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新約:バベルの塔

「反応来ました! 語群です!」
「面舵いっぱい、絶対に逃すな! 今度こそ釣りあげる!」

旧日本区所属言語トロール船“なるかみ”の船長、篠上ミカは探知機に映る語群の影を少しも見逃さぬよう、瞬きせず睨みつけている。
ホワイトハッカーとして名を挙げていたミカは旧日本区の漁協に漁師として配属されたが、これまでの釣果は全くのゼロ。
通算5度目の遠洋航海、このヴォヤージュで初めて“バベル”の尻尾を掴んだ。

「狙いはバベルのみだ! 混獲に注意しろ! ガンガゼがいるぞ!」

ソースコードの守護を目的とする攻性防壁“ガンガゼ”は偵察のために素潜りしていた部下の1人に取り付き、その神経に不可逆のダメージを与える。
犠牲者は増えるばかりだがここで引き返す訳にはいかない。

3年前、“世界語”の通称で知られる自然言語完全翻訳ネットワーク“バベル”は、人類がレンガを積み上げるようにして築いた全世界の外国語教育や通訳の仕事をその50年余りの稼働の中で完全に葬り去った後、ブラックボックス化したソースコードに仕組まれていた自己崩壊プログラムによってネットの海へ離散した。

バベルによる実質的な言語の統一は国家・個人間の交流を容易にさせ、国や人種を問わずヒト・モノの流動性は格段に向上したが、ひとたびその機能が停止すると言葉の通じない異国で孤立した人々は大混乱に陥った。
世界連合は直ちに離散したコードの回収とバベル復旧を目的とする組織“フィッシャーマンズ・ワーフ”を設立し対応に当たったが、広大なオーシャンに散らばったソースコードはそもそもの全量も内容も不明。ご丁寧にダミープログラムとトラップまでがバラ撒かれており発見は困難を極めた。

「ガンガゼ駆除完了しました! バベル、捕えます!」
「私が確認する! お前らは手を出すなよ!」

漁師となり2年、遂に引き上げられた語群の中身はヘブライ語翻訳機構の一部、そしてミカの姉、篠上テメンの名であった。

【続く】


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