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童話「ゾウガメとハイビスカス」
まっ青な空に、まぶしい光りをふりまきながら、お日さまがのぼっていきます。すべてがきらきらとかがやく、南の島の朝のはじまり――。
島のおくにひろがるはらっぱのなかに、いっぽんの道がありました。
その道のむこうから、なにやらまるくて大きなものが、ゆっくりとうごいてきます。
それは、高くもりあがったこうらをせおったゾウガメでした。
ゾウガメは、長いくびをのばしあたまを高くもちあげて、のっそ、のっそと歩いてきます。
いっぽん道のさき、はらっぱがひらけたところにゾウガメがつきました。
そこには、あたりいちめんにたくさんのまっ赤な花、ハイビスカスが咲いていました。
ゾウガメは、ハイビスカスに、あいさつをしました。
「おはよう!」
「おはよう、ゾウガメさん! 今日もとってもいいお天気!」
ハイビスカスが、高くすんだ声であいさつをかえしました。
「わたしはとってもごきげん! ゾウガメさんは?」
「もちろん、ボクも、ごきげんさ!」
ゾウガメは、くびを長くのばして、ハイビスカスのひとつにかおをよせていいました。
「じゃ、いただきます!」
「どうぞ、どうぞ」
ゾウガメはゆっくりと口をあけてハイビスカスをくわえると、むしゃ、むしゃ、むしゃと食べはじめました。
「ほんとにほんとに、おいしいなあ!」
つぎの日の朝も、ゾウガメはいっぽん道をのっそ、のっそと歩いて、ハイビスカスが咲いているところへやってきました。
「おはよう!」
「おはよう、ゾウガメさん! 今日もとってもいいお天気!」
「じゃ、いただきます!」
「どうぞ、どうぞ」
ゾウガメは、いつものようにくびをのばしてハイビスカスを口にくわえ、むしゃ、むしゃ、むしゃと食べはじめます。
ハイビスカスが、ゾウガメにききました。
「ゾウガメさんは、どうしてわたしを食べようと思ったの?」
ゾウガメが口をうごかすのをとめて、ちょっとくびをかしげました。
「どうして食べようと思ったか? うーん・・・、どうして、だろう?」
ハイビスカスはいいました。
「みんなはわたしを見て、とても赤くてきれいだねっていうの。でも、みんなわたしを食べることはしないわ」
「みんな・・・? でもボクには、きみは赤くてきれいで、とってもおいしいんだ」
そういいながら、ゾウガメはちょっと気にして、ハイビスカスにいいました。
「あ、ボクがきみを食べるのは、めいわく?」
「いいえ、ぜんぜん!ゾウガメさんに食べてもらってわたしはとってもうれしいわ!」
ゾウガメは、ハイビスカスにそういってもらって、あんしんしました。
「わたしはどんどん咲くから、ゾウガメさんはどんどん食べて!」
「ありがとう、そうするよ!」
ゾウガメは、もっとくびを長くのばして、いっぱい咲いているハイビスカスをどんどん口にくわえ、むしゃ、むしゃ、むしゃと食べました。
またつぎの日の朝も、ゾウガメはいっぽん道をのっそ、のっそと歩いて、
ハイビスカスが咲いているところへやってきました。
ゾウガメはハイビスカスにいいました。
「これからも、ずーっと、咲いていてね」
「もちろん!これからもずーっと咲いているわ、ゾウガメさん。ゾウガメさんも、いつまでも食べにきてね! そう、ゾウガメさんはとってもとっても長生きなんだってきいたわ」
「とっても、長生き? うーん・・・」
ゾウガメは、ハイビスカスのことばにくびをかしげました。
そしてゾウガメは、じぶんが長生きすることについて、ちょっと考えてみました。ゾウガメはちょっとのつもりでしたが、ながい時間がたちました。
そうしてやっと、ゾウガメがいいました。
「長生きかどうか、じぶんじゃわからないな、生きてみないと」
ハイビスカスは、ほほえんでいいました。
「それもそうね! ゾウガメさん、これからもいっしょに!」
「ああ、これからも、いっしょに!」
そのつぎの日の朝も、ゾウガメはいっぽん道をのっそ、のっそと歩いて、
ハイビスカスが咲いているところへやってきました。
でもけさの空は雲がいっぱいで、お日さまのまぶしい光りがありませんでした。
「おはよう!」
「おはよう、ゾウガメさん。今日のお空は雲だらけ、風もでてきた・・・」
