NY Life 星野リゾートがニューヨークに温泉旅館!
星野リゾートが、2028年にニューヨーク州北部のSharon Springsに温泉旅館をオープンするというニュースがありました。今回は、このニュースについて記します。
90年代、アメリカに住む日本人の間でアメリカにも温泉旅館があるという噂が広まりました。和風の外観で、日本の温泉旅館のようなサービスが受けられ、大浴場や露天風呂付き個室があるということでした。ただ、その場所は人によって変わってしまい、「パーム・スプリングス(ロサンゼルスの東)にある」という人、「いやオーハイ(ロサンゼルスの北)だ」という人、「いやいやサラトガ・スプリングス(ニューヨーク州北部)にあるんだよ」という人もいました。誰も行ったことがないのに自分の理想を語っていたのが面白かったです。おそらく当時は日本がバブルで皆が浮き足立っていたこと、ネットがない時代なので噂が先行してしまっていたことを鑑みると、アメリカには温泉旅館は、なかったのだと思います。
そして2024年です。星野リゾートが本気で温泉旅館をアメリカでオープンするのだそうです。今回は本当のお話です。
場所は、ニューヨーク州のアップステート。ニューヨーク・シティからは車で3時間程の距離にあるシャロン・スプリングスという田舎町です。
温泉旅館独特のサービスや、温泉に浸かるという行為自体、アメリカではほぼ誰も知らない世界です。そのビジネスをアメリカで仕掛けようという心意気が素晴らしいと思います。
とても期待しているのですが、反面、この特殊なビジネスがアメリカで受け入れられるのか疑問に思うところもあります。
以下、私がアップステートに長年住んでいた経験に基づき、星野リゾートが手がける温泉ビジネスについてPros / Consを記します。
Pros.
・日本の温泉旅館の素晴らしい体験をアメリカで経験することができる。
日本独自の温泉、そして温泉旅館のシステムは、日本人にとってはとても素晴らしいです。泉質にもよりますが、裸で露天風呂に浸かりのんびりとする時間はとても気持ちが良いものです。そして部屋でいただく美味しい和食、畳の上に敷かれる布団で寝ること、早起きをして朝食、朝風呂…温泉旅館の魅力はたくさんあります。この日本独自のシステムを知っている人にとっては、アメリカで同じ体験ができるなんて夢のようです。星野リゾートは、本当に素晴らしいチャレンジをしてくれるなあと感心します。
・ニューヨークの田舎にあるということ
温泉で有名なカリフォルニアのパーム・スプリングスでもなく、ニューヨークのサラトガ・スプリングスでもなく、アメリカ人でも知らない地味な田舎町に温泉旅館をオープンするというのは、土地のブランドに乗っからない星野リゾートの誇り高さを感じます。おそらく星野リゾートは、この温泉施設を自分達の力でブランディングしたいのでしょう。そのためには土地の名前は必要ないのだと思います。そして、ここは観光地化されていません。温泉を楽しむために行くディスティネーションとなるでしょう。
近くに美味しいレストランもなければ、蝋人形館も、テディ・ベア・ミュージアムもないのです。あるのは大自然だけです。この温泉旅館を訪れる人は、館内でゆっくりとした「温泉」と星野リゾートが用意する「和の体験」をする時間を過ごすのだと思います。
・食と和食への興味
この旅館が、どの程度日本の旅館を再現するかわかりませんが、おそらく食事は和食を提供するのだと思います。アメリカ人がよく知っている日本食は寿司、天ぷら、鉄板焼です。こちらでは、さらに踏み込んだリアルな日本食を期待したいです。最近、ニューヨークのセレブの間では、おひたし、味噌汁、漬物、味噌(発酵食品)など、日本人でも詳しく知らない食材や調味料について語る人たちがいます。こういった人たちを満足させる和食の真髄を提供すると、アメリカ人が日本文化に対する好感度を増していくと思います。
そして、近くには日本酒を作る酒蔵があったり、ニューヨークで消費される和食用の野菜を栽培している農家もあります。こういった日本食の素材を作る人たちとの連携も、この旅館を際立たせる魅力となるでしょう。
Cons.
