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寓話 『 ヤシマイヤミチアナアイタ 』




情報世界の限り無い深淵に於ける大々的な転換の為、その深き底から幾千の針穴を一度に通すかのような精密さに従い、力と意志、明確な意図が物理次元に顕現した、結果、都市近郊にある具体的な地点地下 10メートルに横たわる直径 4.75メートルの鉄筋コンクリート製の水道管が盛大に破裂炸裂し、六つの方向を指し示す多重交錯点の中央に大きな穴が空いた。都市の不可視領域を縫うように走りながらこれを支持し成立させるインフラの一部を為す太い配管が突如として爆発し、都市機能の小領域に穴を空けそして、これもまた決定通りであったのか揺らぎであったのか不明であるが、不運か無垢なる運転手、一人の男をその揺籠と共に呑み込んだ。男は、崩落する瓦礫よりも早くその底へと辿り着きそして誰よりも早くこの穴によって絶命しそして恐らくは何よりも早く転換された。しかしまずは今もまだ拡大を続けるこの穴の周縁部を覗いてみよう。穴について覗くと言えばその穴でありその底か向こう側である常に目を背け、物を語ることを継ぐ必要の為に今は視点を縁に注ごう。穴は又はその縁は、今も拡大を続けておりこれは、穴自体を生んだ崩落の惰性と周辺構造物の脆弱性の掛け合わせによるところであったがしかし、穴は、近時のアセスメントでも盤石と評価されていた近隣住宅区画にも侵出しているようだった、まるで滲出しているかのようだった。土地を覆う新旧の被せ物がその堀その塀、遂には基礎構造までをも穴の奈落に捧げていく様子を、大小部局の様々なテレビ事業者が、ヘリから中継しては驚きの声を全国にレポートしていく。驚きと歓声に包まれながら穴は、何故か止まず、誰しもが何についても不思議がった。穴は( 自らの輪郭を決する一定の )均衡に落着せずにどのような原理で拡大を継続しているのか、呑まれた分だけ穴を埋めていく筈の瓦礫は何処へ姿を消していくというのか、穴発生時に呑まれた最初の男性の安否とその存在の真偽は、本当なのか、救助作戦は本当に、妥当である必要であるのか、本当に、穴はそんなに空いているのか、本当は又はそして何故穴は進行を止めないのか、他に呑まれた者は居ないのか、これはいつどのように満足されて終わるように仕組まれている埋まりなのか、穴は、そうそしてこの穴は、限り無い情報世界からの示しとして飛来し物理次元に翻訳されたこの穴は、これを覗くや視線を注ぎ込む人々の意識をナイアガラのように吸い込みながらこれを確かなエネルギーとも原理ともして成長しているようだった。社会と人間はここでコンプレックスとも言えるシンプルなジレンマに直面した。どうも本当にこの穴は、私達の意識を餌として貪食しながら成長しているらしい、が、ということは、私達はこれを遂に根絶することが出来るだろうか。行政区画上の呼称で町と言える範囲の現実領域が穴に呑まれて消化か昇華をされた頃、状況全体は、世の一般として大衆と呼べる層とか数の人々がこの不可視の仕組みを流石に見抜いて覚悟に迷う段階に達していた。その先の意思決定と集団的実践については統率が困難である中で穴は厳然と進攻を継続していた。まるで地上を誘うように嘲笑う、かのようにしてガラガラと、物体を瓦礫へと還元しながら呑み込んで、どうしてかずっと大きくなっていく。穴の空いた列島に住まう、未だ大多数の《 残された側 》の人々にとっては意識上最悪なことに、

① 正式又は公式に報道されることはないものの、既にかなり《 多く 》の人が穴に呑まれたらしい、その中には自ら飛び込んだものもあるらしく、そして人間の他の動物達も群れとなって穴の底へとダイヴしている、とのこと、なのかも、しれず、本当のところ分からないが穴は大きく、

② 人が一人生きたまま飛び込むととても大きく穴が空く( すすむ )

③ とても最悪のように思えるが、元の交差点の中央だった辺りに、六端十字架のようなものが立っていて、そこに一人の人が逆様に縛り付けられている。しかしその安否も真偽もやっぱり分からない、が、どうもそれはあるいるらしい、いるらしい、いる、いる、れまさばくたに、

④ 正式にも公式にも報道されることはないが男は確かに呟いている

エリ エリ レマ サバクタニ

⑤ これに底から応える声もある

入れ 入れ 羅は 砂漠谷


穴を孕んだ一国をその概念上構成するところの一県丸々が遂にその縁に至るまで穴に堕ち切ろうとしているこの頃、後に結局は総浚い消えてしまったところの 《 残された側 》の人々はその頃、実際上何がどうしてどれくらい失われたのかこれは本当に失われたと言えるのか全てが極めて分からないし分かるためのソースも基準もその先のメインディッシュフィナーレの在り方も分からないという究極的な不分明を、以前同様ぶんめいにあると左程変わらず安穏と過ごしつつも、状況を少なくとも維持的であるように保守しようと、努めて穴を無視するというような途方なき徒労に足掻きそして喘いでいた。自分達の生存を絶対的に脅かす危機に対する注意の一切を没する為のあらゆる人為的努力が為されて、これはこれで人の人による人の為の心理操作と自己統制能を飛躍的に向上させたようだった。しかしながらまあ、時間通りに勝敗の決するような勝負であったろう、現実からの離反者は穴の有無に関係なく常時供給される訳であったし、その一方で情報と情念、情動への規律統制を高めるか深めるかをすれば離反者は増加するというような社会上の自然法則もある中で、どうしてか当初より穴の動態と完全に無関係であった海外部外諸国からのちょっかい( 往々して領海侵犯と海産物の略奪と海上からのあからさまな地上偵察 )も緊張圧として重なって、穴は一貫して勢力を増していくのみであった。その進退に就き加速度の減退のみは観測されど他の殆どあらゆる指標に於いて穴は増大伸長を継続したのだ。穴の進展に従いマリアナ海溝の地理学的揺らぎも観測された。そしてこの国の本土を成す最大島嶼がその中腹に穿たれた穴によって二分されんとするその時、その時が来て、内海による隔たりも悠に越え、この国にあった人の遍く須くが、とぽんとぽんというトポロジー上の音を聞いた。これは穴が母体を食い破る最後の一口によって発せられた音でもあった。そしてこれというその刹那、


何だ 綺麗 綺麗だ 報われた 報われた
とぽんとはとても綺麗 報われたよかった
Que hay  Que hay 向こうには一体何が


という声が穴から地上へ溢れ出て、これを玉音放送みたいにこの国の誰しもが聞いて心を穴に傾けたので、穴は八洲の全てを呑み込んでから自分ごとざぶんと消えた。地平線ごと水平線上から姿を消した。どんな痕跡も波浪も残しはしなかった、徹底的にこの世から共に消え去った。《 海の向こう 》へもあの美しい音は染み渡るように行き渡る、届いたので、億を優に超える星程の人々が、この惑星最大の大陸の麓あたりを振り返りはしたのだが、そこには何も無かった。そこにはもう何も無かった。

穴の開きから閉じまでを見守っていた、磔男にどうしてどうしてと問われたところのものも、事態の完遂を尻目に柏手を一つだけ打ってから消えたがしかし、


Que hay Que hay 向こうには一体何が


こればっかりは本当に誰も知らない。





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