異文化放浪記・後編

※こちらは「異文化放浪記・前編」の続きとなります。
まだ前編を読んでいない方は是非読んでから来てください。
さもないとストーリーについてこれなくて泣きを見ますよ。泣いてる顔を愛する人に見られたいのですか?



5日目「がんもどき」
静かなる平原に、山に、川に、朝焼けが色を与える。色付けられたそれらは生き生きとしはじめアレする。
ここはギーチョ村にある宿ヴィラ・エッピエッピの最上階。私とモォヒィ氏、のぶみち氏は同時に目を覚まし、同時にあくびをし、全く同時に同じ事を言った。
「「「やあやあおはようみなさん。奇遇ですねこんなふうに同時に起きるなんて。しかも今同時に同じ事を言いましたね。ははっまだ言ってるおもしれぇ。朝からこんなミラクル起こしちゃ、今日は何かありますね。いい事だといいなあ。あ、トイレ行って来ますね。あ、じゃあお先どうぞ。え?私が先でいいんですか?え?あなた?ん?あなたが先に行きたいならどうぞ。私はまだ耐えられますんで。えっといやあなたどうぞ。え?私?じゃあ私が…え?あなた行きたいんですね?じゃあどうぞ。え?私?はい!あなたが行っていいですよ。え?私が先でいいんですか?あ、どうぞ。え?私が先?あなたが?あ、はいどうぞ?え?私が先でいいんですか?はいどうぞ。え?私?はい、あなたが先でいいですよ。え?私?」」」
こんな事を朝食直前まで続けていたせいで身支度が中途半端になってしまい、私達3人は今日はパジャマと寝癖で過ごさなくてはならなくなった。
ここの宿の朝食はバイキング形式だ。会場に入るとそれはそれは美味しそうな料理が並んでいた。
とはいえ品目は少なかった。刻んだショウガとデザートの砂糖水だけだった。
お腹いっぱいになった私達3人は部屋に戻った。
「さあて、そろそろ行きますか!」
「このままここにいちゃあ鈍っちまいますからね!」
「へへっついてくぜ坊やたち。」
3人はとある場所へ行こうとしていた。それはアウトレットパーク。
今日はギーチョ村にある、ゴムチョ島唯一のアウトレットパークに行くのだ!
「よし、そんじゃ行きまっか!」
3人はチェックアウトをし、タクシーを捕まえてリリースし、再び捕まえてはリリースしを繰り返して遊んだ。
飽きて来た頃にようやくのぶみち氏の自家用車でアウトレットパークへ向かう事にした。

数十分後、ようやくゴムチョ島いち大きなアウトレットパークが、窓の外にその姿を現した。
私達3人は車内で興奮気味に感嘆の声を上げた。
「す、すごい!あのテナント全部服屋さん?!」
「今日はたくさん買うぞ!」
「ワクワクしますね。フードコートも見てみたい!」
しかしその興奮とは裏腹に、周辺の道はとてつもなく混雑しており、道路整理の方ももう動きがもはやダンスかのようだ。
…かのよう、ではなく事実ダンスだった。整備員の方はこの渋滞のイライラタイムをなんとか楽しんでもらおうと、ダンスパフォーマンスを披露していたのだ。
音楽が鳴ってるわけでもないのに、私たちは、いや周りの車に乗っている人皆が、同じテンポで手拍子をしていた。
そして道路整備の方もその手拍子に合わせてダンスを披露してくれていた。

そんな楽しい時間も過ぎ、私たちはようやくアウトレットパークに到着した。
3人は館内マップを見て、気になる所から順に見て行く事にした。

まずは紳士靴ブランドの"グッポ・グッポ・グッポ"だ。
「いらっしゃいませぇ。お客様ちょうど革靴が欲しそうですのでいいのがありますよ。こちらアロエの表皮で作られた靴でして、中にアロエのヌメリが残っているんです。だから皮膚に優しく、履くほど踵のヒビ割れが治るかもしれない品です。」
「ほほぅ、これはなかなかいいな。」
「他にもございます。生地にクロレラが練り込まれているので光合成します。すると靴から酸素が生成されるので環境に優しい造りとなっております。」
「うむ、これも気に入った。だが私が欲しいのは御社のシリーズ"ゴゲゲモヒン"だ。あるかね?」
「はいもちろん。こちらです。」
店員に連れられ店内を進むと、ゴゲゲモヒンのコーナーがあった。どうやらグッポの定番商品らしい。
「ご試着してみますか?」
「ああ、させてくれ。19.5cmだ。」
「かしこまりました。在庫を探して参ります。」
そう言ってしばらくすると、19.5cmのゴゲゲモヒンがその姿を現した。
「お待たせいたしました。どうぞお召しください。」
「これは…うむ、なかなかいいぞ!まずインソールにタワシを使っているからコチョコチョくすぐったく、変な動きをしないようにと常に気を張るから、ボケっとしながら歩いてしまう心配がない。つま先にあしらわれた草笛も、暇な時に吹けば暇を潰せる。そしてこの紐はしらたきか?小腹が空いても満たせるではないか!カタカナで"悪者is dead"と羅列して書かれているアウトソールも気に入ったぞ。よし、これを買おう!キウイグリーンカラーの方をくれ!このまま履いていきたい!」
「かしこまりました。キャンペーン中ですので5%引きいたしますね。お会計は、16万8820円です。」
「うむ、少し高いがこれだけグレードの高い靴だ。妥当な値段だろう。」
そうして最初の店でまさかの約17万の高級靴を購入したモォヒィ氏。その靴を履き、テンションも上がっているようだ。

