友達の推しコンテンツが終わった
2023年4月4日、ゲーム『アイドルマスター SideM GROWING STARS』のサービス終了が発表された。終了日は同年7月31日。サービス期間は2年弱らしい。
わたしは『サイスタ』をプレイしていない。キャラもあやふやだし曲はほとんど聴いたことがない。それでもひどく悲しかった。落ち込んだ。
友達がずっと推しているのを知っていたから。
わたしの友人には何人か『サイスタ』のプレイヤーがいたが、その友達は特にアイマスという作品を愛していた。
曰く「あのコンテンツもこのコンテンツも合わなかった。ファンやジャンル全体の雰囲気とか。だからもうわたしはアイドルマスターという安息地にいようと思う」とのこと。あれとかそれとかは具体的な作品名だったが変ないさかいは避けたいので伏せておく。女性向けの巨大IPで、世間に相当浸透した名の作品である、とは明かしておく。
彼女はアイマスとともに生きている。
SideMだけではなく、シリーズ全体にその愛は及んでいる。しかし「今いちばん熱い」のはSideMなのだろう。それは傍から見ている身にも十分わかった。「超常事変」がすごい、「男極」がやばいと語る彼女は本当に生き生きとしていた。受験生なんてどうしてもブルーになる期間だというのに、すごかった。最高のリフレッシュ器官として彼女を支えていてくれたのだろう。
だから、『サイスタ』がなくなってしまったら彼女がどうなってしまうかわからない、そういう感じはあった。
でもわたしは「SideMが終わるなんてことはないだろうな」となんとなく思っていた。
まず『アイドルマスター』という大きなIPの一角であること。アイドルゲームとしては歴史もあるしそれに応じたノウハウもある、固定ファンもいる。Twitterを見ていても百々人くんや猫柳くんを推しているフォロワーが何人もいて、ジャンルの大きさがわかった。手を引かなければならないほど苦しんでいる作品には見えなかった。
それに、ゲーム自体のクオリティにも目を見張るものがあった。ちらっと見せてもらっただけだが、ライブ動画がぬるぬる動いてまるで目の前で本当にライブが行われているかのようだった。この完成度の3Dライブにはなかなかお目にかかれないと思う。
気合の入った作品。作り手から愛されている作品なんだと感じた。
「サ終が決定しました」
彼女から連絡が来て、そこで初めて『サイスタ』がサービス終了することを知った。
通知欄にあるメッセージを信じられないでいた。そりゃあソシャゲはいつか滅びるものだけれど、絶対に今じゃないと思った。
アイマスほどの大きなIPが、1レーベルまるまる撤退なんて。
あんなに丁寧に作られたライブ映像と楽曲とキャラとが、みんな過去のものになってしまうなんて。
早すぎる。まだなにもできていない。
別にSideMが凍結されるわけじゃない。ゲーム以外のプラットフォームでこれからも物語は続く、のだとか。
でもそれではいけない。アイマスPはプロデュースが本分なのだ。アイマスはプロデュースゲームなのだ。
わたしはほんのちょっとだけシャニマスを触ったことがある。(ゲームが下手すぎて)W.I.N.G.優勝はできなかったが、それほど短い間でもわたしは雛菜のことを特別に思えるようになった。恋ではない。アイドルとプロデューサーの間の絆と呼べるものだ。プロデュースを一周した程度のわたしでこう感じるのだから、何度もプロデュースして何年も付き合ってきたPの気持ちなんてどう量ろう?