・初動の顧客となる日本人マーケットの小ささ
温泉旅館がアメリカにできた、と初めに喜び飛びつくのが在米日本人です。特にニューヨーク・メトロポリタン・エリアには日本人が住んでいるので、車で3時間ちょっとで温泉に行くことができるのは嬉しいはずです。ただ、この数十年で在米日本人の数は激減してしまいました。バブル時代と比べると半減どころではありません。そして現在北米に住んでいる日本人はかつてのように富裕層ではなく、ギリギリ生活している人が増えました。要は、大企業のニューヨーク支店に送り込まれる正規雇用の会社員とその家族は減り、どちらかというと個人の力でアメリカに来て働いている人が多いのです。
こうなると、それなりの料金を取る温泉旅館に行ってみようと思う在米日本人の数は多くはありません。彼らをメインターゲットにしてもビジネスは成立しないでしょう。
アメリカを旅行で訪れる日本人観光客も激減しています。理由は為替レートの問題もありますが、そもそも日本人の海外旅行志向が減っているからです。10年ほど前までは、ニューヨークを歩いていると日本人観光客を多く見かけましたが、最近は、日本人かなと思うと韓国人か中国人です。ニューヨーク観光をする日本人は少なくなったと言っても、いることはいます。彼らは、90年代のようにプラザホテルに泊まったりウォルドルフ・アストリア・ホテルに泊まったりせず、安いホテルを利用しています。そんな人がわざわざマンハッタンから3時間以上もかけて温泉旅館に行くことはないでしょう。
・場所
サラトガ・スプリングスなどすでに有名な温泉地を避け、誰も知らないシャロン・スプリングスに目をつけた星野リゾートは、なかなかセンスが良いと言えます。ただ、アメリカ人でも知らないシャロン・スプリングスを認知してもらうのが大変です。どこにあるかも知らない人がほとんどなのです。
そして、場所がニューヨークから遠いです。星野社長はアメリカ人ならばそれほど遠く感じない距離と言ってましたが、はっきり言って遠いです。
場所はニューヨーク州の州都アルバニーの西です。周辺には大きな町はなく、シャロン・スプリングスの町にはほぼ何もありません。星野リゾートに行くためにこの地に向かう以外、アクティビティも商業施設もないのです。
温泉旅館がひとつできたからといって、この町が活気づくとは思えず、おそらく未来永劫、シャロン・スプリングスに繁栄は来ないでしょう。
アメリカ人は、旅行に行くと、ホテルでのんびりするというよりアクティビティを楽しみます。星野リゾートもおそらくトレッキングやスキー、釣りなどアマンが提供するようなアクティビティを用意すると思いますが、この周辺では、それほど盛り上がるアクティビティがないのが現状です。
そして、四季を感じることができる場所ということで、この地を選んだそうですが、冬はたどり着くのが大変です。ベストシーズンは紅葉の秋でしょう。しかし12月から3月は、この辺りはとても冷え込み雪も降ります。アメリカでは車にスタッドレスやチェーンを装着できないので、皆さんノーマルタイヤで走っています。雪が降ると事故の可能性が高まるので、地元の人以外は車を使いません。
・連泊?
アメリカ人は旅行となると連泊するケースが多いです。週末であっても金曜日の午後から出発し、日曜に戻ります。ということは、1泊前提の日本の旅館とはスタイルが異なるということです。部屋食は同じメニューを出せませんし、数日間お客さんを楽しませるアクティビティを用意する必要があるのです。
おそらく星野リゾートは、日本の旅館とアメリカのホテルのスタイルを混ぜることで、この問題を解決するのでしょう。日本でも星野温泉の経営する旅館は、部屋食がなかったり、複数のレストランを用意したり、ホテルスタッフによるアクティビティを提供しているので、うまくハイブリッドなサービスを提供するのだと思います。
この連泊のアメリカ人客をどう喜ばせるか、アメリカ人に媚びないアクティビティをどう提供するのかが難しいところです。
・冬
この辺り、冬は雪が降ります。ただ日本のようにスタッドレスやスノータイヤはなく、皆さんノーマレタイヤで雪道を走ります。当たり前ですが事故が多発するので、冬は車での旅行は避ける傾向にあります。ニューヨークのアップステートには便利な公共機関がなく、電車でアクセスするには無理があります。
こうなると冬季の客が激減するのではないでしょうか。
雪を見ながらの露天風呂は、素晴らしい体験ですが、お客さんが辿り着かないと経営は成り立ちません。
まとめ
まず、星野リゾートがアメリカ進出することに敬意を表したいです。その上で、是非このビジネススタイルを全米に広げていってほしいです。かつてロッキー青木が和食をアメリカで広めたように、数年後にはRYOKANが一般名詞になるような未来がくることを信じたいです。
そのためには、オープンから数年間は、ビジネス的な収支を考えなくてはなりません。メインターゲットは、アメリカ人、特にニューヨーク・メトロポリタン・エリアに住む富裕層、日本好きな人達でしょう。彼らを取り込むためには、巧みなマーケティング戦略が必要です。そして彼らは本物思考なのでアメリカ人に対応しすぎたサービスを嫌います。この問題を初期に解決できれば、数年後には東海岸である一定の評価を勝ち取れるのではないでしょうか。
日本の良い雰囲気、食材にこだわった和食、アメリカ人が知らないアクティビティ、おもてなしのサービス、館内に入った時に感じる特別な雰囲気などをきちんとマネージメントし、それをどう伝えるのか。日とは全く異なるマーケットでの苦労は大変なものだと思いますが、頑張ってほしいものです。
近年、アップステートにあった日本人経営の和食店の多くは経営が行き詰まり閉店しています。そのかわり日本食っぽい日本食レストランが中国人や韓国人の経営で人気を博しています。日系自動車メーカも北米マーケットで苦戦が続いています。SONYやPanasonicなど日系家電メーカーは完全に韓国勢に負けてしまいました。
90年代からこの流れを見てきて感じるのは、日本人経営者は視点が日本国内からのものであることが敗因だということです。アメリカ人の好まないデザインやアメリカ人のライフスタイルの合わない機能は、アメリカでは受け入れられないというシンプルな問題に気づきません。そして、データマーケティングに頼りすぎて、お客さんが驚いたり感動する商品を提供できないというジレンマに陥っています。
日本ぽいということにメリットとデメリットがあるのですが、サービスをどこに落とし込めば、ビジネスが成功するかという視点に立った経営ができていないのです。
個人的には、変にアメリカ人の希望に応えず、できるだけ忠実に日本の温泉旅館を再現し、アメリカ人にとっては新しい価値観を提供することで顧客を驚かしてほしいです。難しいと思いますが、部屋食、露天風呂、畳など、アメリカ人が使い方に困るようなことも再現することで、話題が広がると思います。
星野リゾートには、この日本人経営者がアメリカでうまくできていないミッシングピースを見つけ出し、是非成功してほしいものです。