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廃線跡を歩く 01ニューヨーク州 エリー鉄道

このシリーズでは、アメリカの廃線跡を紹介します。ゆっくりと廃線跡を歩くことで見えてくる、その地にある歴史や地理、産業について語っていこうと思います。

今回は、ニューヨークから日帰りで行けるエリー鉄道の「廃線跡の旅」です。


エリー鉄道

「廃線」と聞くと日本の寂れた田舎町を想像しますが、ニューヨーク、ニュージャージー州は、古くから鉄道路線が栄えてきた歴史があり、おおくの廃線跡を見ることができます。その廃線跡にはさまざまな歴史があり、ストーリーがあります。
今回フォーカスするのは、エリー鉄道
五大湖のひとつであるエリー湖からマンハッタンに繋がるニューヨークの大動脈だった鉄道遺構を辿ります。
かつて5大湖のひとつエリー湖とマンハッタンの間には多くの物資輸送が必要でした。シカゴで作られた工業製品、日本から送られてきた絹糸などを大消費地のニューヨークに送らなければなりませんでした。まだ鉄道が発達していなかった頃、アメリカ人はエリー運河を作りました。船で荷物を運ぶことにしたのです。エリー運河を使って大量の物資がニューヨーク・シティに運ばれたのです。
その後、鉄道が発達したので、船運を鉄道運搬にシフトさせる必要がありました。鉄道の方が安定的に早く荷物を運ぶことができるからです。この計画によって誕生したのが、エリー鉄道です。エリー鉄道はとても繁栄し、蒸気機関車によって大量の物資がエリー湖からニュージャージー州に運ばれました。ハドソン川は船やトンネルで越えました。
しかし戦後は、道路網が整備されエリー運河やエリー鉄道は廃れしまい、代わりにトラック輸送が主流になりました。鉄道は寂れてしまったのです。
現在、エリー鉄道の線路の多くは廃線となり、旅客や運輸で必要な部分だけが切り売りされて運用されています。

今回紹介する廃線遺構もこいう背景があるのです。

場所

場所はニューヨーク・シティから車/鉄道で1時間程北に行ったロックランド郡。廃線跡を見て回るのには車が便利ですが、ニュージャージー・トランジットで駅に向かい、路線バスで見学も可能です。Suffern駅とSpring Valley駅の間には59というバス路線が頻繁に走っているので、好きな場所でバスを降りて見学することも可能です。

現在の鉄道状況

現在のニュージャージー州北部の鉄道地図

ニュージャージー州の鉄道の集約地、Hoboken。マンハッタンからPATHトレインが来ているので利用したことのある方もいると思います。ここからニュージャージー・トランジットがニュージャージー各地に路線を放射状に巡らせています。そのうちニュージャージー北部(Bergen郡)に向かって進む路線がメイン/バーゲン・ラインとパスカック・バレー・ラインの2本です。

メイン/バーゲン・ラインは、Hobokenから北に向かい、Passaic、Patersonを通り、ニューヨーク州のSuffernまで延びています。

もう1本の、パスカック・バレー・ラインは、HobokenからTeterboro、Hackensack、Oradellを通り、ニューヨーク州のSpring Valleyまで延びています。

この2路線、共に北の終点はニューヨーク州(Rockland郡)です。ニューヨーク州に入ると、車両はそのままですが、運営はメトロノース鉄道になります。日本でも行われている相互乗り入れ方式ですので、乗り換えることなくニューヨーク州とニュージャージー州にアクセスできます。現在は、両線共に片道1時間程度の近郊列車として利用されています。

廃線となった路線

この2路線の終点になっているSuffern駅とSpring Valley駅(地図の上部の駅)、実はかつては線路で繋がっていたのです。この路線をピアモント支線と呼びます。今回紹介する廃線跡です。

現在のニュージャージー・トランジットの2路線は、エリー鉄道が作った線路を利用していることになります。エリー湖から伸びて来た線路は、ポート・ジャービス(地図、左上)を経由しSuffernまで南下して、ここで2つの路線に分岐します。ひとつは日本からの絹糸を積んで、パターソンに向かう路線です(メイン・ライン)。そこで絹糸はストッキングになったそうです。ストッキングは、鉄道で巨大消費地であるニューヨーク・シティに運ばれました。
もうひとつは、線路を東に変え、ハドソン川を目指しました。ハドソン川沿いのハベストロー(ハベストロー支線)やピアモント(ピアモント支線)、ホボーケン(バーゲン・ライン)に到着した貨物は船に載せ替えられ、やはりニューヨーク・シティを目指したのです。

