The White Lounge

#1 マスカレイド
会場内に入ると、白で彩られたセットが目の前に広がっていた。
横断歩道や階段など街並みのようでもあるが、ソファやテレビなど家のようでもある。
白い仮面（マスカレードマスク）を着けた人々が行き交い、男女で踊っているような動きも見られる。その動きは非常にゆっくりで、不思議な印象を与えるものだ。
ジャズのBGMが流れており、正にラウンジの空気感が感じられる。

開演時間になり、暫くすると白いタキシードに身を包み、同じく白い仮面を着けた若井と藤澤が登場。
BGMが消えて、辺りが静寂に包まれる。
すると、けたたましくベルのようなレトロな呼び鈴の音がなり、中央の玄関扉のようなドアが勢いよく開けられた。
白いハットに白いタキシードの大森が白いスーツケースを手に、悠々とこちらに歩いてくる。

一曲目は何なのだろうとドキドキしていると、聴いたことのない歌がホールに響く。
そして彼の身振り手振りがとても大きく、演劇の台詞のような感じだった為、ここで今回のツアーのコンセプトを理解する。
初めて生で声を聴けるという衝撃で内容まで覚えていられる余裕はなかったのだが、仮面についてや人生についてだったような気がする。

「ドアを開けたら 何かが変わるのか
　誰もが怯えて過ごしてる 白い 部屋には独り達
　それは具象か はたまたイメージか
　持ち切れない愛を探して 白い 部屋には独り達」 

女性「何処から来たの？」
大森「何処？　……何処だろう」
女性「まぁ、ゆっくりしていきなさい」
大森「ありがとう」
（ここで彼は帽子を取っていたような）

「今日も人々は仕事で疲れてる
　想いを寄せた人を思い出してる
　びしょ濡れで怒りを放って 光を探してる
　今日も人々はチグハグに愛してる
　青さのカケラを拾って
　華やかにステージを飾って
　終わりを始めた
　呆れるまでもなく 全てが嘘で本当
　いつの日か誰かが手を伸ばしてくれる
　そう信じてた」

ホールにこだまする彼の突き抜けるような歌声には鳥肌が立ちっぱなしだった。

「僕も本当は大声で「助けて」と言いたいけれど
　嫌われたくはないから
　今日も仮面で顔を隠して 心を閉まっておくけど
　このままじゃいけないのはわかっている
　繰り返す間違いの狭間で揺れる
　時計は狂う
　本当を見抜いて愛してほしい
　もうすぐ我儘は終わる？」

もうすぐ我儘は終わる？　か……
『Attitude』が思い出される。
胸がキュッと切なくなった。

リモコンを手に取り、ボタンを押す彼。
すると、ステージ全体にスノーノイズが映し出され、ブラウン管テレビの電源をオフにしたかのようなチュンという音と共に、ステージが暗くなった。

#2 水と影
スポットライトを浴びた彼は、ネクタイを緩め、しばし目を閉じる。そして、セットの奥の方にある冷蔵庫に向かう。
扉を開けると眩い緑の光が、暗闇の中に放たれた。そして冷蔵庫の中からビンを一本取り出してバーカウンターまで歩く。そこの椅子に腰掛けながらグラスに注ぎ、一口飲んだ後、そっと息を溢す。

~ Folktale ~

まさかこの曲が来るとは。予想もできなかった。大好きで大切な曲。
階段を登り、「変わりたいな でも 変わりたくないな」と。「昔話は寓話の様で」と本を捲りながら唄う。
二回目の「歩いてゆく」は若干アレンジしていたような。　
白い服を纏った女性と手を取り、軽やかに踊る姿には思わず見惚れてしまう。コンテンポラリーダンスだろうか。
若井と藤澤は舞台左側で二人横並びで演奏していたような。二人がこんなに近距離で演奏することは結構珍しい？
真っ直ぐで綺麗な声に心の全てが持っていかれた。

冷蔵庫は曲中開きっぱなし。
ビンを冷蔵庫に戻して扉を閉め、真っ暗になって曲が終わる。

#3 手紙（過去との会話）
暗転のステージにスノーノイズが映し出された後、現れたのは白いハットを被り、ネクタイを締め直した彼であった。
セット右奥の書斎のような空間のデスクには白いタイプライターがあり、文字を打ち込みながら呟くように話す彼。
どうやら大切な誰かに対しての手紙のようだ。
しかし、明るい雰囲気ではなくてどちらかというとしんみりと切ない感じがする。

