腔話 『 え、あっちってあった? 空飛ぶ海鼠、シーシュポスの悪魔 』




二つに分かれた道を行く時、そして分岐に正誤がある時、例えば、左に行けば山賊の襲来に遭い、それを躱しても落石に呑み込まれることが決定されている一方で、右の道を行けば素直に目標を奪取して目的地に至れるような、分厚いウールのブランケットに包まれて薪の香りを嗅ぎながら眠りに落ちていけるような、そして寝起きにはその土地を感じさせる風合いと食感の程よいブランチが用意されていて、上品に淹れられたブラックティーに落としていいのは一杯にティースプーン二匙までの蜂蜜であり、心の訓練された旅人でなければその宿の主人の目線をつらつらと追い、一見して忙しなくしかし実際は丁寧にゆっくりと、厳かに作業を進行するばかりであるその主人の目線を刹那に奪い、あと数泊していってもいいですかと、聞きたくなってしまうような山小屋の建っている山麓にありつけるであろう右の道の隣に、その時には既に山賊と被害者と奪われた財物の全てが岩岩と土砂の下敷きになっているような左の道がある時、左を選んでしまう人々の心理背景はさておき、私達には素朴に考え、右の道を行く時にでさえ多くのパターン可能性があるように思う。

① 左がなんか嫌な感じがする

特にこれといった兆候 prelude なく左がなんとなく嫌で、だからこそ右を選びそして自分が左を選ばなかった理由はいつまでもなんとなくであるというような場合

② 左に幽霊や死神が立っている、なんなら何かを言っている

ばっちりとした否定的兆候が左に散見されかつその具体的な内容を聴き取りそしてだからこそ右を選んで道を進んだ後に辿り着いた宿の席でその兆候について旅の連れに共有をしながら夜の夢にまでその幽霊や死神を見て翌朝までその否定性に苦痛を抱いたりこのことをいつまでも忘れないという時間的範囲を含むパターン

③ 右に精霊や天使が浮いていて導きをしている時

一つ前のパターンの質感が反転し、時間的範囲はそのままであるようなパターン

④ え、あっちってあった?

この者にとって道は真っ直ぐであり分岐を記憶さえしていない。あらゆる理由で左を避けたか任意の理由で右を選んだあらゆる者に、後から左で起こった惨劇と自分達の幸運について聞かされるが、この者はその惨劇を運命であり宿命であり、それは自分の命がこの宿に運ばれて祝福されているというその幸運と何の変わりも無いということばかりを何となく思いそして記憶しながら、事態の全体を俯瞰する彼我そして非我の目線より、分岐の顛末と輪郭の全体に悲劇と喜劇の双方を越えた双対を、そしてその対向により発生したより高次高度な顛末の全体の輪郭に、新種で新生なお絵描きをしている


え、あっちってあった?

ーーー 命の運びと宿りに軽やかな問い掛けをするばかりの頭領に、左に死神を見たか右に精霊を感じた魔道士が問い詰める

一歩間違えば大変なところだったんですよ。兆候はふんだんにありましたのでこちらを選んでよかったです。宙に浮いた人ならざるものどもが私達を眼差しておりました。

ーーー これに対しいつも頭領は唐突にこう思う

有り難う。でもやっぱりこいつ、《 暗行 recital 》してないな。感知性能のバランスの悪さがそのような像を生み出しているのに、不均衡の歪みや軋み、内的な軋轢が辺縁に要求する襞であり襞を壁としそこに写された像であるとしか言いようがないのに、そんなものを兆候として重用してしまっている。いつかそのような襞、像や兆候を生むところである不均衡の軋轢に、自分が内側から喰われてしまうか、軋轢が極まった末に転換が起こって、死神のような天使に旅を抱き抱えられてしまったり、天使の面をした死神に崖まで誘われてしまうだろう。