続いて私たちは老舗紳士服ブランドとして有名な"モッサ・ゲリビチ"にやってきた。
「いらっしゃいませ…ようこそ…」
いかにも"クール"とか"寡黙"とか"紳士"といった風貌の若者が私たちを迎え入れた。
「お客様、当店は高級紳士服屋でございます。大変失礼ですがドレスコードがある珍しい店舗なのです。指定の服装でないと入店すらできません。」
「服屋なのにドレスコードがあるのか…指定の服とはどんな服ですか?」
「まず靴ですが、右が下駄で左はハイソックス。ズボンは履かずふんどしで、上はMA-1ジャケットのファスナーを締めた上から白のタンクトップを着て、耳と鼻の穴の周辺はペンで黒く塗り潰してください。帽子ですが、サンバイザーを4つ、ツバが前後左右に1つずつ来るように被ってください。最後に、これは服装とは違うのですが、眼球を目一杯上に向けながら口を尖らせ"アイェアイェ"言いながら入店していただく必要がございます。」
私達3人はドレスコードのほとんどを持っていなかったので困った。あらかじめ知っていればその服装で来たのに…
諦めて別のテナントへ向かった。

子供服屋として世界中でシェアしている"チンモリ"。
入店すると、元気のある女性店員が迎え入れてくれた。
「いらっしゃいませ!チンモリへようこそ!ごゆっくりご覧くださいませ!」
大河内氏は少し優しい表情になり、店員にこう言う。
「すみません、娘に服を買って行ってあげたいのですが…」
「かしこまりましたお客様!ちなみに娘さんの写真なんてあります?サイズ感の参考にさせていただきたくて。」
「ああ、ありますよ。さすがはプロだね、写真見ただけでだいたいのサイズ感が分かるのかい。」
大河内氏はケータイの家族写真を店員に見せる。しかし…
「これは…お客様申し訳ありません。その…えー…このような合成写真を見せられましてもサイズ感は分かりかねます…。」
「いや、これは合成などではなく正真正銘私の娘だよ。」
「たとえ合成じゃないとしてもですよ、この子があなたに誘拐された子ではないとも言い切れないですよね。この写真の情報では、この子とあなたが血縁者だという証拠もないです。」
「いやいや、私と目元なんかそっくりだろう?私の娘さ。」
「本当にそうでしょうか。目元が似てるのはたまたまかもしれませんし、そもそも奥様の不倫相手との子ではないと言い切れませんよね。言い切れますか?」
「言い切れるさ。私と妻は硬い絆で結ばれているんだ。それに娘もな。絶対に私の娘だ!」
「この世界には70億人も人間がいます。その中の1人をピンポイントで自分の娘だと主張しそれが当たっている可能性は、宝くじで10億円が当たると同時に雷に打たれる確率より低いんですよ。70億分の1ですからね。私はそんな確率の低い事、信じられません。」
「確率も何も、私は私の妻の出産に立ち会っていたんだ。他の70億人の事なんて考えなくても、この子が私の娘だと捉える方が簡単ではないか。」
「確かにそう捉えることも出来ますね。でもそれはこの世に何通りも存在するあらゆる可能性のうちのひとつでしかないのですよ。」
「あのな、いいか?まず私の妻は不倫などしない。これは…もう何十年も一緒にいると分かるようになるのだよそういうのが。それに私は妻の出産に立ち会った。そしてこの子が目の前で生まれ、そのままスクスクと育った。そんな束の間のひと時にこの家族写真を撮影した。つまりこの子は私の娘だ、という主張をしているんだ。そう捉える方が自然ではないかね?」
「ええ、自然ではありますね。ですが世の中全て自然に物事は進まない。だから"イレギュラー"とか"棚からぼたもち"なんて言葉があるんですよ。自然かどうかを話のファクターにしてしまうと、どんな事もなりゆきで結論付けられてしまう。だから想像だにしないありとあらゆる可能性を考慮すべきなんです。70億人いる人類の中でたったひとりを、"自然だから"という理由で自分の娘だと主張されましても、にわかには信じられません。」
