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雑感・HER STORY

以前「面白そう」という理由だけで(英語版しかなかったので)プレイもせずに記事を書いた『HER STORY』が、ついに公式日本語化され発売された。
 熱心なファンによる私的な日本語化はされていたが、セールで数百円という価格も手伝って、いよいよ購入を決めた。

 1994年6月。イングランド南部ポーツマスで、一人の男性が殺害された。
 あなたはこの事件のデータベースにある、一人の女性に対して行われた取り調べの映像を閲覧する。
 ただ、それだけである。

 何を書いてもネタバレになってしまう。タイトル通り『彼女の物語』そのものがゲームの根幹なのだ。だが本作の面白さは、その見せ方にある。なんとかネタバレを避けつつこのシステムをご紹介しよう。
 まずゲーム画面は、擬似的なPCのデスクトップ画面のみ。ここから移動することも変化することもない。
 これは警察のデータベースが閲覧できるもので、あなたはある女性への取り調べの映像のみを閲覧できる。
 しかし時系列に沿ってずっと見られるわけではない。細切れになった映像から、検索ワードにかかった映像のみを見ていくことになる。(なんてお役所仕事的だろう)
 うまく伝わるかわからないが、本作のシナリオにあたる部分を、童謡『森のくまさん』に置き換えて説明してみよう。
 森のくまさんの物語をきちんと知るためには、頭から通して見るのが手っ取り早い。だが言った通り映像は細切れにされ、検索ワードを入れないと出てこない。そこで検索欄に『くまさん』と打ち込んで見る。すると
 『くまさんに出会った』『くまさんに出会った』『くまさんの言うことにゃ』『くまさんがついて来る』『あらくまさん』
 といった項目が並ぶ。これらの映像を閲覧できるのだが、これでは物語の全体像がつかめない。そこでもう一人の登場人物と思しき『お嬢さん』を検索欄に打ち込む。
『お嬢さんお逃げなさい』『お嬢さんお待ちなさい』
 の項目が出る。
 なんということだろう。ここまでの状況を推察するに、いたいけな少女がどこかで熊に出くわしたようだ。そして何者かが少女に逃げるよう告げ、そして待つよう引き止めた。一体少女の身に何があったと言うのだ!?
 しかしここでひとつ手がかりがある。本編で出る映像は全て時刻表示がされている。なのでこれらの映像と時刻をメモすることで、手作業で時系列順につなぎ合わせることができるのだ。(なんてお役所仕事的だろう)
 先ほどの検索結果を並べると『くまさんの言うことにゃ』の直後に『お嬢さんお逃げなさい』が来ることがわかる。何たる衝撃の事実!熊が喋って、しかも格好の獲物でしかない少女をみすみす逃がそうとしていたのか!
 そしてさらにつなぎ合わせると『くまさんがついて来る』のやや後ろに『お嬢さんお待ちなさい』が繋がるらしい。時刻表示を見るともう1、2フレーズが入りそうな隙間はあるが、これまで判明した事実から、引き止めたのが熊である可能性は高い。やはり空腹に耐えかねて少女に手をかけることを決めたのだろうか?危うし少女!!

 とまぁこんな具合に、断片的情報をえっちらおっちら繋ぎ合わせて、物語……否、事件の全体像を浮かび上がらせていくのが本作の目的と言える。
 一応言っておくが、本作はいわゆる推理ものではない。事件はすでに「終了」しており、あなたはただこの記録を閲覧することしかできない。そしてすんなりすべての映像記録を検索することはできない。
 例えば検索欄に事件ものにありがちなフレーズ……『凶器』『時間』などを打ち込むと、確かにヒット数は多くなる。が、旧式の閲覧システムで一度に見られるのは、そのうち冒頭の5件だけなのだ。(なんてお役所仕事的だろう)
 そこでいわゆる絞り込み検索が必要になるのだが、何と合わせるかによって見られる映像は大きく変わってしまう。
 そう、このゲームですべての映像を見ることは、かなり難度が高いといっていい。
 それでは真相なんてわからないじゃないか、という方もおられよう。ではここで話を森のくまさん事件に戻す。
 最初の検索ワード『くまさん』の結果の中に『あらくまさん』がある。誰かのセリフであることは確かだが、今のところ登場人物(?)は熊と少女のみ。ということは少女が熊に向けてこう話した可能性が高い。
 フレーズから察するに敵意や恐怖はないようだ。とすると、少女と熊は敵対関係にないことがわかる。
 ではその前の時間に熊が放った『お嬢さんお待ちなさい』のセリフの真意は何か?その直後に『あらくまさん』なんて感動詞が出て来るのを見ると、全く突飛な推理だが、熊は少女に何か喜ばれることをした可能性も浮かんで来る。まさかとは思うが、少女が熊に感謝したとして『ありがとう』と検索してみる。
 驚くべきことにヒットしたではないか!しかもまさに『あらくまさん』の直後!これは意外な展開!
 一旦落ち着いてさらに推理する。熊に出くわしながら『あらくまさん、ありがとう』なんておおらかなセリフが出て来るような少女である。何をされたかはさておき、この後の少女の行動として可能性が高いのは……
『お礼』→[検索]
 なんと!ヒットしたではないか!しかもそのお礼とは……

『お礼に歌いましょう』

 愕然とした……いや、これだけ語彙豊かな熊なれば歌など造作もないのか。あるいは熊を目の前にこれだけ余裕の振る舞いを見せ、自分の歌をお礼と認めさせる歌唱力を持つ少女を賛嘆すべきか。
 ともあれこの物語の真相は、少女と熊のリア充エピソードであった、ということである。

 長くなったが何が言いたいかといえば、物語の全体を見られなくても、その真相と経緯は理解することができるということだ。
 実際今なお、熊が少女にどんなことをしてお礼をされたのかも、少女の歌った歌がどのような名曲なのかもわかっていない。しかしこの物語のおおよそは理解できたであろう。

 さて、ここで勘のいい読者なら思い当たるだろう。このシステムだと、いきなり事件の核心を見てしまうこともあり得るのでは?と。
 ご名答。実は大いにあり得るのだ。というか実際私がそうなった。ほぼ偶然なのだが、核心に触れるフレーズを打ち込み、事件の真相に近い映像を見てしまったのである。
 森のくまさん事件において、いきなり検索欄に『貝殻』なんて打ち込むような名探偵が何人いるかわからないが、誤解がないように言い加えると、このゲームの面白さは、それくらいでは失われない。むしろそうなってからが本番である。
 頭と結びの流れがわかれば、その間にある経緯も自ずと推測できる。思いつくフレーズを叩き込み、当たったり外れたりを繰り返しながら、事件の経緯を浮き彫りにしていく。さり気なく閲覧した映像のチェックリストを添え、こちらのコンプリート欲を刺激して来るあたりは憎い。
 事件の全容を本当の意味で理解するためには、運だけでは決してたどり着けない部分が存在するのだ。

 そしてもしあなたが、この拙文を読んで興味を示され、ゲームを購入したいと思ってくれたのなら、一つ約束……というか、注意をしてほしい。このゲームを遊ぶ際、決して「嘘」をつかないでほしいのだ。
 これまたあまり言うとネタバレになってしまうので詳細は控えるが、この言葉をしっかりと刻んで遊んでほしい。

 物語を覗き、物語を探り、物語を俯瞰する、いつか遊んだようで真新しい、追感覚ゲーム。
 価格分の感動は十分保証できる良作だ。

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