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Rolandが時価総額847億円で再上場

RolandはドラムマシンのTR-909やJunoシリーズなど数々の名機を生み出したメーカーであり、電子音楽好きの間でその名を知らぬ者はいない、正真正銘のグローバルブランドです。特にTR-909や808の音は現在の電子ドラムの土台となっており、この記事を読んでいる方もテレビなどで必ずその音を耳にした事があるはずです。

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そんなRolandですが、リーマンショック以降の景気低迷や長引くデフレ、円高などの要因が重なり2013年には4期連続の赤字状態に。企業価値を回復させる為に様々な構造改革に加え、シナジーが少ないRoland D.G社との親子上場解消が課題となっていました。これらの中長期的案課題と向き合う為には株式非公開化が不可欠と判断。2014年には三木現社長とTaiyo Pacific PartnersのMBOによる株式非公開化を実行しました。

尚、この際に三木現社長と創業者の梯郁太郎氏は株主総会でMBOの是非を巡り大論戦を繰り広げています。創業者の主張はこちら。

そもそもMBOというのは、経営に適さない人を適する人材に変えていくことだと考えている。今の経営陣を見ていると、ずっと同じ顔触れのままで、連続赤字まで出している。本来(経営を立て直すには)その人たちが変わらないといけないのに、今回はそうではない。

対して現社長の主張はこちら。

複数の改革を同時に行うにはリスクもある。上場していれば、株価や利益の増減も気にしなければならず、株主への説明責任も発生する。そこで、今回MBOを成功させて資本と経営を完全に一体化させ、短期間に構造改革のカタをつけるというのが狙いだ。

詳細はこちらをご参照。
創業者の主張
現社長の主張

外には決して分からない事情があるので邪推は避けますが、稀代の起業家の手を離れて企業が成長しようとする葛藤を感じます。MBO以降は一連の構造改革を実行し、晴れて2020年12月の再上場が承認されました。この規模と歴史の企業が構造改革を実行するには力技だけで通用する訳無く、様々なドラマがあったのだと思います。
*ちなみに創業者は電子楽器の標準規格であるMIDIの生みの親でもあります。色んな電子楽器がメーカーを跨いでセッションできるのはMIDIのお陰であり、業界全体にも多大な貢献を果たした人物です。

前置きが長くなりましたが、本記事では上場廃止から再上場までの間の変化を自分なりに分析してみたいと思います。趣味と業界経験だけでこの文章を書いているので甘い点はあるかと思いますが、寛大に見て頂ければ幸いです。

1. 今年2番目の大型IPO

上場時の時価総額は847億円*で、雪国まいたけの876億円に次ぐ今年2番目の大型IPOです。近い所ではではタカラトミーが912億円、AlphaTheta(旧Pioneer DJ)の親会社であるノーリツ鋼機が891億円、バイク用ヘルメットのニッチトップSHOEIの978億円など(12月10時点)。異業種かつn数が少なめですが、趣味領域のグローバルニッチトップ企業はこの辺りの時価総額になるのでしょうか。何にせよ上場廃止時の時価総額よりは大幅に上がっている様で、バリューアップに成功したと言って良さそうです。
*公募はゼロで成長資金の調達が無かった事が嫌気され、初値は公開価格を4.7%下回りました。

2. MBO以降の構造改革

ここでは上場目論見書に記載されている構造改革の内、何点かピックアップします。

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・開発プロセスの見直し

ビジネスユニット制を導入し、製品開発に係る権限を各ビジネスユニットに委譲したほか、開発初期段階における顧客へのインタビュー導入等により、機動的かつ柔軟に製品を開発できる体制を構築しました。

これはメーカー構造改革の王道ですね。開発プロセスを短縮する事で一年あたり上市できる商品数を増やせます。一般的に商品を出すと発売直後に買い替えが起きるので、その年の売上に直結します。

また楽器という商品の特性上、ユーザーに近く且つ若い現場に権限を移譲した方がニーズを汲み取った商品開発がしやすいのでしょう。開発初期段階にユーザーインタビューを導入したのも今っぽいですね。ハードウェアは手戻りコストが大きいので、より早期に軌道修正できれば失敗する確率が減ります。商品の企画→開発→生産→販売のサイクルが楽器メーカーの生命線であり、これを短く、太くする事が企業価値の向上に繋がります。

・生産拠点の集約

メーカーの生産拠点は時々の商品や販売数に応じてパッチワーク的に拡張する事が多く、非効率になりがちです。RolandほどのSKU数になるとサプライチェーンの再構築や工場とCADとの接続だけで膨大な労力を要しますし、現地人員のリストラも関わる難事業です。

実際に原価低減効果があったかは定かではありませんが、管理工数の削減や集中購買によるコスト削減など、有形無形の恩恵を享受したと考えます。

・海外販売体制の見直し

上場目論見書によると、Rolandの海外売上比率は85.4%です。

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地域別に見ると欧州がトップで、北米が僅差で2位、次いで日本の順です。中国は最下位ですが、成長率を見るとあと数年で日本を追い抜くでしょう。海外売上比率が高いという事はそれだけ現地法人の発言力が強く、様々な施策で本社の意向が反映されにくくなります。例えばブランド戦略。各地域で異なる文化や好みがあるので、どの国でも通用するシンプルで力強い価値観を浸透させるには本社に強力なリーダーシップが求められます。この辺りの苦労が以下の記載から読み取れます。

