会衆での立ち位置
わたしは、エホバの証人2世でも出来損ないだった。
母は40歳の節目でバプテスマを受けた。母は義理のお姉さんが担当してて
いつもそのお姉さんの愚痴を言ってた。
だから、早くそのお姉さんから独立したかったんだと思っているけど、
母はアブラハムが40歳の時に節目のことがあったのに担いでたと思います(うる覚え)そんなようなことを言っていました。
周りの同じ世代の子供たちは、着々と伝道者になり、バプテスマを受け
活発な姉妹・兄弟になっていたのにわたしは全く芽が出ない子だった。
たまにコメントするように約束させられて、集会中に手を挙げると
その時に目立つように腕を上に上げてくることが本当に嫌だった。
集会後の交わりが大嫌いだった。きっと劣等感だと思う。
少し挨拶がちゃんとできなかったり、割り当てをされた兄弟にお礼を言いに行かなかったりすると、帰ってから「あの態度は何?」って怒られた。
「顎が上がってる」と注意された。要は生意気ってこと。
なのでわたしは芽は出ないけど、とても愛想がいい子供だった。
わたしが行っていた会衆は、老舗のいかにもエホバの証人です。っていう固い会衆で。年齢層高めの会衆だった。
小学校の時、2個上に同じ会衆のお姉さんたちがいたけど、
もちろん、校歌は歌わない。君が代は歌わない。
国旗敬礼もしない。騎馬戦もしない。選挙にも投票しない。
もし、内緒でしてたら、チクられて 非難された。
学校でも、そのお姉さん姉妹たちの目が光っていて。怖かった。
もちろん高校は定時制だし、大学には行かないし。
もし、高校に通うとしても自転車で行ける範囲。
公共交通機関を使うのはあんまりいい顔されなかった。
進学については、そこは4年生大学を卒業しないという選択肢は我が家にはなくて
(両親とも四大卒)むしろ、四大を出てないと人権ないという考え方だったので
積極的に進学させられた。だかた、高校も定時制という考え方はなかったんだけど
今思えば、そこはいいんだ?母よ。矛盾しすぎじゃないか?
でも、中学のわたしは全くその矛盾には気が付かなかった。
親が言うことは「絶対」だったから。
特に同じ世代の仲間が会衆にいるわけでもない。
仲良い世代のエホバの証人がいるわけでもない
学校にもそこまで仲良くしてる友達もいない。
そして一人っ子。
要は、母にべったりで、母が全ての子供だった。
そうじゃなきゃ生きていけなかった。
だから、大人の姉妹たちには可愛がられた。
愛想がいいから。優しいから。気遣いができるから。
そして、そういう娘を母は「いい子」としてた。
でも、他の子供より全然芽がが出ない。なので、きっと母は焦ってた。