「これからお天気はどうなるの?」
「風はもっと強くなる。そしてすごい雨がふる。たぶん夜おそくから嵐になるわ!」
「嵐!? そうかあ、明日の朝はきみにあえないかもしれないね」
「ゾウガメさん、わたしをどんどん食べていってね!」
「ありがとう、そうするよ!」
ハイビスカスがいってくれたので、ゾウガメはおもいきりくびを長くのばして、いっぱい咲いているハイビスカスをどんどん口にくわえ、むしゃ、むしゃ、むしゃと食べました。
島はおひるすぎから風がつよくなり、ゆうがたには雨がふりだしました。
ゾウガメは木の下にほったすみかのあなにもぐりました。
夜になり、どんどんつよくなる雨と風・・・。
「やっぱり、嵐がくるんだ・・・」
つぎの日、嵐はいよいよはげしくなりました。ゴォーッ!という音とともに、すべてをなぎたおしてしまいそうなものすごい風と、ドバドバッ!と水でいっぱいのバケツをひっくりかえしたような雨がたたきつけてきます。
「うわあ、なんて嵐だ!」
ゾウガメはすみかの穴の中で、その大きなこうらに四ほんの足と、みじかいしっぽ、長いくびとあたまをぜんぶしまって黒い目をつぶり、ただ、じっとしていました・・・。
つぎの日の朝、空はすっかり晴れ、光りをふりまきながらお日さまがのぼりました。
ゾウガメは、きのうの嵐がなぎたおしていった草をいっしょうけんめいかきわけながら、見えなくなったいっぽん道をのっそ、のっそと歩いていきます。ゾウガメは、そうしてやっといつものところにつきました。だけどそこには・・・。
「ああ、なんてことだ・・・!」
ハイビスカスの咲いていたえだのかきねが、みんなのけぞったようにかたむいています。
ゾウガメはくびをたて、あたまをぐるりとまわしてあたりを見わたしました。でもそこには、はっぱもなければ花びらいちまい、ありませんでした・・・。
「おーい、おーい・・・!」
よんでもハイビスカスの声はなく、ゾウガメは、どうしていいかわからなくなりました・・・。
そのとき、空の上からささやくような声がしました。
「だいじょうぶ、お花さんはまた咲くわ」
ゾウガメがあたまをあげると、そこには黒くて大きなチョウがひらひらとんでいました。
「きみはだれ?」
「わたしはアゲハ。まっ赤なお花さんとはともだちなの」
アゲハはそういいながら、ゾウガメのはなさきにとまりました。
「どこへいっちゃったんだろう・・・」
ゾウガメはアゲハにききました。するとアゲハがあかるい声でいいました。
「お花さんは赤くてきれいで、とってもつよい花なのよ!」
「とっても、つよい花・・・?」
ゾウガメはアゲハのいっていることがよくわかりませんでした。
あんなにうすくてやわらかい花が、とってもつよい花って・・・?
「しんぱいしないで、お花さんをまっていてあげて・・・」
アゲハはそういって、空にまいあがっていきました。
つぎの日の朝も、またつぎの日の朝も、ゾウガメはやってきました。
でもハイビスカスにはあえません。
またまたつぎの日の朝も、そのまたつぎの日の朝も・・・。
ある日の朝、いつものようにやってきたゾウガメは、あたりをみて、はっとします。かたむいていたえだのかきねがおきあがり、はっぱがすこしついている!
そのとき、ゾウガメに、高くすんだ声がきこえてきました。
「ゾウガメさん! ゾウガメさん!」
声のするほうを見ると、かきねの中にたったひとつ、まっ赤な花が咲いています!
「ゾウガメさん、ひさしぶり!」
「あ・・・!」
ゾウガメは、あまりのうれしさに、声がつまってしまいました。
「あの嵐で、きみは、きみは・・・」
「こうみえて、わたしはけっこうつよいの!」
「お花さんはだいじょうぶって、アゲハがいっていたけど・・・」
「そうよ、今はやっとひとつだけど、これからまた、どんどん咲くわ!」
「よかった・・・」
「ゾウガメさん、またわたしをどんどん食べてね!」
「ほんとに、ほんとに、よかった。 またきみにあえて・・・」
ゾウガメの黒い目に、なみだがうかびました。
「これからもいっしょに!」
「これからも、いっしょに・・・!」
かきねには、ひとつ、またひとつと、まっ赤なハイビスカスが咲きだしました。
南の島のすべてがかがやく日々が、またはじまります――
(おわり)