重症急性カフェイン中毒の 1 例
症例
患者:20 歳代,女性.
主訴:意識障害
既往歴: 17 歳時から統合失調症疑いで近医通院中,また今回から約 3ヶ月前にもカフェイン中毒となり他院で静脈─動脈の体外式膜型人工肺(Veno-Arterial Extra-Corporeal
Membrane Oxygenation, VA-ECMO)による治療を受けている.
現病歴:某日 23 時 01 分,自室内で周囲に大量の空薬包(エスタロンモカⓇ 錠 144 錠: 無水カフェイン含有量100 mg/錠,エスエスブロンⓇ錠 84 錠:無水カフェイン含
有量 90 mg/12 錠)がある状態で倒れているところを家人により発見され,救急要請された.23 時 21 分,救急隊接触時の意識状態は Japan Coma Scale (JCS) 3,橈骨動脈触知
良好で脈拍数 110/分・整だった.周囲には食物残渣様の吐物痕が複数確認できた.搬送中から徐々に意識状態が悪化し,23時43分には約1分間の全身性痙攣が出現した。痙
孿直後から JCS 300,血圧78/53 mmHg、脈拍数102/分・整,SpO2測定不能となりバックバルブマスクによる補助換気が開始された。23時56分、当院救命救急センター到着時には頚動脈の拍動を触知できず心肺停止状態だったため直ちに2次心肺蘇生法を開始した.
来院時現症:意識状態はJCS 300,心電図モニター波形では心室細動(Ventricular Fibrillation, VF),瞳孔径は左右とも5mmで対光反射なし、右鼡径部に手術痕があった。無水カフェインの総摂取量は約 15gと推定された。
来院時血液検査:著明な代謝性アシドーシスと乳酸値上昇があり、また軽度の低カリウム血症がみられた。頻回の嘔吐による唾液腺由来と思われるアミラーゼ上昇があったが、その他に特筆すべき異常所見は無かった.
来院後経過:VFに対して非同期150Jで電気的除細動を施行した.その後から心電図波形は心静止が続いた。
23時59分(来院後3分)に VA-ECMOの適応と考え当院循環器内科医に応援を要請した. 0時14分(来院後18分)に血管造影室へ移動し、0時36分(来院後44分)右大腿動静脈アプローチ(脱血カニューラ 21Fr, 送血カニューラ16.5 Fr)で VA-ECMOによる循環補助を開始した.その間にアドレナリン計9mgを経静脈投与した。 VA-ECMO確立後に再検した動脈血液ガス分析では、pH6.52,K1.9 mEq/
L とアシドーシスおよび低カリウム血症の悪化を認めたため、カリウム補正も開始した(0時42分、来院後46分)。
左鼻腔より経鼻胃管(18 Fr)を留置し吸引したところ、茶褐の吐瀉物 300cc程度が引けた(0時59分、来院後63分)・活性炭50gとマグコロール34g/250mL を経鼻胃管
より胃内へ注入した.VA-ECMO確立後に一時的に洞調律自己脈が出現したが、1時9分(来院後73分)に再度VF となった。 1時30分(来院後94分),集中治療室(Intensive
Care Unit: ICU) に入室した.
ICU 入室後,直ちに持続的血液濾過透析(ContinuousHemoDiaFiltration; CHDF)を導入し、カリウムおよび炭酸水素ナトリウム投与を行いながらpHと電解質の補正を行った.ICU入室後もVF が継続していた(図2)ため、アミオダロン 150mgを経静脈的投与後の4時42分(来院後286分)に電気的除細動(150J)を行った、その直後から頻脈性心房細動となったため一時的にランジオロールを使用し、5時52分(来院後356分)同期カルディオバージョンにより洞調律へ復帰した. VA-ECMO維持に大量の輸液および輸血を要し、また搬送中からみられていた全身性痙攣発作を繰り返しており、鎮痙目的にジアゼパム、ミダゾラム、レベチラセタム、プロポフォールを使用した.