これはあとで知ったことだが、発表されたあとのTwitterにはこんな書き込みがあったという。
「SideMのP、死ぬなよ。そんなことしないって言うかもしれないけれど、とにかく馬鹿なことは考えるんじゃない」
今検索したが該当ツイートがヒットしなかったのでもう削除されているのかもしれない。
だが本当にそうだ。SideM関係のサ終はこれで3回目。そして今回は正真正銘、ゲームを通したつながりが終わるのだ。アイドルとプロデューサーの関係が半永久的に絶たれてしまう。
彼女は大丈夫だろうか。
心配だった。彼女はしずしず推すタイプではなく、どちらかというとキャラクターや作品の一挙手一投足に対して率直に喜怒哀楽を示すタイプだ。「この一瞬がめちゃくちゃカッコいい」「ここは悪手だったと思う」と小さなことでも結構大きく心が揺れる。オタクはそういうものなのかもしれないけど。
だから作品自体がこんな振りかぶりかたをしてきたら、冗談抜きで彼女の命に関わる。
生きろ。強く生きろ。そう念じて彼女からのメッセージを開いた。
「とても落ち込みました」
思ったほど荒れた文面ではなかった。でもだからこそ、発表からこのメッセージが送られるまでの嵐のような何時間かが窺える。
それほど多い文量ではなかったけれど、悲しみはひしひしと伝わってきた。八つ当たりのようなことは一つも書かれていなくて、やはり彼女は聡明だと思った。当たってくれたって構わないのに。
やりとりをするうち、彼女が今回のことをわざわざ連絡してくれた理由がわかった。
「このつらさに耐えられないと思ったので、めちゃめちゃカリスマを観て耐えました」
わたしは『カリスマ』というインターネットの煮こごりみたいなコメディ作品を推している。彼女がSideMについて熱く語るとき、わたしもほぼ決まってカリスマについて熱く語っていた。
それが彼女を助けることになるとは予想もしていなかった。
人生に無駄なことなんて一つもない、とよく言うが、こういうときそれを実感する。大きな悲しみに対抗しうる手段が彼女のそばにあってよかった。あほみたいな宣伝でもあなたの力になれてよかった。
そういえばわたしがカリスマを好きになったのも、消えてしまった作品に対するリベンジの意が少なからずあった。
『神神化身』。小説と楽曲とボイスドラマで展開されるメディアミックス作品だった。知り合いがちょっと携わっていて、CDも書籍も手に入れた。深くハマっていたわけではないけれど、好きだった。
でも2022年にプロジェクト終了してしまった。
覡たちにはもう会えない。でも主人公役の声優さんがカリスマでもキャラクターを務めていて、せめてここだけは失いたくなくて作品の扉を叩いた。
同一視はしないけど、わたしは彼の肩に六原三言の幻を見ている。今度こそ最後まで走りきってほしい、その思いで推してきたところがある。
エンタメは戦国である。ソシャゲ然り音楽プロジェクト然り、お金にならなければ切るしかない。わたしたちがどれだけ愛しているかはほとんどの場合関係ない。
だから身も蓋もないことを言えば、こういうことはままある。
彼女がこれをどう受け止めたのか、これからどうしていくのかはわからない。心の穴を他のなにかで埋めていくのか。それとも喪失感を抱えたままにするのか。そもそも彼女が『アイマス』というジャンルに残るかすら不明だ。
でもどんな選択をしたとしても、これだけは忘れないでほしい。
あなたはSideMを愛していた。
これだけは覆しようのない事実なのだから。
自分の気持ちをどうにかするためならなんだって利用してほしい。食べたいものは食べたらいいし、買いたいものは買ったらいい。わたしが推しているものが役立つなら、そこに逃げていい。でもハマらなくていい。捨て駒でいい。
今後は愛せない、と思うならそれでもいいと思う。ただ、あなたとアイドルたちとの思い出はいつまでも綺麗なままで保管しておいてほしい。事実をねじ曲げちゃったらそこが全部の終わりだ。
最後に、このnoteを書くにあたって流し見たサイスタのホームページと彼女の熱い語りとの中で「気になるな」と思ったSideMのアイドルを書いておこうと思う。
顛末はイレギュラーでも彼女はわたしの布教に応じてくれたことになるから。わたしだけなにも返せないのは、不公平だ。
Cafe paradeのアスラン・ベルゼビュートⅡ世。
中二病キャラなのかあと思っていたら、聴かせてもらった曲では丁寧な物腰のところがあってびっくり。一般的な中二ムーブが持つ空虚さがなくて意思が固まっているのも素敵。この見た目でシェフなのが意外だ。
Cafe paradeはみんなかわいくて一目見て好きになった。彼らのことを思うとやっぱりつらくなってくるけど、もしまたいつかチャンスがめぐってきたならわたしをプロデューサーにさせてほしい。ファンよりもっと近いところで、みんなの夢を見せてほしい。
これからSideMが、ひいてはアイマスがどうなるかはまだ不明だ。観測しなければならないと思っている。これがもしアイマスブランド全体によからぬ影響を及ぼすことになったら、アスランどころか雛菜とW.I.N.G.優勝することすら叶わなくなってしまう。アイマスより規模の小さいえっちらおっちら運営しているIPも他人事ではない。好きなものも、かつての夢も、化石になってほしくない。
SideMはみんなに愛されたコンテンツだ。
だからこそ、誰もが最高になれる今後を心から祈っている。心から。