従来、海外販売子会社は現地パートナーとの合弁によりジョイント・ベン
チャーとして設立されるケースが多く、海外子会社の運営に際しては現地経営者の意向が強く働く傾向にあり、無駄・非効率が存在しました。非公開化後は、販売強化や戦略の浸透だけではなく、ガバナンス強化の観点から、必要に応じてジョイント・ベンチャーの解消を図ることで子会社の資本関係の整理を行いました。
従前、グローバルでの統一したマーケティング体制、ブランド戦略が取れず、マーケティングに係るコスト管理とブランドマネジメントが課題となっていましたが、非公開化後、グローバルなブランド戦略を担当する部門を設置し、ブランドマネジメントを強化し、マーケティング方針の統一、各国のウェブサイトを統一することにより「One Roland」の意識醸成を図りました

筆者はDJ機材メーカーにいた為、競合のマーケティングには一通り目を通していました。Rolandはある時期からマーケティングの打ち手が一段階洗練された気がしていたので、上記の取り組みは腹落ちします。

海外販売子会社のトップ交代やインセンティブ設計の見直しの効果もあったのか、主要地域は対前年で売上を増やしています。

・新たなゲームチェンジャー製品の投入、主力分野の新製品の投入によるブランド力の回復

電子楽器においてはイノベーションを生み出す事が年々難しくなっています。楽器産業は70年代〜80年代の電子化、90年代〜00年代のソフトウェア化と大きなパラダイムシフトを2回経ておりますが、同社は前半の電子化と共に誕生した企業です。しかしソフトウェア化=DAWやソフトシンセの時代ではAbletonやNative Instrumentsなどの新興企業の勢いに押され、いまいち存在感を発揮し切れていません。それ故に今回クラウド化の時代の波には乗り遅れまいとする焦りを感じます。

・Roland Cloudの展開により、ハードウェアメーカーからソリューションプロバイダーへ
当社は今後の成長戦略として、音楽を楽しむために必要な、魅力的な楽器、コンテンツ、サービス、アプリなどのトータルソリューションを、スマホを通じて広く提供することを将来ビジョンとしています。

Roland Cloudは様々な音源を定額で利用できるサブスクリプション型のサービスで、ユーザーにとっては様々な音源が使い放題な点は魅力的です。

一方ハード企業がこうしたサブスク型のクラウドサービスを興す時に一番の課題となるのが、開発における文化の違いです。ウォーターフォールで成功体験を積んできた企業に、いきなりアジャイル開発を導入するとほぼ失敗します。それを知ってか、同社は合弁会社を設立する事で、この文化上の衝突を回避している様に見えます。

 2015年には米国のソフトウェアサービス、メディアソリューションのプロバイダーであるVirtual Sonics Inc.と合弁会社を設立し、2017年にはクラウドを利用したソフトウェア音源のサブスクリプション(月額/年額の定額会費制)サービスであるRoland Cloudを開始しました。また2019年には米国のOpen Labs,LLCの音楽制作ソフトウェアを買収し、その技術をベースにマルチプラットフォームで使用できる音楽制作ソフトウェア「Zenbeats」を開発・リリースしました。

また、製品開発に関して個人的に興味をそそられたのが以下の箇所。

「コア分野の確実な成長」においては、市場競争力強化を目指した主要製品群のリニューアル、ラインナップ追加に加え、休眠層の活性化や新規顧客の獲得を目指した製品開発に引き続き取り組みました。

これはまさにBoutiqueシリーズの事では無いでしょうか。BoutiqueシリーズはTR-909やTB-303といった往年の名機の名機を現代の技術によりコンパクトな筐体に収めたものです。中古市場で数十万円で取引される、長年の憧れの機材が現代の技術で蘇り、さらに数万円で手に入るので手を出さない訳にはいきません。筆者もTR-08を購入しました。

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楽器は一般的に離脱率が高く、ギターの例では始めた人の9割が1年後には演奏しなくなっていると言われています。また就職したタイミング、家族を持つタイミングなど様々な要因で楽器離れが起きます。しかし学生時代にある程度の演奏力を身に付けた人は時間と経済にゆとりができれば再帰する確率も高く、この層の事を休眠層と呼んでいるものと思います。学生時代にDTMに勤しんでいた人は今ちょうど30-40代なので、まさに休眠世代なのですね。

3. 成長性に関して

電子楽器の市場成長率は4.0〜4.8%ですが、これは世界の実質GDP成長率を2%ほど上回る程度です。楽器は旧石器時代から存在するプロダクトであり、市場は間違いなく成熟の部類に属します。

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ただし電子楽器はその特性上ソフトウェアの進化を取り込む形で進化を遂げてきました。メモリの増加、半導体の小型化、DAWとの統合など、常に開発テーマがありました。

今ならクラウド対応とサブスクリプションがテーマですが、楽器業界は他業界に比べ後手に回っています。企業体質的な問題もあると思いますが、レガシーな楽器を好む一定層のユーザーに応えているだけという側面もあり、一概に良し悪しは語れません。

極端な例えですが、最新のAI技術で音を空間に最適化できるバイオリンより、普通にストラディバリウスの方が欲しいですよね・・。80年代の電子楽器の方が音に歪みが出ていてカッコいいと言われる感性の世界なのです。Rolandはこれをアートウェアと呼んでおり、言い得て妙です。

4. まとめ

趣味の領域で世界一の企業となったRolandですが、スタートアップにいる人間ならばこんな企業を創りたいと思うのでは無いでしょうか。創業から50年近くが経ち、創業時の勢いは薄れたかもしれませんが、物を作って安定的に利益を出し続けられる会社というのはシンプルに尊敬できます。上場して資金調達の選択肢も増えた事で、さらに素晴らしいプロダクトを生み出してくれる事を期待しています

おまけ:

1978年発売の名機「CR78」x Radiohead。名機は色褪せない・・


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