あお

言葉と記憶、物語について考えています。 ちいさな読書会も運営中。

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最近の記事

隣りの物語 ~「ケアと物語【1】~

ケアの隣りにはいつでも物語がある。 「ケアと物語」を思う時、私は西加奈子さんの言葉を思い出す。 西さんは癌の告知を受けた後、たくさんの検診に臨むことになった。 癌の当事者となり、検診ラッシュに動揺する西さんにとって、「待っている間 Spotify 聞く?」という看護師さんの質問はまさに「ケアの言葉」だったのではないだろうか。看護師の彼女にとってそれは、あるいは気遣いですら無かったかも知れない。それは爆笑したことからも想像できる。現場でのローカルなルーティーンに過ぎなかった

    • 電車を見送り、本を開く~小川洋子さんのかけら~

      遅番の帰り、最寄りの駅の線路が近づいてきた。遠くの方で小さな光が見え、やがてその強さを増していく。いま走り出せば間に合うかもしれない。でも何に? 息を切らして乗った電車の先で、私はまた次の先を急ぐだろう。歩みを少し緩める。光が近づく。車両がホームに滑り込んで来る。ドアが開き、人々が押し出され、人々が乗り込む。私がホームに下りた時、電車はすでに遠く、闇の向こうへ進んでいった。ベンチに座る。リュックから文庫本を取り出す。人のいない、この静かなホームで本を読むのが私はすきだ。 き

      • 楽譜のように辞書のように

        多読とか速読とか 読書術への強い違和感が拭えずにいる。 むしろ本は例えば楽譜で、 演奏者の数だけ音色があるように 読み手の数だけ、また 読む度ごとに 違った時間が流れていく。 10年前、 初めて読んだこの本を 10年後、 いまの私は違う響きで読むだろう。 あるいはまた 本は例えば辞書として はじまりもなく おわりもなく、 ただ開いたページの中の ただその一節を、 小さな1つの全体として 楽しめばいい、出会えばいい。 優れた書き手を 例えば優れた踊り手だとして はじまる

        • 【ルックバック考】           (2)出会いとは振り返ること

          (2)出会いとは振り返ること 昨日と今日を分かつのは、死だ。 それは一方通行の不可逆的なもので、 だから死と、 出会いは似ている。 出会いとは、振り返るものだから。 職員室で藤野が 「京本? 誰ソレ?」と言い捨てた時、 藤野はまだ京本と出会っていない。 「奇策士ミカ/藤野」「放課後の学校/京本」の漫画が学年新聞に載り、 画力の差で打ちのめされる。   「4年生で私より絵ウマい奴がいるなんてっ」「絶っっ対に許さない!」 と叫びながら田んぼ道を走っている時、 藤野は京本に

          『ルックバック』考 (1)振り返るということ

          (1)振り返るということ 映画版『ルックバック』を見た。 私は原作を見ていなかった。 ただいくつか、解説動画の切れ端からものすごい作品だということを聞いていた。 映画がはじまり、いくらもしないうちに泣いている自分がいた。 それは、藤野が京本の手を引っ張りながら街中を走り、藤野が振り返った場面だ。 幸福な高揚の中にいる二人。 手をつないでいる二人。 私は一方でこの幸福が続くはずがないと恐れ、崩壊を孕んだ眩しい二人を恐れた。 人はなぜ、振り返れるのだろう。 1つには安心から。

          『ルックバック』考 (1)振り返るということ

          私たちと物語~角田光代さんの言葉から

          『私たちには物語がある』。 角田光代さんのご本。 なんて素敵なタイトルなんだろう。 なんて優しくて、そうして心強い響きなんだろう。 〈物語〉を考え続けてもうずいぶん長くなるけれど、 考えれば考えるほど物語の深みは底知れず、 迷い、憧れ、翻弄されつつもまた求めてしまう。 もちろん、「本の中にだけ」物語があるわけじゃない。 物語はどこにでもある。 私の名前にだって、 ふだん暮らしている町の地名にだって、 たった1本のえんぴつにだってたくさん物語はつまってる。 いったい物語って何な

          私たちと物語~角田光代さんの言葉から

          本にかたちがあるということ

          紙の本には終わりがある。 そこには形があり、重さがあり、 色があり、影がある。 手に取って、表紙をさわる。 ページをめくる、紙が擦れる。 それは痛み、傷ついて、 あるいは色褪せ、損なわれる。 本にかたちがあるということは 私に体があることと 変わらない。 その痕跡に、 人と本との時間が刻まれる。 かたちがあるということは 始まりがあり、 終わりがあるということ。 終わりがあるのは救いだろう。 終わりのない喜びは、 終わりのない苦しみに転じるかも知れない。 かたちのある

          本にかたちがあるということ

          『成瀬』、進行中

          ■成瀬、進行中 (1)島崎しかいない 宮島未奈さんの『成瀬が天下を取りに行く』が本屋大賞を獲った。私は毎日新聞のおかげで、わりと前からこの物語を知っていた。 注目していた。 注目した本をすぐ読むとは限らない。 私は書評でいいなと思うと、その日のうちか次の休みの日に買うことが多い。 なぜか『成瀬』は手を取らずにいた。 しばらくして本屋大賞にノミネートされていることを知った。 2024年4月10日、『成瀬』は大賞を獲得した。 いつもより少し早く起きた朝、珍しく喫茶店のモーニ

          『成瀬』、進行中

          寺地はるなさん『水を縫う』を巡って

          (1)更新されてく言葉たち 新しい物語との出会いは新しい言葉との出会いでもある。今回、読書仲間の方から教えて頂いた寺地はるなさんの『水を縫う』があまりに良くて、今こうして文章を書きはじめている。 男子高校生の「清澄」がこれから結婚する姉「水青/みお」のためにウェディングドレスを縫う。ただそれだけの物語。そこにはドラマティックな展開も壮大な謎解きも無い。ここにあるのは日常だ。清澄、水青、さつ子、文枝、全、そして黒田を中心としたキャラクターたちの日常。朝の気怠さや登下校の景色

          寺地はるなさん『水を縫う』を巡って