「わかった、わかったもういいから。私の姪っ子かもしれないし、近所の子かもしれない。だからこの写真に写っているこの子にお土産として服を買って帰りたいんだ。サイズを調べてもらえないか。」
「申し訳ありませんが、この写真が合成ではない事に対してまだ裏付けが取れていません。遠近感なんかもサイズを見るのに必要な要素です。例えば10m先にいる子を写したのに実はこの時目の前にいますなんて主張されたら大きさの感覚に差異が出ますからね。」
「では地面を見てくれ。私の影と、この子の影があるだろ?それはほとんど同じ角度で同じ位置にある。私と並んでいる証拠ではないか。」
「影ができるのはそもそも太陽からの光があるおかげでして、太陽が存在するのは宇宙空間。けど宇宙って果たして本当に存在するのでしょうか。実際に行ったことや見た事はありますか?テレビや雑誌ではたびたびその特集が組まれますが、それって事実なんでしょうか。私は太陽の存在は認めてますが、宇宙の存在は認めていません。つまり宇宙空間にあるとされる太陽の存在は認めていないのです。太陽の存在そのものは認めてますけどね。宇宙空間の存在は認めてませんよ。」
「それじゃこれはどうだ?私と娘は手を繋いでいる。これは2人が大きく離れていては不可能な事だ。」
「手ってなにか答えられますか?この5本の突起物が生えたこれを"手"と呼ぶのは人間だけですよね。犬や猫は"て"と言って"手"を想像できない。なぜならこの物質を"手"と呼び"手"として認識しているのは人間だけだからです。さてでは、この写真に写った子が自らのこれを"手"と認識している証拠を提示できますか?できないでしょう。この子が人間である事は姿形からして間違いないと思います。ですが、"手"と言って"手"を認識しているかどうかとは別問題です。普段"ハンド"と言ってるかもしれませんからね。つまりこの写真に関して2人は"2人にとって手を繋いでもいないし繋いでなくもない"という見解になります。」
「わかったよ、そしたらこの次の写真を見てくれ。同じ角度から撮った、別の写真だ。今度は私と妻と娘がピースをしている。この写真ではサイズ感はわからんかね?」
「ええ、申し訳ありせんが分かりかねます。先の話と同様この写真だけでは、この子がこの手をピースとして認識しているか分かりませんから。」
「ピースがどうかはどうでもいいのだよ。要するにこの子の身長や体の大きさを写真で認識しておおよそのサイズ感を調べたいんだろう?」
「ええ、ですがその為にまずは写真が正真正銘な物だと結論つけなくては、お客様に迷惑をかけてしまいます。」
「あああもういい!!ばか!!!!」
大河内氏は顔を真っ赤にし、寄り目をした目は涙ぐみ、止めどなく流れ出る鼻水をしゃくれた下顎で受け止めて次々と飲み、指を全て集約させては破裂を繰り返し、耳たぶに生えた極細毛を引き抜いて痰と混ぜて顔を拭き、内股になり膝小僧を叩きつけ合わせて音を鳴らし、そのリズムに合わせて襟足を1本ずつカールさせた。

怒り狂った大河内氏をなだめながら次のテナントへと向かった。
次は衣類ではなく、家電製品メーカーとして有名な"モチーフ・オブ・チョーク"通称MOCだ。
入店するやいなや、待ってましたとばかりに出迎えてくれた彼の名札には「MOC最優秀準優勝男・コードネーム純情・本名のぶあき」と刻まれていた。
「いらっしゃいまさり、誠にありがとうごさいまさりましてくださいませぇ!」
「色々みさせてくれ。」
「かしこまりもうしあげさせていただきっしゃやいませぇ!」
私達3人は後ろからやんややんや唱えてくる純情を無視しながら、最新鋭のさまざまな家電に感心していた。
「これ見てください…すごい…空気の力で芋の皮を剥く機械ですって!」
「こっちは水の力で肩を揉むらしいですよ。」
「これは政府の力で年金を天下りさせる書類ですね…触らないでおきましょう。」