「お久しぶりです。お元気ですか？
　僕のこと、覚えていますか？
　僕はあれからずっと、君のことを考えていま
　す。
　でも、考えれば考えるほど、
　わからなくなるのです」

~君を知らない ~

手紙を読み上げる語りから繋がるように始まった。
聴いているだけで胸が締め付けられるほどの切ない声。だけど、誰かを想う愛しさを知っている声。
演劇要素も含まれているから要所要所に動きがあって、彼の息遣いや温度感がいつも以上に感じられる。
手紙を受け取った女性がラウンジに現れ、どこかもの悲しげな表情で彼と近づき、時に微笑みを浮かべて手を取り合い、そして遠く離れていく。
「痛い 出会うまではジッとギュッと」
絞り出すような、今にも泣きそうな声で唄うから。彼が抱える心が伝わってくるような気がした。

最後、ピアノだけが穏やかに鳴り響く中、彼は一度手放した手紙を拾い上げる。
そして彼女のことを思い出すかのように、再び手紙を見つめた。

大きなテーブルで手紙を見つめる。
「『幸せが逃げるわよ』、
　そう君はい…よく言っていた」
手紙を手に彼は呟き、その声は思い出の中の“君”の声と重なり、こだまする。
「また、君と踊れたらいいのに。
　そしたら、どんなに……どんなに幸せだろう。
　あの頃、みたいに」

「いつだって大丈夫」
彼の声が静寂に響き渡る。
心を射抜かれたような衝撃だった。
こんなに美しい声が存在していいものなのだろうか。
ゆっくりと呼吸のペースで唄う彼だが、歌っているというよりも語っているように聴こえる。
まるで自分に言い聞かせているみたいだ。
「『大好き』を歌える」
気持ちの良いくらいに綺麗に響いた彼の声を合図に、明るいパーティが始まる。

~ダンスホール ~

ラウンジはレストランへ変わり、ウェイター姿の若井と藤澤が登場。
客である彼をもてなすも、ワインをひと口飲んだ彼はテーブルに上り踊り出す。
困惑し、やめさせようとする二人だが、彼に乗せられ、結局一緒に踊り始めてしまう。
互いに顔を合わしながらテーブルの上で陽気に踊る彼らの周りは、楽しげで明るい空気で満ちている。
満面の笑みを浮かべ、子供のように燥ぐ。
まるで「楽」を表しているようだった。

三人は息の合ったダンスで観客を魅了すると、遂にはテーブルの上でそれぞれソロダンスを披露。華々しく曲が終わり、満員の観客から大きな拍手が湧き上がると、はっと我に返った若井と藤澤。

「マズイ！　こんなところを見られたら、絶対に怒られる！」

二人は慌てふためき、何ごともなかったかのように、真っ白なレストランの明かりを消した。

#4 反射
砂嵐の中に、行き交う人々が映し出される。
先程とは打って変わった暗く重い雰囲気。
天気も荒れ、激しい雨音と雷鳴が轟く。
玄関のドアが開くと、何処かから帰ってきた彼の姿が見えた。
だが、様子がいつもと違う。
「くそっ」と呟き、抱え込んできたものが一気に溢れ出たように、荒れ狂う彼。
レインコートを乱雑に脱ぎ捨て、椅子を蹴り、周りのものに当たり散らかす。

~ツキマシテハ ~

真っ赤な照明で染まったステージで、重低音と共に始まったこの曲。
ギリギリで立って必死で生きているような、そんな印象。
歌というよりも心の叫びのような彼の言葉からは、やり場のない怒りや妬み、悲しみや寂しさが痛いほど伝わってくる。
声を荒げたり、消え入りそうに震えたり。
「嫌いな人は正直たくさん居る
　切りたくても切れない」

怒りのままに突き進もうとする彼の行く手を、男が阻む。それでも遂に、その手を振り切り二階バルコニーに上ってゆく。重い足を必死に動かして、階段を上りながら唄う彼。最初にあれだけ軽い足取りで上っていた小さな段差も、今は大きく見えた。

ふと、雷鳴が鳴り止んだ。
柔らかなピアノとヴァイオリンの音をバックに、とつとつと語るように彼は唄う。
「口から不意に出た言葉で
　ヒトは悲しくなってしまうらしい
　ただ、心から不意に出た言葉で
　幸せも感じられるらしい
　幸せに気付いていて欲しい」

