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子どもらしさが死んだとき…
子どもらしさが死んだとき、
その死体を「大人」と呼ぶ。
イギリスの作家さんの言葉らしいです。
流石はイギリス。
ジョークにこってりとした毒が効いています。
ただ、大人という生き物の本質を突いているとも感じます。
保守的だったり、自分や既得権を守ることが最優先になったり、若者を卑下したり…。
全ての大人がそうだとは言いません。
僕自身は?と考えると「死体」と同義語である「大人」の部分は感じてしまいます。
行動しないという決断を歳のせいにするとか、そういう部分はあります。
子どもの頃だったら変に考えすぎず一歩前へと行動していたことが、今はうまく一歩目が出せない自分。
「死体」で「大人」な自分。
でも、それを認識し、改められたらと思っています。
子どもらしさにはネガティブな面もあると思います。
大人(あるいは死体)にもポジティブな部分もあると思います。
これも中庸が良いのかもしれませんね。
死を知る子ども、というか、どっちもタッチしている人というのは味があると思うのです。
目指すならばその辺の領域かな。