魔道士はやはりいつまでも魔道士だ。私は彼を格闘家か調教師を兼任できるくらいに、マッチョに鍛え上げなくてはならない。

ーーー 昨日の分岐点では覗かせなかった逡巡を今ここで自分を前に黒パン生ハムサンドイッチを齧りながら展開する頭領に魔道士が「たまに言ってる 《 暗行 recital 》って何ですか」と合いの手を打つと頭領はここぞとばかりに滔々と喋り出した

《 暗行 recital 》は、全ての重さへの触り、重さへのアクセスと操作であり軽い儀式みたいなもんだ。自分というものや自分の体もまたその全ての重さの中に再構成することで、まず持って単純な重さとして自らを捉えそして操ることができる。暗とはここでゆっくりとか丁寧、網羅的とか完全にという意味で、行はより具体的な行為類型として、操るとか想う、唱えるや記すとして現実化される。ここに本当は観るや感じるも入ってくるのだけれど、まずはそうだな、暗操としてそのスプーンを、出来るだけゆっくり丁寧に、空間を滑らすよう舐め尽くすように、触れる空気、流体の粒子の全てに挨拶するつもりでやはりゆっくりと丁寧に、時間を掛けて動かしてみてご覧、すると時間が溶けて形と質感を変え、そしてお前は重さに触れ、気が付くと全ての重さということもまた分かりつつ、暗操はまた暗想であり重なる、操りと想い、実際の操作と内的なイメージが完全に重なりながら動いていく時に、自分もまた重さでしかなく触れているということが分かるだろう、そしてその範囲は順々に拡張される

ーーー 魔道士は自前の集中力によってこのワークを完遂しようと没入していくも、しかしながら集中する力と同時にこさえてきたもう一つの力、彼彼女にとって集中力をアマツカとするならカミとはまた別に必要であったアクマの力、視線、視線への察知力、他人、他者、自分とは別個に存立し機能するという前提で自らに設えたあらゆる他者他人の視線と思念に阻まれて、自分を重さと触りに還元することができないということを、これまた一つの悪魔の視点から感じ取って判断を下してしまっていた。

頭領は魔道士の左手からスプーンを掬い取るとゆっくりと告げた。

ーーー 重さに触れて、全ての重さになって触れるには、お前はもしかしたら魔法を捨てなければならない。お前はもしかしたら、魔道士であることをやめなくてはならない。魔法に見える法や魔道に思える道とはそういうものだ。全体性の重さと触りから排除されてしまっている。それは見えないし思えない。それを見たり思うことによって発生する皺寄せのようなパワーがお前の力の源泉なのだ。しかし私はお前を必要としている。どうかそのままでいておくれ。私はお前を必要とするのだ。自分の不完全な完全性を支えるために、私は供犠として多くの不均衡を必要とする。お前の揺れに触れて私は中心を知り、お前の波に凪を、そして津波となって波浪していくお前の来た道を辿り、私は震源地に辿り着く。私は貪欲な鴎だ。飛ぶことを知り尽くした海上の鷲、海底の森に王国を再建することを思案する狼なのだ。ほら、スプーンを右手に持ち替えよう。左から離れる間の重さは私が支えている。それはどちらの手によってもいい。ほら、重さに逆らう力を操って、それ自体の重さ自体を操って、お前の右手スプーンはスープの波紋と水面を割って、液体の中で変化する重さの触りに触れながら木椀の底を打ち、打ち鳴らし、全てが打ち鳴らしの音楽、出来事として打楽器であることを知りながら、次もまた重さに逆らう力を操ることで重さを操り、生命のスープを口に運び、その先の管の先に落とし流し込んでしまおう。このお話はもう忘れようか。そうだ、寝物語に《 乱行 remix 》しようか、これは重さでない軽やかさ、時に激しさ、上手くいけば奏でに繋がるものなんだ。丁寧と慎重は意識のBGMとして仕舞い込んでしまって、ただ早く速く疾く捷くとも言い辛い速度窒息としての失速の境地に辿り着くことを前提として前進しよう。そこで全ては軽やかであることを取り戻しながら解かれて、永遠の個物としての息吹を回復する。道中大事であるのは全身の躍動感と中核からの躍動であることを忘れずに跳躍しよう。項にまつわるあらゆる法を引き剥がして、自由になった十分のスペースで一人切りとなった項を要素を、体系から切り抜いて外側を捨て去った要素を項を愛撫によって解体し時に惨殺してみよう。お前の胃の中でスープは胃液と混ざりながら消化され、そのような異化のプロセスを受け入れながらまた違うものへ変異しようとしている。お前はこのプロセスの全体のどこまでを目にすることができるかな。どの様な顕微鏡があれば見えない未来に辿れない過去を伺うことができるのか。