すると再び、雷鳴が轟く。
「愛が麻痺っていく」
彼はこの言葉を、一体どんな感情で綴ったのだろうか。
曲が終わり静けさが戻ると、彼の荒くて脆い呼吸が目立った。
肩で息をする彼を静かにライトが照らし、そして黒で包んだ。

#5 愛という種
セット右上のバルコニーのような空間。
上着を脱ぎ、眼鏡をかけて、ラジオを鳴らす彼。
佇む一枚のドア。ラジオからは聴き覚えのある曲が流れてくる。
『They are』だ。
何処か切なげな表情でドアの向こうを見つめる彼。
そんな彼の元に一人の女性がやってきた。

「ブラックでよかった？」と声を掛ける彼女。
どうやら彼にコーヒーを淹れてくれたみたいだ。
「うん、ありがと」と落ち着いた声色で返す彼。
「牛乳、まだ少し残っていたんだけど怪しかった
　からやめておいた」と彼女は小さく笑う。
そっと一口飲み、「うん……おいしい」と呟く彼。
「私飲めるかなぁ……」
彼女も飲んでみるが、苦味に顔を顰める。
そんな彼女を見て「新しいの買っとけばよかったね」と笑って言う彼。
しかし彼女は、「何？　新しいの？」とぽかんと尋ねる。
「いや、牛乳……」と彼がぽつりと呟くと
「……あぁ、大丈夫」と遠慮気味な笑みを浮かべる。
頑張ってブラックコーヒーを飲む彼女の辛そうな様子を見て、「やっぱ買ってくるよ」と笑いながら彼は言うが、「いや、いいのいいの。冗談だって。言ってるうちに冷めちゃうよ？」と彼女は笑って返す。
「……あぁ、うん」

この日常的な会話から、二人は恋人なのだと思った。
一見何の変哲もない恋人の幸せな日常のように思えるが、私はそこに彼の蟠りを少し感じた。
二人の間のズレというか、何というか。
そんなものを感じた。
「好き」とは、「愛」とは何なのか。
「愛し愛される」とは何なのか。
後ろで流れる『They are』と次に演奏される『Coffee』から、そんな言葉を心に浮かばせているような気がした。

「そういえば、さっきの話なんだけどさぁ……」
この彼女の話し声と共に曲が始まる。

~Coffee ~

自分に語りかけるように唄う彼。
一番終わりの間奏で、女性が
「ミニトマトは（育てるのが）簡単なんだって。
　この前のキュウリは何で苦かったんだろうね」
と言う。
しかし、彼は特に何も言葉を返さない。
話し疲れて机で眠ってしまった彼女に、優しく毛布を掛けてあげる彼。
二人の男女が手を取り合い、時折離れながら軽やかに踊る。
そんな二人をどこか愛おしそうに見つめ、唄う彼。
「君の一部で居たい」という感情はミセスの楽曲に多い。もう二度と手放すことのできないくらいの、相手にとって不可欠な存在で在りたいという想いは、時に重いものになってしまうのかもしれない。私自身もその気持ちが解る気がする。勿論彼が感じるものそのまま全て解るなんてことはできないけれど。きっと彼にとっての相手の存在はかけがえのない「大切」で。だけど、それが「恋」なのかどうか解らなくて。「大切」と「好き」は同じ線の上に存在するのだろうか。それとも、似ているようで実はベクトルの異なるものなのだろうか。一生懸命に悩んで考えてしまうけれど、「少しずつでいいから 焦らないでいいから」と唄う彼は温かい表情をしていたような気がする。

コーヒーカップを片手に、バーカウンターにひとり佇む彼。
おもむろに受話器を手にすると、軽快なスネアのリムショットとシンクロして電話の呼び出し音が鳴り響く。
ベルは鳴り続けるが、相手が出る気配はない。
一方で、スマートフォンを手にした人々は彼の周囲を忙しなく行き来し、すれ違いながら、他愛もない会話を繰り返す。
日々を生きる人々のすれ違いが聞こえる。

「伝えたい言葉は、いつも言葉にならない。
　何故だろう？　伝えたいことは解っていて、
　（胸を指さし）ここにあるはずなのに」

　~ニュー・マイ・ノーマル ~

雰囲気的には明るすぎなかったような印象が残っている。
受話器を耳に当て、部屋の中を歩きながら唄う。「いつもあなたに伝えたくても言葉に出来ない私です」と。

藤澤はフルートを吹いていた記憶があるが、自信はない。
Cメロ前に再び、人々のすれ違いが聞こえてくる。
ご飯を作って待っていた彼女と、既に外食で済まして帰ってきた彼氏の会話が印象的だった。