色々みて回った私たちはお腹が空いたので、フードコートに赴いた。
フードコートは盛況しており、さまざまな料理店が並んでいた。
ざるそばショップナカムラ、王道ざるそば大沢屋、フレンチZar-Sova、ざるそばのキイチ、ざるそばスタンドなど、錚々たる料理店があった。
私たちは迷った挙句、ざるそばを食べる事にした。
麺類が好きなモォヒィ氏は語った。
「蕎麦ってラーメンと似てますよね。この細長い麺と呼ばれる物質を、塩気のある液体に浸し食べる。食べる直前にようやくその料理が完成するようなもんですよね。面白い。ラーメンにはない味わいもまたアレでこうでこうなってて…」
大河内氏は蕎麦を温泉に見立てた。
「蕎麦ってある意味温泉なんですよ。麺がその味の真骨頂を発揮するのはダシにつけられたときですよね。人間が温泉に入ってデトックスしたり癒されたりする事で真骨頂を発揮するのと同じだなと数十年前から思ってましてねぇ。」
私も2人のテンションに負けないように語る。
「蕎麦を食べてしばらくすると、一緒に飲み込んだ空気が屁やゲップとして放出されますよね、つまりこの蕎麦こそ今回の研究対象に相応しいのではないかと思ってるんです。もう明後日には帰りの便に乗らなきゃですけど、なんかこの蕎麦で研究してみません?」
大河内氏は手のひらを前に出し私の話を半ば遮るかのようにこう言う。
「足皮君、せっかく遠くに来たんだからもう少し楽しんで行こうよ。」
「それを言われちゃあね。」
私達3人はざるそばザリーの返却カウンターに食器を置き、再びテナントを見て回った。

日も暮れかけた夕方頃。
私達はさまざまな店でそれはそれは色々な物を購入した。
ストリートファッションのサダミチでは"SUTORI-TO"とプリントされたミュールを、モードファッションのムンツォでは"穴だらけ"をモチーフにした新作"Fushidara"のドレスを、印鑑ショップヨボヨボで家族全員分の象牙でできた印鑑を特注購入し、水銀ショップメチルンで水銀を1リットルずつ、トークショーショップで店員の話をきき…
とにかく今日だけで累計数百万は使い、車の中はお土産でいっぱいだ。早く家族の顔が見たい。

こうして本日の宿"ズィーニョム"に着いた。かの有名なゴレヴピグループの宿だ。
ズィーニョムにチェックインした私達は大量のお土産をまるでバックパッカーのように背負い、812階にある自分たちの部屋に入った。

さすがはゴレヴピグループ。この宿の景観はとてつもない絶景だ。
絶景を自慢する為にわざわざ窓にでかでかと"すごいだろこの景色"と刻印されている。この刻印がなければもっと綺麗なのだが、ズィーニョムのお目玉ということで仕方ないと目を瞑った。
するといつの間にか大河内氏が温泉に行く支度をして玄関に立っていた。さすがだ。温泉の準備が早すぎる。
モォヒィさんと私は少し休んでから温泉に行くことにし、大河内氏を見送った。
部屋でテレビをつけ2人で見ていると、突如ノイズが走った。
「どうしたんだろう?ここは電波が悪いのかな?」
「いや、ゴレヴピグループの旅館だ。そんなことはないはずだか…」
戸惑っていると、ノイズの奥からとある映像が浮かび上がったかと思うと、それは今まで見ていたテレビ番組とは別の、はっきりとしたあるものとなった。
そこに映ったのは薄暗い一室。しかし真ん中に仮面を付けた何者かがおり、その男はムクっと顔を上げると私達にこう言った。
「ククク…ずいぶんと旅行を楽しんでいるようだな…。足皮すすむ!田澤つとむ!」
「お、お前は一体誰なんだ!」
「申し遅れましたわたくし、テレビの受信機修理に参りました"仮面印の修理屋さん"の担当マツバラと申します。」
「なんだ修理業者さんか…。」
「お客様のお部屋のテレビですが、見られるチャンネルが増えました。また録画機能なんかもつきます。もう間も無く修理が完了しますからね。」
そう言われたもののもう疲れちまったのでそのまま寝た。
隣の部屋のイビキがこちらまで響いてきてうるさかったので、3時間に渡りリズミカルに壁を叩いて大迷惑をかけてやった。



6日目「さわやか」
大手総合商社ゴレヴピに属する(株)ハナクソが運営する最高の旅館ズィーニョム。812階にある薄暗い部屋のカーテンの向こうからは、日差しが、早く中に入れてくれと言わんばかりに隙間を縫って日差しを注ぎ込む。
そのカーテンが開かれると同時に明るく爽やかな日差しが部屋いっぱいになだれ込む。
窓を開けるとそこは山の緑と空の青だけが一面に広がっており、季節の鳥たちは吹く風に朝の挨拶をしている。
遠くから香るパン屋の窯の香り、そこで買ったバケットをカゴに入れて帰宅する貴婦人が遠くに見える。パン屋があるその区画の、石壁に反射したきらびやかな朝の日差し。そして涼しげで花の香りすらする乾いた空気。
こんな平和な情景は、まるで私たちの目覚めを祝ってくれているようだ。都会の喧騒など知らない世界がここにはあるようだ。
私たちのいる階層だが、812階ともなるとかなりの高さだ。しかしながらゴレヴピグループだからこそできる特殊な建築方法で、この建物は決して倒れることもなければ揺れることもない。安心安全に高所からの絶景を楽しめる唯一無二の旅館だ。

