雑感・HITMAN
中学の頃、数学の先生がこんな問題を出した。
上図のように、あなたは川の手前にいる。これからバケツに水を汲んで家に帰らなければならない。このとき最も適切なルートを図に書き入れなさい。
当然、家と現在地を結ぶ距離が変わらず、川がそれと並行になっている以上、まっすぐ川に向かってまっすぐ家に帰れば、川のどこで水を汲んでも、トータルの距離はそれ以上短くなることはない。正解はあってないようなものではないか。と皆が考えた。
だが先生は、こともなげにこう答えを書き込んだ。
数学という先入観に騙された。当然水の入ったバケツを持つのだから、重いものを持つ距離は短い方がいい。「適切な」ルートはこれしかない。
頭の体操のような話だが、本作にも通じるだろう。求められるのは反射神経でもエイミングでもない。沈着な思索と自由な発想なのだ。
1999年。雪深い山に隠れるように作られた、ある組織の訓練施設。ヘリ以外の交通手段のない空の孤島に、1人の男が降り立った。
沈着冷静にして頭脳明晰。運動神経は一流競技者のそれを上回り、芸術的感性も備え、暗殺という行動に対し一切の躊躇を感じない、機械という例えさえ物足りない暗殺者。しかしてその過去は、組織の力を持ってしても名前さえ掴めなかった。
唯一彼を認めるダイアナは、彼のオペレーターとして任務を補佐する。名を聞かれた男は、ただひとつの数字を告げた。
「47」と……。
人気シリーズ待望の最新作である。暗殺者というテーマである以上、求められるのはワンマンアーミー的なアクションではない。
ステージはいわゆるサンドボックス……否、箱庭に準ずる。ある範囲の世界が緻密に作り込まれ、その中で人物やシステムが自律的に動き回っている。その中であなたは、与えられた任務を「静謐に」行うことを求められる。
ターゲット以外の人物を殺さず、殺害の瞬間を誰にも見られず、遺体さえ発見されず、自信が警戒されることさえない。まるで一陣の風がそれを成したように任務を完遂すること。それが究極の目標なのだ。
とはいえワンウェイタイプのゲームではないので、いきなり箱庭に放りこまれて右も左もわからなくなると思われるかもしれないが、そこはきちんとゲーム的措置がある。
ステージの所々に、いわくありげな人物やオブジェクトを見かけるだろう。実かそれが任務遂行の糸口になる『アプローチ』なのだ。
例えば警備が厳重な富豪の屋敷に潜入するとしよう。壁は高く背後は断崖。正門には懐に一物ありそうなお兄さんが構え、裏口はロックされている。さてどうしたものかとあぐねっていると、道の向こうで車が止まっている。
見ると、生花のデリバリーが自転車と事故を起こし、路肩の岩にぶつかってしまったらしい。聞き耳を立てていると、どうやら屋敷の主人に花を届ける途中であったようだ。遅れてしまっては今後の経営にも響くと顔面蒼白だ。
それは大変、なんとかせねば。というわけでこちらのお兄さんに「眠って」もらい、彼の制服を拝借し、かわりに花を届けてやることにする。花屋も助かり屋敷にも潜入できて一石二鳥である。
このようなアプローチポイントを辿ることで、はじめてでも容易にミッションをこなす事ができるのだ。
無論ただレールを辿るように進めばいいというものではない。時にはお兄さんが守るドアの向こうの部屋へ進むことを余儀なくされることもある。
そんな時に使うのが特殊能力インスティンクト(本能・直感)だ。47の周囲数メートル内の人物やオブジェクトの存在を知覚でき、ターゲットに限ってはどこにいても捉えることができる。
これを使えば、ステージにある何の変哲も無い柵や雨樋やゴミ箱が、47にとって「使える」アイテムであることが認識できる。例えば隣の部屋に入ってベランダから柵を乗り越えて潜入したり、下の階から雨樋を登って潜入したり、お兄さんの死角で物音を立ててゴミ箱に隠れ、異常がないか確かめに来たお兄さんがドアの前を離れたら一気に潜入する。といった応用もできる。どのルートで潜入するかは自由なのだ。
変装についても触れておこう。ゲーム中に登場するほとんどの「男性」の着ているものは、これを奪って着ることができる。中には着替えが放置してあることもあるが。
変装することで得られる効果は多い。例えば警備員に変装すれば、多少危なっかしいものを持ち歩いていても怪しまれないし、バックヤードに入っても警戒されない。が、同じ警備員の中に顔を覚えているものが数人おり、この人物に接近するとばれてしまう。また服を奪われた人物が発見されると、やはりばれてしまう。