第2病日に撮影した頭部単純CT で著明な脳浮腫と大脳皮髄境界の不明瞭化を認めた.脳波検査では脳波の平坦化を認め,低酸素脳症による不可逆的な脳障害が示唆された。同日、胃管からの血性排液がみられ消化管出血が疑われた。VA-ECMOを徐々に weaningしたところ、循環血液量管理および循環作動薬投与で循環維持が可能であったため、同日 VA-ECMOを離脱した。低酸素脳症により脳予後は極めて厳しいことをご家族に病状説明したところ、これ以上の積極的加療を希望されず、再度の VA-ECMO装着も行わない方針となった。第4病日にCHDF 回路が閉塞したが新たな回路装着希望なく、そのまま離脱とした、その後も意識レベルの改善は無く、第7病日に一般病棟へ退室し、第8病日に永眠した.考察
︎︎カフェインは嗜好品として世界で最も汎用されている興奮薬で,コーヒー、茶葉やコーラなどにも含まれる。また多くの総合感冒薬,鎮静薬や眠気防止薬として一般用医薬品に含有されるほか,清涼飲料水やエナジードリンクなどの成分として様々な用途で幅広く使用されるようになり、年々カフェイン中毒の危険性が高まっている.
︎︎カフェインの中毒量について、成人では1g以上で悪心や塩吐などの中毒症状が出現し、2g以上では頻脈や心電図の異常, 振戦が出現する可能性があるとされる。成人致死量については諸家の報告で一致していないが、カフェイン内服量として150~200mg/kg、血中濃度80mg/mL以上(経口5g以上)との報告がある。自験例でも無水カフェインの経口推定摂取量15gと致死量に達していたと思われる.今回使用されたエスタロンモカ®(無水カフェイン含有量 100mg/錠)は1箱24錠入りで市販されており、5gを致死量とすれば2~3箱で致死量に達する。インターネット通販の普及により、致死量を越える量のカフェイン含有製剤が容易に入手できる状況になっている。また近年、カフェインに限らず薬局で購入できる一般医薬品でも過量内服の症例は増加している。こうした症例は若年者の間で特に増加しており、学校保健教育の中での啓蒙や購入自体に何らかの制限を設ける必要があるのではないかと考える。
︎︎カフェイン中毒の診断においてカフェイン血中濃度の測定は重要だが、本邦では多くの施設で測定することは不可能であり、治療に応用できる院内検査・即日結果取得可能な施設は3.2%(時間外に実施可能な施設は1.2%)にとどまると報告されている。本症例でも当院での迅速なカフェイン濃度測定は困難だった。カフェインの代謝産物の一つであり、構造式が類似しているテオフィリンの血中濃度がカフェイン血中濃度の代替と成り得るという意見もあり、山本らは実際に血液透析前後のテオフィリン血中濃度の経時的推移からカフェイン中毒の治療経過の指標の一助となったことを報告している. 自験例でもテオフィリン血中濃度を測定してみたが、来院時のテオフィリン血中濃度は9.4/g/mL,来院約7時間後のテオフィリン血中濃度は7.6pg/mLといずれも中毒濃度以下であり、諸家の報告にもある通り、本症例においてもテオフィリン濃度単独の絶対値での評価はカフェイン中毒の治療方針の決定や重症度の判断に寄与しなかった。一方で、テオフィリン自体の摂取歴が無いにも関わらず来院時よりテオフィリン血中濃度が上昇していた点からは、血中テオフィリン濃度上昇がカフェイン中毒疑い例における診断補助に有用である可能性が示唆され、この点に関しては今後更なる検討が必要である.
︎︎一般的にカフェインは摂取後45分以内に 99%が吸収され、血中濃度のピークは投与後30~120分程度とされる。また血中半減期は4~6時間であるが、過量摂取時は約15時間に延長する。作用機序はテオフィリンと同様で、ホスホジエステラーゼ (phosphodiesterase: PDE)とアデノシン
受容体(AIおよびA2)を非選択的に阻害する。カフェインがPDEを阻害することで cyclic adenosine monophos-phate (cAMP)濃度の上昇が起こる。またアデノシン受容体を遮断することによりアデニル酸シクラーゼの活性化と内因性カテコラミン放出が起こる。これにより細胞内カルシウムの上昇とミオフィラメントのカルシウム感受性の増
大およびβ1B2刺が起こり、陽性変力作用に寄与する.