そんな812階から約10分間エレベーターに乗り1階にあるフロントへ。
「おはようございます。昨夜はゆっくりお眠りになれましたか?」
「ああ、疲れ果ててぐっすりだったよ。」
「それは良い事です。我が社の素晴らしいベッドでお客様の疲れを癒すことができ、私共も幸せでございます。」
「ありがとう。さ、チェックアウトをさせてもらおうかね。」
「かしこまりました。ではこちらに…」
必要な手続きを済ませ、私達3人はズィーニョムを後にした。
そしてある場所へと向かった。「ゴムチョ立・セムチョモムチョ博物館」だ。
入場料はたったの3600ペクソチンモだ。
私たちはそれぞれ3600ペクソチンモを払いセムチョモムチョ博物館に入った。
この博物館の凄いところは、1つの巨大な建物内にいくつものエリアがあり、エリア毎にそれぞれ異なるイベントを催している事だ。
「おお、やっぱりゴムチョはこういう文化遺産に金かけてんなあ…」
入場してすぐ目の前に広がる、高級感がありながら博識な雰囲気すら醸し出しているその建造に深く感心し呟くモォヒィ氏。
「いやあ、いろんなイベントやってますよ。どれから見ようかなあ。迷っちゃいますね。」
「私、あれ見てみたいです。」
のぶみち氏が指差す先にはなんと"世界のユニークな温泉"というイベントがあった。
かつて自分を裏切った組織を倒す為の、まず知識として、こういった博物館で教養を身につけておくのはある種の作戦とも言えよう。たぎる何かを目に宿したのぶみち氏に対し、私たちは無言で頷きそのイベントエリアに入った。
数多の温泉に入ってきたのぶみち氏でもやはりまだ世界中は周りきれていないようで、初めて見るその資料に驚いていた。
「ほほぅ…コーラとペプシを混ぜた湯とは…昔からコーラとペプシはライバル同士として知られているが…ある意味で戦いだこれは。この温泉に浸かればもちろんデトックスできるだろう。炭酸の力で肌にもいいだろう。だがそれは果たしてコーラのおかげかペプシのおかげか、わからないわけだ。だからこそ脱衣室の隣に議論室が編設されていて、どちらの飲料のどんな効能が、どういった効果をどこにもたらしたかを徹底討弁するわけだな。面白い。この旅が終わったら行ってみようかな。」
他の温泉を眺めていたモォヒィ氏がのぶみち氏に語りかける。
「大河内さん、これもユニークですよ。焼肉のタレでできた温泉ですって。よく、浮かせたお盆の上にお酒を置いて温泉を嗜んでいる場面があると思うんですけど、それがここの温泉では七輪みたいです。そこで焼いた肉や野菜をそのまま湯船に浸けると、もうそれはアツアツの焼肉ってわけですね。入浴と食を一度に済ませられる。今流行りの時短術にもなりますし、お湯を使わないから水道代の節約にもなる。すごいな、温泉って時代に合わせてこんなに進化していたんだ。」
私も面白いものを見つけた。ワクワクしながらのぶみち氏を呼ぶ。
「のぶみちさん、これも面白くないですか?湯船の中にあるお湯は元々冷水らしいんですけど、その日入浴する人たちの体温で温めていくんですって。皆で育むからこそそこに一体感が生まれ、人と人の絆を再確認できる温泉なんですって。なにしろ運営側も水を温めるエネルギーがかからないから節約になります。凄いなあ今の時代!」
するとのぶみち氏は、
「私実はこれ入ったことあるんです。この温泉は本当に面白かったですよ。最初冷水なもんだからみんな冷えちゃって…!でもそこで寒風摩擦の原理を利用して、皆で湯船の中で固まって体を擦り合わせたんです。15,6人くらいだったかな。みんなで声を掛け合い、ソーレソーレ!って。そうすると濡れた体が擦れ合う摩擦熱で体も湯もホカホカになっていきましてね。一期一会だったとはいえ、あの時たまたま同じ湯船にいたあの人たちは家族のようでしたよ。」
昔の思い出を懐かしむような表情で温泉施設のジオラマを眺めるのぶみち氏。その顔は少し切なさを含んだ寂しげな表情だった。
モォヒィ氏はまたユニークな温泉をみつけてきた。
「大河内さん大河内さん!これ知ってます?回転温泉!回転寿司みたいに真ん中にレーンがあって、色んな湯が張られた洗面器が回ってるんですって。で、席に着くとその中から好きな湯の入った洗面器を手に取って自身に浴びせるシステムらしいです。回転寿司から着想を得た全く新しい入浴方法で、この先20年の間に新常識として定着していくらしいですよ。」
「ほほぉこれは知らなかった。是非入ってみたいものだね。レーンの真ん中にいる人は職人さんかな。洗面器に何やら粉を入れてるけど…入浴剤かな?さすがにありとあらゆる地域の湯をそのまま持ってくるわけにはいかないから、注文を受けてから洗面器に入浴剤を入れて湯を張って提供するんだね。いいじゃない!いろんな香り、効能を一度に楽しめるんでしょ?こんな楽しいところがあるなんて!」
のぶみち氏は見たこともない新しい温泉に胸をときめかせ興奮している。
「これもまた凄いなあ!温泉温泉だって!温泉の湯船の中にまた湯船があるらしい。外側の湯船によって癒されデトックスした内側の湯船が、本来持っている力を最大限発揮して温めた湯に、我々人間が入るのだそうだ。湯船のコンディションすらも考慮した温泉ねえ…今までの温泉を過去のものとする全く新しい新時代の温泉だ!これはワクワクするぞ。」
「オフィス温泉なんてのもありますよ。一見オフィスのようですけど、よく見るとそれぞれのパソコンデスク前にあるのはチェアではなくて小ぶりな湯船…。つまりオフィスで仕事をしながら入浴できるって事ですね!この先数年で、温泉がより身近なものになっていくんでしょうね…!」
私たち3人は温泉の過去と未来に思いを馳せ、ワクワクした気持ちでイベントを楽しんだ。