一時的に周囲の目をごまかす方法としては、物陰やロッカーに隠れたり、周囲に溶け込むブレンディング(適応)というアクションがある。イベントスタッフに変装して忙しそうに機材をいじくっていれば、意外とばれないらしい。
こうした技を駆使してターゲットに接近できたとしても、油断はならない。むしろここからが本番だ。
アサシンはミサイルや毒ガスのように、闇雲に殺戮を働くものではない。求められるのは周囲を波立たせず目標だけを消去する「静謐さ」なのだ。
ターゲットを暗殺する瞬間を周囲に見られず、また気付かれもせず、遺体を発見されないようにすること。この3点が至上目標になる。
だがターゲットの多くは要人。影のように護衛がついて回るのは茶飯事。これらに気付かれずに事を成すのは容易では無い。
だがつぶさに観察していると、わずかな隙が生ずる時もある。また先述のアプローチの中には、暗殺のチャンスに直結するものもある。無理矢理護衛を排除することもできるが、ターゲットが逃げる恐れもあり得策とは言い難い。
いつどこでどのようにターゲットを排除し、いかにして隠匿するか。そして任務完了後、安全に脱出するためのルートはどこか。考えることは山積みだ。
やや余談になるが、本作のメインといえるストーリーモードをクリアすると、多くの方は「フルプライス版にしては短いのでは?」と思われるだろう。ご安心を、そこからが本作の始まりなのです。
箱庭で自由な暗殺が楽しめる、と言っても、当然開発者は無為無策に舞台を用意しはしない。ターゲットや人々の行動、配されたオブジェクトの多くには意味があり、それを辿ることでより効果的な暗殺を成立させられる。
それらは「チャレンジ」とよばれる本作のやり込み要素の一つであり、より高い難度の暗殺スタイルを成功させるほど経験値がたまり、ゲームに有利なアイテムや条件が解放されていくのだ。
また「エスカレーション」というモードでは、いつもと異なるターゲットを指定された条件で暗殺することを求められる。そしてその条件は、クリアしていくごとに厳しくなっていく。
例えばあるステージで、
・太郎くんを警備員の制服で絞殺しなさい。
という条件が出される。指定された服と手段をゲーム中で入手して、太郎くんを亡きものにできたらクリア。
すると次に。
・次郎さんをコックの服で射殺しなさい。
という条件が「追加」されるのだ。太郎くんを殺すのも結構大変だったのに、また着替えて次郎さんまで手にかけなければならぬとは、暗殺稼業も忙しない。(ちなみに順番は自由)
なんとかこれをクリアすると、さらに
・無関係な人を殺傷せずクリアしなさい。
という条件がまた追加される。実は今まで警備員とコックの服を、そこらへんに突っ立ってる警備員とコックを気絶させてから奪っていたあなたは焦り出すだろう。無論気絶も殺傷に含まれるのでやってはいけない。さあどうする?
といった具合だ。ここまでくるとパズルゲームのようになってくる。人物の行動や落ちているオブジェクトを徹底的に頭に叩き込まねば、まずクリアは難しい。
正直に言って、難度はかなり高い。初心者はおろかシリーズ経験者でも最初はつまづくだろう。だがトライアンドエラーを繰り返し、人物の配置や巡回ルート、アイテムやオブジェクトの配置を掴み、考え得る「適切」な一手を編み上げ、それを実現したとき、得もいわれぬ達成感を味わえる。
逆に言えば、本当の意味でリアルな暗殺任務を体験できるのは、何も知らぬままステージを歩くことになる最初の一回だけといってもいいだろう。ここで無駄のないアクションをこなせたら、それこそとんでもない話だと思うが。
もう一つ。本作は珍しく、日本語音声を別パックという形で配信しているが、これは是非落として欲しい。
無論ムービーシーンや、ステージ上で現れる重要なセリフは字幕が入る。ネイティブスピーカー並みに英語に堪能というなら必要なかろうが、画面の情報を読み取りつつ字幕に気を配るというのはかなり難しく、重要な情報を聞き逃すこともある。暗殺に集中するためにも日本語音声をお勧めしたい。
何よりNPCの雑談にまで至るローカライズの丁寧さは是非聞いて欲しい。
神経を研ぎ澄まし腕を磨くのではない。思考し積み上げて高めていく、静的アクションゲームの極北。
断言しよう。この暗殺はクセになる。
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