「人間の数だけすれ違いが起きていて
　たまに嫌になる」
胸の前ですれ違う指を見つめ、呟く彼はどこか達観しているようにも見えた。

二人並んで歩く彼と彼女。
彼は心なしかそわそわしているように見えた。
立ち止まって彼女を呼び止める。そして、ポケットから小さな箱を取り出し跪いた。彼の不安と緊張が伝わってくる。

「……ありがとうっ！」と満面の笑みで、震える彼の手を取る彼女。
彼は安心したように「こちらこそ」とはにかむ。
記念すべきプロポーズの成功に、周りから盛大な拍手と祝福の声が贈られる。

~PARTY ~

楽器隊が奏でる明るい音と共に始まる。その名の通り、パーティーのように煌びやかで多幸感溢れる空間。
幾つもの白いドアが立ち並び、それらを潜りながら曲が進む。

後半では紙吹雪がキラキラと輝きながら、宙を舞っていた。
「言葉じゃないと伝わらない愛も 言葉にするとちょっとパッとしないよ」
ニュー・マイ・ノーマル前の言葉と重なる部分があるように思えた。

窓の外で羽ばたいていく青い鳥を見上げ、手を振る彼。
Cメロのダンスが細かくて凄かった記憶がある。
人生の「喜」を最大限に表現しているように感じた。
「愛を注げる人になろう」
その言葉を心に溶かしながら、立ち並ぶドアを潜っていく彼。
最後のドアノブを捻った彼の瞳には、一体どんな景色が映ったのだろう。

曲が終わり暗転したと思ったら、客席の照明が明るくなる。どういうことなのか理解が追いついていない人が殆どだ。そんな会場内にアナウンスが流れる。今から15分休憩となります、と。それを聞いて戸惑い驚く人々。今までそんなことあっただろうか。今回のツアーのコンセプトが演劇だとすると、ここまでが前半ということなのだろうか。
席を離れる人、友人と話す人、スマートフォンで漫画を読む人、ゲームをする人……この短い時間の過ごし方は人それぞれである。
私はこの公演が始まる前にはスマートフォンの電源を切っていたため、この場の空気を全身で感じることにした。
耳を澄ますと、優しい鳥の囀りが聴こえる。今日のこの時間には限りがある。それなら、一刻も離したくないと思った。この目に、この心に焼き付けておきたいと。
人の居なくなった舞台を見ると、先程までの輝かしさが夢だったのではないかと思った。

#6 青さのカケラ
横断歩道に並ぶ三つのベンチと街灯。中央のベンチに、談笑している彼（若井）と女性が座る。

「お花見にはちょっと早かったかもね。
　明後日には満開って言ってたんだけどね」
「そうなんだ、じゃあ明後日にはぶわぁぁって、
　咲くんだろうね」
「そうだね〜」

どうやらお花見する予定だったのだが、まだ桜が咲いていなかったみたいだ。

「あんなに美味しい唐揚げ久しぶりに食べた。
　多分小学生以来？」
「ほんと？　良かった」
「まさかお弁当まで作ってくれるなんて」
「お花見ってそういうもんでしょ？」
「うわ、さすが。ちゃんとしてる」

彼のためにお弁当を作ってきた彼女。手料理を褒める彼の言葉に彼女も嬉しそうな表情を浮かべる。
「じゃあ、そろそろ……」という彼の声と同時に彼女の声が重なる。
「あ、ごめん」
話を彼女に譲ると、
「もし空いてたら、週末リベンジしない？」と彼女が提案する。「リベンジ？」と彼が聞くと「……お花見！　その頃には咲いてるだろうから？」と彼女は明るく答える。しかし、楽しそうに誘ってくれる彼女に彼は言葉を濁す。
「……ごめん！　週末、無理なんだ。予定あって」と断る。
申し訳なさそうな彼だが、時間を気にしたり、興味なさげな素振りをしたり、内心は早く帰りたそうな印象。
「そっか……！」と明るく返事をするが、また今度行こうという彼の言葉に彼女は寂しそうだった。