現在は、この2つの路線の一部が旅客輸送に転用され、必要のない路線は放置されています。

廃線となったピアモント支線(黒)と現在も運用中の2路線(赤)

かつての大動脈だったピアモント支線(黒)と呼ばれたSuffern - Spring Valley - Piermont間の路線は、サービスを中止してかなりの年月が経ってしまいました。

しかし、なんと現在も当時の遺構がほぼそのまま残っているのです。いつでも再開できるほどちゃんと残っているのですが、一部を除きここ数十年間列車が線路を走ったことはありません。

廃線跡を歩く

この廃線をSuffern駅からSpring Valleyに向かって辿ってみましょう。

現在のSuffern駅。この先で廃線跡に分岐しています。

<Suffern>
この街はCMなどの撮影に使われる街です。古くからある街で、長い歴史があります。ここにあるSuffern駅。現在はニュージャージー・トランジットのメイン/バーゲン・ラインの終点ですが、ここから先ポート・ジャービスまで線路は残っており列車の定期運行も行われています。ポート・ジャービスより北の線路は廃線となっています。

写真は、現在のSuffern駅です。メイン・ラインの終着駅なのに意外と質素なデザインです。駅の前には駐車場があり、このあたりの住人は駅まで車で来て電車でマンハッタンに通勤しているようです。駅の東側にはルート59に沿ってノスタルジックな商店街が広がっています。この中にヒストリック・サイトにも登録されている映画館があります。この映画館、現在も営業中で町の人に愛されていますので、見る価値があると思います。

またSuffernは、人気ドラマ「Sex and the City」では、主人公のパートナーが住んでいるいう設定でした。マンハッタンからちょっと離れていますが、この辺りは所得の高い世帯が沢山住んでいます。

引き込み線として使われている線路

さて、廃線跡です。駅の北側に線路の分岐があり、現在使われている線路から東に向かって廃線が延びています。ただし、この廃線は現在も引き込み線として使われているようで、この先、数Kmはとても綺麗な鉄道として残っています。

<Airmont>
Suffernからルート59と平行してSpring Valleyまでは、廃線跡は残っています。線路もしっかりとあるのです。Suffernを出るとしばらくは住宅地と林の中を線路は延びています。このあたりも現在使われている感じがします。

Airmont Rd.の踏切

ルート59とAirmont Rd.の交差点を北に曲がるとすぐに踏切が見えてきます。これが廃線跡です。このあたりまでは貨物線の引き込みとして使われているようでメンテナンスもちゃんと行われています。奥にある工場から荷物を運んでいるのでしょうか?Suffernから結構離れた距離なのにきちんと整備されているのが不思議です。踏切も使われているような感じでした。

Spock Rock Rd.と立体交差

もう少し東に進みましょう。数年前までは、このあたりは森が残っていたのですが、現在は宅地化が進んでいます。線路の直ぐ脇に大規模なコンドミニアムが建設されています。しかし、線路は木々に覆われひっそりとつぶされることがなく残っています。そして上記の写真のように線路は単線ながらしっかりと残っています。列車が走っている感じはしませんが、レールは見えます。

線路はしばらくニューヨーク・ステート・スルーウェイのすぐ隣を平行して走ります。

RT59との立体交差

<Tallman>
Tallmanという街を過ぎると、ルート59と立体交差しています。このあたりは草が茂っており、明らかに廃線の色が濃くなります。この立体交差を過ぎると線路はルート59の南側の住宅地の中を走り続けます。

森の中をいく廃線跡。

住宅地の中でも線路はしっかりと残っています。上記の写真をよくみると線路が写っているのがわかると思います。

アメリカ建国時から、マンハッタンとニューヨーク北部を結ぶ交通の要所だったこの辺りには、森の中に旧街道が残っていて、とても古い建物が残っています。これらは建国時に立てられた建物だそうです。残念ながら地元の人たちはこの歴史的価値を見出せず、そのまま打ち捨てられていました。

線路に戻りましょう。ピアモンと支線跡は、再びルート59と立体交差で交わります。ここ辺りは最近大規模な工事が行われ整備されています。本来なら使われていないはずの線路を排除し道路を整備をしそうですが、何故か線路はきちんと整残っているのです。よく見ると、林の木が折れて線路をふさいでいたりしますが、それを取り除けばいつでも列車が走れそうなほど線路は残っていました。

線路が見えなくなっている廃線跡

<Monsey>
再びルート59の北側を平行して廃線跡は走っています。しかし、直前までは、残っていた遺構がMonseyの街に入ると急に汚くなります。線路にはゴミが捨てられていてまるでゴミ捨て場です。そして、場所によっては土で線路が埋まってしまっています。一応線路の走っていた場所は残っていますが、知らなかったらただの空き地にしか見えません。そしてルート306との交差点では線路はアスファルトに埋められて、そこに踏切があったことさえわからなくなっています。
ここにMonsey駅がありました。駅舎の隣のビルは現在も残っており、小さな商店がいくつか入っていました。

