ができた私は変なエリート意識と承認欲求があり、クリエイティブ系ではなく、いい大学に進むことを選びました。
そして、いい大学に進むと、その後の進路を選ぶ際にも周りの人たちに負けたくない!という焦りが働き、あまりよく考えずとある会社に就職しました。
ジャンルとしては人材ビジネスの会社です。
当時の就職活動ではそういった人材ビジネスを扱う会社がブランド化されており、学生の中で一種のステータスとなっておったのですが、私もその会社に所属することで一種のステータスを得たような気になっておりました。
今思えば、実はこの就職活動の時に教師になりたいと思っていたのですが、狭き門だと聞いていたので、簡単に諦めてしまい就職活動をし始めた記憶があります。
しかし、実際働き始めると、ものすごくブラックでした。
営業に配属になったのですが、毎日帰るのは最終電車で、それでも日々の仕事は一向に終わらず、休日出勤は当たり前。
最終電車を乗り過ごし、始発でシャワーだけ浴びに帰る日もたくさんありました。
一緒に働いている人たちが気のおけない仲間たちばかりでしたので、なんとかやって行けていたという感じです。
また、採用ポスターの作成など、クリエイティブな仕事は楽しかったのですが、それ以外はしんどかったです。
ある日、急に会社に向かう電車と反対方向の電車に乗っており、頭は会社に向かおうとしているのに、どうしても体が会社に行ってくれない日がありました。
そのまま、会社に行くことができなくなり、逃げるように会社をやめてしまいました。
会社をやめると同時に、実家に帰ることになり、「遠距離になるなら付き合えない」とのことで、結婚間近だった彼氏にも振られてしまいました。
こうして何もなくなったのが20代後半のことでした。
この時の私はどん底で鬱になりかけていたと思いますが、ふと、就職活動の時に教師になりたいと思ったことを思い出し、遅まきながらも教師を目指すようになりました。
人材ビジネスで働いていた経験を生かし、高校教師を目指そうと思ったのですが、当時の恩師に話を聞きに行った際に、年齢が高いので小学校の教師を目指した方がいい(採用人数が多いので)と言われ、現実的なところで小学校の教師を目指すようになりました。
しかし、この何もない空っぽの期間は、スピリチュアルに大ハマりしたり、神社仏閣巡りして幸せになりたいと強く願ったりと、結婚できるんだろうか、仕事は手に入るのだろうかと、常に不安と焦りでいっぱいでした。
今思えば、いくら占いをしても、神社を回っても、さっぱり幸せにはなりませんでしたが、何とか仕事だけは手に入りました。
必死で勉強し、採用試験に合格し、正規採用として教師を始めることになりました。
しかし、教師になったことで満足することはありませんでした。
教育の現場は、ニュースなどでも言われているように、これまたブラックです。
学校で遅くまで仕事をすることはありませんが、家での仕事量が半端なく、毎日夜遅くまで家に持ち帰り仕事をしておりました。
そして、職場内もあまり仲がいいとは言えず、保護者のクレームも多かったので、また心が病み始めました。
私生活では結婚できてない自分への焦りのようなものが、日々のニュースや友人と話すたびに増大し、仕事でも私生活でも不安でいっぱいになりました。
ただ、不思議なことに、子どもと触れ合っているときは心が浄化され、幸せな気持ちになっていました。
子どもたちに支えられ、仕事をしているという感覚が日々強くなっていきました。
授業もなかなか上手くいきませんでしたが、図工の授業だけはなぜかいつも上手くいき、子どもたちの作品を見てはいつも幸せな気分になっておりました。
そんな中、現在の夫と出会い、2人の子どもに恵まれて現在育休中です。
<ラプトブログとの出会い>
紆余曲折ありましたが、結婚し子どもに恵まれ、仕事も休みなのでとても穏やかな日々を送っておりました頃にラプトブログに出会いました。
熊本地震がきっかけです。
我が子を守るために熊本地震について調べ始めて、陰謀論に初めて触れました。
以前付き合っていた彼氏が、陰謀論のことをチラッと話していたのですが、その時は真面目に受け取っておりませんでした。
熊本地震の時に「未来人」という謎の荒らしが、2ちゃんねるで流行っており、そこで陰謀論なるものを真剣に読むようになりました。
初めの入り口はベンジャミンフルフォードの動画でしたが、すぐにベンジャミンの動画は見なくなり、東日本大震災について書かれているラプトさんの記事から読み始めました。
私は文を読むことがとにかく苦手で、頭になかなか入ってこないのですが、ラプトさんの記事はすんなり頭に入ってきました。
とても読みやすく、どんどん読んでしまいました。
そして、読者対談も全部聞いてしまい、キリスト教の記事ということで倦厭していた有料記事を読むようになりました。
2016年の5月ごろだったと思います。
私には始めは難しい話でしたが、「この人の背景には何があるんだろう?」と強い興味を掻き立てられ、聖書も読むようになりました。
すると、そもそもこうやって豊かな恵みの中で生きていることそのものについて神様に感謝するようになりました。
そして、現在がもっとも、自分が求めたものが手に入り、満たされている状態であることに気づきました。
<自分の過ち>
ちょうど信仰を持ち始めた頃、マイホームの計画が進んでいる頃でした。
このまま進めてしまっては、ラプトさんのいう通り、フットワーク軽く信仰生活ができないなという直感はあったのですが、物欲に負けてどんどん進めて行ってしまいました。
住宅ローンという大きな足枷を、分かっていながら自分で負ってしまいました。
案の定、その後神様から「全てを捨てるように」という御言葉と、ラプトさんから愛媛への移住の募集が始まりました。
家族とできたばかりの新築の家を捨てて、全てを捨てて愛媛に行けるかどうか自問自答しました。
自分は全てを捨てられるのか?