温泉イベントから出ると、テンションの高いのぶみち氏を見て、モォヒィ氏もラーメンのイベントを見たいと言ってきた。だがそんなに都合よくラーメンのイベントなど…やっていた。
温泉イベントの真隣で、それはやっていたのだ。
"世界の驚くべきラーメン100選"
「いやぁ、こんなの見せられちゃあ入らない手はないですよ。なんせラーメン、私の大好物ですからね。」
モォヒィ氏はオモチャ売り場を見つけた子供のように足早にそのイベントブースへと入っていった。
「おお!これは!うぉぉ!これも!あ、これは食べた事あるぞ!」
「モォヒィさん、落ち着いて落ち着いて。博物館ですから静かにしましょう。」
「いやぁ失礼失礼。私ラーメンの事となると周りが見えなくなっちまいましてね。いやしかしここは素晴らしいブースだ。」
「確かに面白いですよね。もうネタ出切ったであろうに、世界中にはまだこんなにいろんなラーメンがあったなんて…。」
「これ、知ってます?コク塊ラーメン。スープのコクが増すとサラサラからだんだんドロドロになっていきますよね。それを究極に突き詰めた結果、スープが固形なんです。とんでもないコクをした硬めのスライムみたいなスープなんです。だから麺が通らないので、別々に食べるんですよ。」
「いやぁ知らなかったです。これも面白いですよ。漢方ラーメン。あらゆる植物や昆虫を煎じ器ですり潰して粉末し、それを調味料として出しているそうな。なになに植物にはドクダミ、コットン、ハエトリソウ、オジギソウ。それから昆虫はハリガネムシ、ヒル、ゲジゲジ、アニサキス、ウジなどが配合されているらしいです。」
「オェェきめぇ。」
あまりの気持ち悪さに私はその場で盛大に嘔吐してしまった。ズィーニョムの朝食で出された藁半紙の甘辛煮と潜水艦の中華風ソテーが、咀嚼された姿で私の口から胃液ごと流れ出てきた。
「足皮さん、大丈夫ですかあ?それよりも見てくださいよこれ!憂鬱ラーメンですって!麺や具、スープの色をわざと灰色に統一して色味による食欲を完全に切り捨てたみたいです。けどそれに反比例して味はとてつもない旨みだとか。」
「いやあ世の中にはとんでもないラーメンがたくさんあるなあ…あ!あれは!」
モォヒィ氏の指差す先にはなんと、私にとっても馴染み深い店"ギブミーチョップスティックス"があった。
「足皮さん足皮さん!ギブチョプありますよ!ホラ!」
「おお!"味もさることながら、店頭に並んでいる人々は皆、配られたメモでやり取りをしてそれはまるでペンパルともだち。そしていざ店に入ればんなそペンパルともだちと人形遊びまででき、まるでオフ会のようだ!ラーメン以外にもジーンズのお直しとジュエリーショップも兼ねている、世界に唯一無二の超ユニーク店だ!"ですって!すごいなあ、自分の馴染みの店がこうして特集されていると嬉しいもんですね。」
私は日本に帰ったらギブチョプに行こうと思い、また自宅で待つ妻や子供達に思い馳せて少し寂しくなった。

