思い出
彼と別れてから色々と気持ちに整理がついて、彼との思い出も物を整理しようと箱を開けた。
淡々と思い出を分けていった。
なんの感情もない。
静かな静かな作業。
ダンボールの底と小さな思い出たちの擦れる音。それだけが響く、機械的でとても優しい懐かしい空間。
ふと、1枚の写真を手に取る。
仕事終わりに行った公園で、
観覧車に乗った時の写真だった。
観覧車のオブジェの前に立たされて
ニコニコの係員さん達が撮ってくれた
彼とわたしが写っていた。
お揃いのパーカーを着ておちゃらけた顔の2人。
多分この時にはもう、こうなることを予感していた。
観覧車を乗り終えた時、売店で一緒に写真を買おうと、それぞれの部屋に飾ろうとその私の提案を頑なに彼は拒んだ。
恥ずかしいから、と言っていたけれど、
僕は君の片割れなんだよ
とか
君を守るために僕は生まれたんだ
とか
そんな途方もなく恥ずかしいことをつらつらと言える彼が、そんなこと恥ずかしがるとは思えなかった。
その時私は彼の
名前も、
歳も、
お仕事も、
住んでいる場所も、
何も知らなかった。
教えてもらえなかった。教えたくないと言われた。それでも好きだから付き合おうとも言われた。
好きだから、そんなこと別にどうでもよかった。
慰謝料は払えないから奥さんがいるのなら離れようと私が言うと、いないと彼は答えた。わたしはそれを信じた。
わたしはただただ信じていた。
信じるしかなかった。
ただ、あの日わたしは頑なに拒む彼にムキになって、物凄いしつこく要求した。
そして喧嘩になった。
こんなことになるなら写真なんか撮らなきゃよかった、と吐き捨てた彼を見て、少し、わたしは何かを諦めた。
何を諦めたのかな。
結局すぐに仲直りしたけど。
ぼんやりとこの写真を眺めていた。
街に流れる夕方のチャイムで、しばらく時間が経っていたのだと気がついた。
さてと、早いところ片しちゃわないと。
そして作業に取り掛かる前に、ほんの軽い気持ちで写真の彼にキスをした。
キスをしたんだ。
何故だかわたしはそこから止まることができなかった。
激しく、激しくキスをし続けた。
彼の表情は変わらない。
それでもキスを止められなかった。
わたしは写真を何回も折って
口の中に入れた。
奥歯で噛んだ。
そしてはっと正気に戻った。
わたしはえずいて、彼を吐き出した。
唾液塗れになった彼らを、外が暗くなるまで眺めていた。
そしてゴミ箱に捨てた。
さよなら、思い出よ。