その結果として中枢神経興奮作用や平滑筋弛緩作用,心筋刺激作用、利尿作用,骨格筋興奮作用を生じる。カフェイン中毒による症状はこれらの薬理作用が増強されることで起こる。
︎︎低カリウム血症が起こる機序としては上記のうち、①アデノシン受容体の遮断により adenosine triphosphate (ATP)依存性カリウムチャネルが阻害されること、②PDE阻害作用により細胞内CAMPが増加しNa-K ATPaseが活性化されK+の細胞内移行が促進されること、③内因性カテコールアミンの合成・遊離促進によりB2受容体が刺激されることで解糖系や脂肪分解が促進され、血糖が上昇することでインスリンの分泌が促進され、その作用によりカリウムが細胞内へ移行すること、④利尿作用のためにK+の過剰な排泄を引き起こすこと、などが考えられている. 自験例でも急速に進行する低カリウム血症を認め、カリウム投与による急速補正を要した.低カリウム血症を補正した後に施行した電気的除細動により洞調律復帰を果たしたことからは、難治性VF の原因として、カフェインによる直接的な心筋刺激作用に加え、カフェイン中毒による著明な低カリウム血症の影響があったと思われる。
︎︎近年、急性薬物中毒による致死性不整脈に対するVA-ECMOによる循環補助の有用性が散見される. 藤芳らはカフェイン68gを含む錠剤を自殺目的に摂取してから約3時間後に院内で難治性 VFとなり、VA-ECMOを用いて蘇生に成功した1例を報告している。Yasudaらはカフェイン20gを含む錠剤を摂取してから100分後に病院到着した症例に対して予め大腿動静脈に VA-ECMO導入のためのカテーテルシースを留置し、病院到着後 80分に致死性不整脈が発症してから約5分でVA-ECMO 導入に至り救命し得たことを報告している。いずれも院内での致死性不整脈発症例であり、来院後から急変に備えて準備し迅速に蘇生処置を行ったことが救命に寄与していた。大山らは一見すると重症では無いと判断される場合であっても、急性カフェイン中毒では常に除細動が必要な波形に変化する可能性があることを救急隊に伝えていたことで、結果的に救急車内での VF の早期発見よび除細動に繋がり患者の良好な転機を得たことを報告しており、こうしたメディカルコントロールの重要性についても言及している。自験例でも、救急隊が患者に接触した際は軽度意識障害と頻脈があるのみで、一見するとバイタルサインは比較的落ち着いており重篤な印象が持たれなかった可能性がある。本邦での報告例では、VF を発症する直前に全身性痙攣発作を起こしたという報告31922が複数見られ、自験例においても病着13分前に起こった痙攣発作の後に VFに至ったことが推測されたが、救急隊からは痙攣発作やバイタルサインの変化についての報告が欠落してしまっていた背景がある結果的に病院到着から44分でVA-ECMOを確立したが、脳予後は厳しく救命困難だった.
平川らはカフェイン含有製剤を摂取した36名を対象とした検討を行い、カフェイン摂取量5g以下は対症療法,8g以上で人工呼吸および血液浄化を要したことを報告し、カフェイン血中濃度が迅速に測定できない施設では、カフェインの摂取量,中枢神経症状,頻脈性不脈、重度の低カリウム血症や代謝性アシドーシスなどの中毒症状の程度から治療方針を選択することを提案している。また日本中毒学会調査によるカフェイン過剰摂取 101症例を対象とした後方視的検討では、カフェインの推定摂取量6.0g~36.0gで心停止をきたしたことが報告されている。従って、一般的な致死量とされる5g以上を摂取した場合には常に致死性不整脈発症の可能性を考え、急激な症状増悪に備えた事前の準備が何よりも大切であることを再認識するべきである。
︎︎急性薬物中毒症例では自験例のように中毒原因物質の摂取時刻が不明なことも多く、今回文献を渉猟した限りでは、カフェイン摂取から致死性不整脈発症までの時間に関して検討した文献は見当たらなかった.本邦での報告例で致死性不整脈を発症したカフェイン中毒症例のうち、推定摂取時刻から致死性不整脈発症までの時間が記されているものを参考にすると、概ね2~4時間での発症例が多い.一般的にカフェインは腸管から吸収されやすく2時間程度で血中濃度が最大となることが知られており、それに矛盾しない傾向といえる。致死量とされる5g以上のカフェイン摂取が推定される場合、現場で対応する救急隊は常に急激な病状悪化の可能性を念頭に置き活動するべきであり、また、応需する医療機関は急変の危険性について救急隊に知らせるなど情報共有し、さらに来院後の緊急
VA-ECMO 導入も考慮に入れた急変対応のための環境を整備する必要がある.
以下、ソース。