ラーメンイベントブースを見終え、次に何か興味の惹かれるイベントブースはないかと辺りを見回す。
しかし、他には"ぶんちんの歴史"、"トンネルだいすき"、"ウンチのある暮らし"、"人々を魅了するケツ"など、私達3人にとっては全く興味のカケラもないようなクソイベばかりだった。
なのでそのまま本日泊まる、この旅最後の宿。これまたゴレヴピグループが運営する"ぎょう虫の里"に向かった。
ぎょう虫の里は博物館から車で2時間ほど下った所にある。広大なギーチョ村の端に佇む、煉瓦造りの高級感あふれる建物だ。上部にはステンドグラスがあしらわれ、その透き通るような色で宿泊客をもてなす。
「いやあ、大きなホテルですね。」
「昨日のズィーニョムも凄かったけど、ここはここでまた違った凄みがありますね。」
受付に行き、チェックイン。
「いらっしゃいませ、ぎょう虫の里へ。足皮様ですね。お待ちしておりました。ただいま従業員が参りますので、お荷物をどうぞそのままお渡しください。お部屋にウェルカムドリンクをご用意させていただきましたので、お夕飯までの時間にどうぞお楽しみください。こちらがお部屋の鍵でございます。それではごゆっくりと、世界最高峰の宿泊をお楽しみください。」
完璧なトークですっかりいい気分になった私達3人は、現れた従業員に荷物を預け、今晩泊まる5階の奥の部屋へと案内された。
「足皮様、こちらが本日お泊まりいただきますお部屋でございます。明日の朝食は7:30より、大食堂にてバイキングを執り行いますので是非ご利用くださいませ。では、ごゆっくりとお寛ぎくださいませ。」
深々と、しかしゆっくりと頭を下げ、従業員は去っていった。なんて丁寧な接客だ。さすがゴレヴピグループの社員は素晴らしい。
受付で渡された鍵は、いわるゆ私たちが認識している鍵ではなく、サバだった。
そのサバの頭をドアの穴にねじ込むとガチャリと鍵の開く音がし、ドアが開いた。
部屋に入ると、受付で言われたようにウェルカムドリンクなるものが置いてあった。横に
"いらっしゃいませ。旅はお楽しみいただけましたでしょうか。こちら、弊館特製のウェルカムドリンクでございます。ギーチョ村で毎朝採れる新鮮な青臭い雑草を大浴場の残り湯に漬け込み、食堂で出た残飯と従業員の鼻脂を中火で煮立てながらブレンドしております。"
私達3人はウェルカムドリンクを一気に飲み干し、吐いた。
その晩私達3人は体調も優れず、早めに寝た。



最終日「ウナコーワ」
超丁寧旅館"ぎょう虫の里"のどっかの部屋に3人の馬鹿野郎がいた。私と、田澤=モォヒィ=つとむ氏と、大河内のぶみち氏だ。
私達3人は別々の志を持ちながら合流し、同じ道を歩んできた。
しかしどんな事にもいつか終わりが来るように、この旅もいよいよ終わりを迎えようとしていた。
その寂しさを各々感じながら身支度をし、チェックアウトの時間だ。
「さて、いよいよですな。この旅の終わりも。」
「長いようで短かったですね。」
「またこの3人で集まりたいもんですね。」
「きっと集まれますよ、また。」
「へへっバカヤロウ。」
私達3人は各々荷物を持ちフロントへ降り、チェックアウトの手続きをした。
「おはようございます。昨晩はゆっくりとお眠りになられましたか?お客様の笑顔が私たちの幸せです。あとお客様の喜びも。あとお客様の健康も。あとお客様の…えーと、色々と私達の喜びなんですよ。それとこちら、チェックアウトされる方へ贈呈しておりますハムでございます。3名様なので3枚どうぞ。」
私たちはその場で1枚ずつハムを食べ、ぎょう虫の里を後にした。