かつてのモンゼイ駅

*2024年10月のGoogle Mapをみると、モンゼイにあった線路は撤去されてしまったようです。この町はユダヤ人が多く住む地域で、ここ数年ユダヤ人による宅地化が急速に進んでいます。かつての廃線跡、森が破壊され新しい住宅地になっているようです。ただ廃線跡の土地は線路は取り払われていますが、現在も空き地になっていました。(路線復活の可能性がかろうじて残っています)

<Spring Valley>
ルート59は、Spring Valley High Schoolを過ぎると坂になって下ります。廃線跡は、59の北側の住宅地の間を走っていますが、このあたりでも場所によって線路が取り払われていたりします。一応ほとんどの場所で線路を確認できますが、列車を走らせる場合は、かなりの復旧工事が必要です。

スプリング・バレー駅の手前

この辺りからは、線路を横断するとき、必ず大きな「Rail Xing」サインが掲げられています。サインだけ見ると、現役の踏切があると思うのですが、実は廃線の踏切です。サインは新しく輝いています。何故使われていない踏切にこれほど大きく新しいサインが必要なのか不思議でした。実際の踏切はアスファルトで線路がつぶされていました。

さらに進むと、急に線路が復活します。このあたりはSpring Valley駅の近くです。

Havestrowに向かう支線跡。現在は引き込み線として使われている。

スプリング・バレーの駅は今も現役で列車がやってきます。ここは引き込み線として使われているのでしょう。さらに線路は、北側にも延びています。この線路はかつてSpring valleyからHavestrowまで延びていたハベストロー支線です。

現在のスプリング・バレー駅

Spring Valley駅は、現在も使われているので、綺麗に整備されています。ここからHobokenまで毎日列車が運行されています。

エリー鉄道時代のスプリング・バレー駅

このように、このSuffern - Spring Valley 鉄道は、かなりはっきりと遺構が残った珍しい廃線です。何故ここまで長期間にわたり線路が残っているのかわかりませんが、現在でもあきらかに残す意図が伝わってくるのです。

Spring Valley駅から先は、パスカック・ラインが旅客鉄道として現在も運用されています。ここからは、ニュージャージー州のHobokenまで近郊列車として旅客サービスが現役です。

<Nanuet>
Spring Valley駅から列車に乗り、次の駅Nanuetに向かいます。現在はただの駅ですが、かつては以下の地図のようにNanuetはターミナル駅でした。Hobokenから北上してきた路線は地図下から上に向かってきます、Nanuetを過ぎるとSuffernに向けて線路が伸びているのがわかります。現在は、次の駅Spring Valleyで終点となっていますが、地図には、私が辿ってきた廃線を通りSuffernまで線路がつながっていることが記されています。
さらに線路はハドソン川沿いの街Piermontやこの辺りの政治の中心であるNew Cityまでも視線が伸びていたことがわかります。

ナニュエット・ジャンクションの地図

現在でもナニュエット駅に行くと、このジャンクションの面影は残っていて、PiermontやNew Cityに向かう線路は外されていますが、土地は駐車場となって残っています。Nanuet駅は現在も運用中(パスカック線)です。

Nanuet Janction跡。今は駐車場になっていますが、線路が奥に伸びていたことがわかります。

ナニュエット・ジャンクションからさらに東に行くと、廃線跡は道路になっています。しばらく進むと廃線跡は遊歩道として残っていました。

廃線跡が遊歩道として整備されていました。

<Piermont>
廃線跡の遊歩道を辿っていくと、終点のピアモント駅に到着です。駅舎はきれいに保存されていました。駅の目の前はハドソン川です。かつては、川を渡ってきた人々がこの駅で汽車に乗り換えたのでしょう。貨物はここから船に乗せ替えられ下流のニューヨーク・シティに送られたのでしょう。今は、ひっそりと駅舎だけが佇んでいました。

ピアモント駅は歴史的保存施設として残っていました

このエリー鉄道ピアモント支線、廃線の旅は、時間にして2〜3時間程度で全てを見ることが可能です。古き鉄道に興味のある方は是非足を運んで見て下さい。発展した町にありながら、住人に忘れ去られている廃線を見ていくと、自分だけタイムスリップしたような気持ちになります。

注意)廃線を見るときは、パブリックスペースからにしましょう。プライベート・プロパティへの進入は避けるべきです。



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