明け方の祈りもまだ集中して行えず、寝てしまうような自分の信仰レベルではまだまだなのではないか。
いやいや、このままだと置いていかれる。神様に裁かれてしまう!といった焦りと日々格闘する毎日でした。(焦るというのは結局サタンに負けているということですね…)
やっと、家族と家は捨てられると決心したころ(夫へ宣言しました)、まだ引っかかっていることがありました。
それは教師という仕事です。
20代後半何もなかった私に唯一残されたのは教師という仕事と(棚からぼたもちでしたが)公務員という安定した社会的立場でした。
公務員という社会的立場を捨てられないのは、サタンの仕業だとすぐわかりましたが、教育というものへの未練がずっと引っかかっておりました。
これを捨てられるかどうかを自問自答している中で時間がどんどん過ぎてしまい、ラプトさんへの移住の申請をすることができないまま、どんどん自己嫌悪に陥っておりました。
すると、ある日のラプトさんの有料記事に「移住や一時滞在を希望する方の中で、日々の信仰活動が上手くできない焦りから申請をしてくる人がいるが、そうではなく神様から感動をいただいたかどうかで申請するように」といった内容の一文を読み、今一度自分の信仰活動を見直し、一人での信仰活動の基盤を作ることが大切なのでは?という霊感?(パッと考えが降りてくる感じ)を感じ、現在に至ります。
(余談ですが、その後、マイホームの隣人トラブルが悪化したのは、何かの導きかもしれません(笑))
<今後の展望>
自分の信仰生活を見直す中で、これまで漫然と行ってきた教師という仕事について見直すことにしました。
教育という分野は、みなさんご存知の通り強くサタンに乗っ取られている分野の一つです。
しかし、だからこそ自分が神様のために、神様を信じる子どもたちをもっと増やすために、何かできるのではないかということに気づきました。
公教育は文科省の出している「学習指導要領」というガイドラインに沿って行われているのですが、例えば小学校でいうと図工・音楽・体育などのいわゆる表現の科目については、あまり細かくそれらが定められておらず、かなり自由度が高くなっております。
私は何かを作ることが好きです。なので図工の指導は他の教科より上手にできました。
まずは図工から、神さまに近づける教育活動はできないかと思うようになり、現在神様に提案させていただいているところです。
(もちろん方向性が違ったらすぐに方向転換しようと思っています。)
最終目標は【最高の教育者】ですが、とりあえずまだ経験が圧倒的に足らないため、まずは図工教育の頂点を目指したいです。
子どもたちが神様の存在に気付き、神様のために活動できるようになる教育方法が確立できれば、別に公務員にこだわる必要もなく、塾などの私教育で行うこともできますし、いざとなったら愛媛に向かう所存です。
ただ、絶対的に足りない現場経験を得るためにとりあえず今その環境がある、ここで頑張るべきだと感じました。
なので、1人で信仰生活をしている私にとって、朝会の音声アップは大変ありがたいです。
ただ、育休中でまだ現場に復帰していないので、幼い自分の子どもにしか実践ができません。
しかしせっかくなので、子育ての一貫として実践できるように、我が子や周りの子どもたちへ試しております。
まだまだ始めたばかりですが、実践内容をブログに記録するようになりました。
そして、2歳の娘は、最近神様の絵を描くようになりました。何だかとても嬉しいです。
早く人気ブログになって、伝道できるようになりたいです。
振り返ると、私の人生には必ず子どもとものづくりがありました。
実践するたびに自分の足りなさを実感しておりますが、日々神様に願い求めて頑張っていきたいです。
遠く離れたところから、愛媛で頑張られておられるラプトさんと兄弟姉妹の皆さまのご活躍をお祈りしております。