ギーチョ村からフィーゴムに乗り、港へ向かう。
村のフィーゴム乗り降りエリアで、大きな荷物をなんとか積載しフィーゴムに乗り込む。
「いやあ、たくさん買ってしまったから荷物が重いこと重いこと!」
「ほんと、帰ったら家族の前でお披露目会ですね。」
「私は一杯やりながら旅の余韻にでも浸りますかな。」
私達が行ったアウトレットや博物館、それにキッピチランドがだんだんと遠くに小さくなっていく。ああ、旅ももう終わりなんだと少し切なく感じる。
その後も私達3人は港に着くまでの間、雑談をしたり窓の外を眺めていた。
「モォヒィさん、いつかまたギブチョプに行きましょうよ。その時は大河内さんも一緒に!」
「いいねぇ、そのうち本当に行きたいもんだ。けど足皮さん連絡先交換したくても、今スマホないんでしょ?車に忘れてきたんでしたっけ?」
「ハハっそうだったそうだった。連絡先交換出来ないとなるとなあ…。けどまたどこかできっと会えますよ。」
「その時は屁やゲップの研究が終わって、世間のために何かを残している事を願ってますよ。それから大河内さんも、組織への復讐、必ず成功させてください。」
「絶対返り討ちにし、湯船を血で染めて見せますよ。」
「はははっ捕まらないようにね。」
やがて港に到着し、私達3人は荷物を持って外へ。

「さ、私はこの辺で。」
「あ、大河内さん、もうここで行ってしまうんですか?」
「ええ、次の温泉に向かわないといけないのでね。なかなかの大きな温泉なので、早目に準備とかしておきたくて。なのでこの辺で一旦拠点に戻って支度しようと思います。」
「そうですか。わかりました。短い間でしたけど楽しかったです。本当に。またどこかでお会いしたら、積もる話でもしましょう。」
「ええもちろん。その時はヤャピャのお土産もお渡しするので楽しみにしていてください。」
大河内氏はそう言い、私たち2人と軽く握手をして別の船に乗った。
大河内氏の乗る船が出航し、徐々に小さくなり、やがてそれは地平線の向こうへ見えなくなった。"小河内ってか?"と思った。

「さ、我々も駅へ向かいましょう。」
モォヒィ氏と共にォヴォヴァ駅へ向かい、メッチョ線に乗りこむ。
ォヴォヴァ駅でモォヒィ氏が言う。
「私も、自宅が足皮さんと反対方向なのでこの駅でお別れですね。」
「そうですか、では寂しいですけどここでお別れですね。」
「ええ、またゴムチョ島にもいらしてください。その時はまた別の所を案内させていただきますから。」
「その時は是非美味しいラーメン屋に連れて行ってください!」
私達2人は固く握手をし、モォヒィ氏は「では!」という声と共に私が乗るのとは別の電車に乗ったり降りたりを繰り返し、私を大いに楽しませた。
やがて電車の扉が閉まり、ギリギリで乗れたモォヒィ氏は目に涙を浮かべ、鼻にも鼻水を浮かべ、口からはヨダレを垂らし、耳からは膿が出ており、ほほ全ての毛穴から異常量ともいえる汗をかきながら私に手を振った。
私もそんな彼に手を振り、電車が発車すると、それはだんだんと小さくなり、そして見えなくなった。

さあ、帰路だ。ここからはもう1人だ。
私は電車に揺られながら昨日までの6日間の事を思い出し、時折車内BGMに合わせて現地の人たちがそうしているように踊り狂い、ゴムチョ国際空港へと到着した。
そして1日目とは異なり、スムーズに飛行機に乗り込む事ができた。

それから数時間ーーー。

夕焼けが滑走路を切なく照らす、浣腸国際空港。
そのターミナルから外へ出る。
見慣れた、しかし不思議とどこか懐かしい自分の車に乗る。スマホもちゃんと車内にあった。
そして出発した時と同じように、約1時間40分かけて自宅へ向かうーー。

しかし、私はある事に気がつく。
荷物がないのだ。ゴムチョ島に持って行った全ての荷物、現地で購入した全てのお土産。
そう、ぎょう虫の里に全て置いたまま出てきてしまったのだ。手ぶらで帰ってきてしまったのだ。
「ああ、チクショウ!」
車内で叫び倒したがもはや何の意味もない。
7日間で得たもの、むしろ自宅から持って行ったものすらも全て忘れてきてしまった。
私の手元にはスマホ、ポケットに入れていた財布。ただこれだけだ。
しかもよく考えたら元々の研究議題である「今私たちが呼吸している空気は、かつて誰かの屁やゲップ」の研究をするのも忘れていた。7日間遊び呆けてしまったではないか。
私とした事が…。家に帰ったら妻に何と言おう。
「オロロロローーーーーン!」
私は子供のように泣き喚きながら車を走らせたーー。

終わり。


〜あとがき〜
鉛筆2本使い切りました。
2012年 足皮すすむ

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