え、あっちってあった?
お前、サリチパコを知っているのか

サリチパコは空飛ぶ海鼠です。海鼠はナマコと書いてなまこと呼びます。それは鱗の様なイボの代わりに人間の顔面、現状主要である感覚器官を詰め込んだ小さな面の沢山を体壁に嵌め込んでいます。イボとされる顔は海鼠の内側に向かって嵌め込まれていますから、人間の胴に手足は海鼠の体毛の様にして外側に垂れてぶら下がっています。空飛ぶ鯨よりも大きな宇宙のような海鼠が空を飛び、そこに三千では収まらない有に無限を越す程の人間達が、顔面を内側に向けて嵌め込まれ、イボのように吸着し体毛のように垂れ下がりながら空中を共に揺られていきます。海鼠の体の全体は飛行に従って揺れ、その揺れに従って人間もまた揺らいでいきます。空に浮かぶ海鼠の運行を人間達は知っているのでしょうか、見ているのでしょうか、というか彼らが海鼠の内側に見ているものは何なのでしょうか、その暗いうろであるような体腔の闇に、彼らは何の踊りを鑑賞しているのでしょうか。

ーーー スープが、美味しいです。魔道士は言いました。魔法を捨てるかどうかを思案しながら、そして自らの頭領が内的世界に耽溺している姿に安堵しながら。性別のない彼彼女である魔道士はテオテニーであることを辞めて頭領のために彼女彼になってもいいかもと想いながら、その時にはこんな美味しいスープを作ってあーんしてあげたいなと思いました。頭領はまだあっちを向いてあんあんしながら、サリチパコの重さと軽さを思案しています

サリチパコの内側は、多分虚無です。但し何も無いということではありません。何も無いというのは清潔と呼ぶべき真空であって虚無では無いです。サリチパコの内部体腔には、イボとなって内側に嵌め込まれた無限の顔面によって繰り返される三千掛ける三千の世界が、燦然と生まれそして消え去っているのです。そう、虚無とは、むしろあらゆる関係性によって要素が融解しているような世界であり状態、存在の誘拐融解幽界なのです。サリチパコの内側で人間の目は闇に向かって開かれており、額に宿る想像力も限りなく空に向かって開かれていますそれが虚なのであります。そこでは一つの具体に三千の可能を詰め込んだような燦然世界の一つ一つが燦々と絡み合って併存共存しているのであります。相互移入の依存関係が成り立っていると言っても問題ありません。更に平明に言い換え、イボとして内側に嵌め込まれた人間の顔面の目が見て額に宿るのは、自分が海鼠の体腔、闇の空に、何をどう見ているのかということと、それはイボとして内側に嵌め込まれた他の人間の面の目にどう映っているのかということの、累進する二段構えによって展開される永劫の構造であり、私は何をどう見ていてそれは彼方此方の三千からはどう見えていてそのような三千世界をそもそも私は覗き込んでいてそうするとあら不思議、何も無かった海鼠の体腔、闇の空に、虹が浮かびオブジェクトが並んでいて、私はそれをこのように見ているこれとことを彼方此方の三千の視点からはこのように感じられているその三千の一つ一つに同様のような入れ子の可能性が無限に続いていくプロセスの錯綜の合間に立ち現れるホログラムそれが人間人間とはそちらこそインフォル間

ーーー 人間を純粋に Perspective だとするとこのようになってしまうんだ。そして空飛ぶ海鼠の行き先は誰も知らない。海鼠が知っているかを知っている人もいないし、それが海鼠であるのかさえ、亡者のための象でさえ知らない。つまり大事大切なもう一つの側面とは、私たちが Sensation でもあるということだ。それは観点に対して感覚、特に身体感覚と呼ばれるだろう。だからね、このスプーン一杯のスープの重さと熱さに味わいが、とても一つな重要であるってこと。

空飛ぶ海鼠の飛行観測地点に設けられた神々のバーで、バーテンダーを務める架空の擬人神を相手にしながら、頭領は限定的な前提に基づく網羅的な推論と、それに隣在する領域に展開される大いなる可能性について思いを巡らせながら呟いていた。架空のバーテンダーは両腕に刺青のような傷跡を漂わせながら、架空でありながら神聖かつ上等なモヒートにジントニック、そして旅に疲れた旅人のためのカルアミルクをシェイクしていた。

ーーー 頭領は彼に馴染みのように囁き掛ける

あんた、あそこから出て来たんだろう。空飛ぶ海鼠のサリチパコ、散逸流動超パースペクティブ構造から。

ーーー 彼は頭領に初めてのように問い掛ける

まあね、出て来たここが鯨の腹の中じゃ無い限りそういうことになるのだろう。でも楽しかったね、岩を運ぶために岩を運ぶのは。気が付いたら自分が、岩に張り付くイボかエラのように思えてきちゃってさ、実際の運動感覚としても岩が勝手に動いていってしまって、岩の動きと重さに引き摺られるようにして坂を延々と昇り降りしてたら、いつの間にか永遠が終わってあれから抜け出て、弾き出されたとも言えるが、その結果として今ここにいるよ。もしかすると自分の感覚を頼りに、あれを作ってあれを脱した、のかもしれないという場所に今はある。

ーーー 頭領は実は自分がここにいるあることをまだ信じられていないようなのでシーシュポスは続けて云う

さてね、まずはこのシェイクを飲むといいよ。新しい土地と世界に入った時にはその土地と世界のものを口にするといい。すると体の内側から馴染んでくれる。俺はあんたがまだこちら側にいるあるとは思えないし、あんたがそうしたいと思っているとも想えないんだけどな。しかしね、サイドメニューもあるよ。ちょっと横行って取って来なくちゃならないけど。有限を前提とした生命のスープであるならば、あんたは何色の何味があるんだい?

闇の虚空の暖かさと重さが、その触りに揺れが、まだ自分には必要であり、まだそれは自分であることを思いながら頭領は、メニューを取りに行くならそれは自分がと、シーシュポスの悪魔に唆されるままに囁こうとすると、横滑りする大きな世界の移り変わりに、分厚いオーク材のベンチにテーブル、それに右手に握って中空に浮かせたままのスプーンの重さが宿り戻ってきまして、そのすぐ向こう側に、この一つの世界の一回の旅の同伴者の柔和な顔面、その微笑が、飛び込んで溢れて参りましたので、具体的な手触りのある信頼を頼りに、頭領は寝物語にこう申しました

ーーー あ、スープってまだある?

すると魔道士は言いました

ーーー この宿にあと数泊してみましょう

目を覚ました頭領を前に性別を決した魔道士は鎮座していて、彼女の視線は自分達のための新しいスープを生み出そうと、この宿に居合わせた人々のザックから溢れる穀や肉、野菜の欠片、それにこの宿の一部として使い込まれた琥珀色の調理器具に注がれていて、それからそれと隣り合う沢山の三千世界に流されて行きました。

するとこの宿の向こうにある山も終える地の底で、空に浮かび揺らめく海鼠の大群を仰ぎながら、森を失った砂漠の象が涙を落として鳴き声を上げました。サリチパコは今日も元気です。元から気のない奴でした。