「そろそろ行こっか」という彼の言葉で二人は歩いて行く。元気のない彼女の様子を見て「どうしたの？」と声を掛ける彼だが、「ううんっ、何でもない」と答える彼女。
そして、彼女の歩くペースに合わせず先を歩いて姿を消す彼。
彼女の片想いだろうか。誰も何も悪くないのだけれど、人と人とのすれ違いは起きるものだ。落ち込んでいる様子の彼女は、とぼとぼと歩いてきた道を引き返す。雨が降りしきる音がする。空の色と同じように、街も薄暗くなっている。そんな土砂降りの雨であるにも関わらず、傘も差さず重い足取りで歩いてくる一人の男がいた。通行人とぶつかり舌打ちをされ「……すみません」と消えそうな声で謝る。深くフードを深く被った彼は、何だか小さく見えた。

「嫌だな。もう、何もかも嫌だ。
　ひとりになりたくて、でもひとりになりたくな
　くて。
　かと言って、人と一緒にいるのはしんどいし。
　でも、誰かにそばに居てほしくて。
　こんなことを考えてる自分も嫌だし結局……
　結局、何もかも、嫌になる」

どうしようもない、どうにもならない感情が次々に溢れてくる。
掠れた小さな音に乗る、彼の痛みが。
繊細な表現によって更に際立つ。

~春愁 ~

傘を差す黒の人々とすれ違いながら「大嫌いだ 人が大嫌いだ」と。
その人たちに背を向け「本当は大好きだ」と。

サビでは見えない壁を叩くような振りがあった。
ぽつぽつと零すように唄う彼の声は、泣きそうにも何かを訴えるようにも聴こえる。
心の葛藤。それはある意味、一番人間らしいものではないかと感じる。

雨に濡れ、座り込む彼に先程の彼女が傘を差し出す。
「大丈夫？ 」
その言葉に瞳を揺らす彼。
「……あ、大、丈夫」
と俯いて答える。
「風邪引いちゃうよ！　傘忘れちゃったの？」
「あ、いや……持ってこなかった、だけ……」
「こんな雨の中、なんで傘も持たずに歩いてたの？」
「わからない……雨に、触れてたかった、からかな」
そう呟いて、灰色の空を見上げる彼。
しかし、彼のその言葉は彼女には伝わらない。「ふふっ、何それ。変なの〜」と不思議そうに笑われてしまう。
「……でも、思ったより寒かった」
「ふふっ、そうだね」

彼女と話す彼は、心ここに在らずというように見えた。彼女を素直に、真正面から受け止められていなかった印象がある。
誰かと居たいという思いと、一人で居たいという思いは常に心に居座っている。誰かの温もりが欲しいけれど、誰かと居ると醜い自分と顔を合わせる瞬間が必ずあって。自分の心と向き合う恐怖が、自分を好きになれない苦しさが、どんどん自分を小さくしていく。

「……ねぇ、今週末何してる？」
彼女が彼に尋ねる。
「あ、いや……何も？」
「買い物付き合ってよ！　暇なんでしょ？」
底抜けに明るい彼女に遊びに誘われる。
「……まぁ、暇だけど……」
「別に嫌ならいいけど」
「あっ、ああぁ……嫌じゃない！」
「じゃあ……決まりね！」
不慣れな誘いに、おどおどしながらもOKすると演奏が始まった。

~ Just a Friend ~

ショッピングにレコード屋、映画やディナー。
彼女に振り回されるように二人の時間を楽しむ彼。
間奏のwow〜のところで、お馴染みの「これとこれどっちがいい？」の服選びに付き合う彼。彼女が自分が選んだ方と違う方を選んだ時に、驚いたのか歌声が止まったのが微笑ましかった。
映画館では彼女の手を握りたくてもなかなか握れず、レコード屋では彼女のお気に入りの曲を気に入ってみる。というようにもどかしくて甘酸っぱい恋をする彼。

「今日だけは僕の目を見て」の部分で、彼女の肩に手を置き、自分の方に向けて唄う。しかし、彼女の瞳には自分は映っていない。他のところに駆け出していってしまう。
僕を見てよ、と懸命に彼女に伝えるかのような落ちサビの感情の乗り方は特に凄かった。

私自身、この曲は「つくり笑い」のようだなと感じる。
歌詞があまりにも切なくて。それを明るい曲調で誤魔化しているような気がして。
叶うことのない恋、振り向いてはくれない君。
そんな君には別の好きな人が居る。
遣る瀬無い悔しさを抱きながらも、君を想い続ける。
「そんな僕に君は気づいていないでしょう？」と寂しく微笑んでいるみたいで。

ここで台詞があったような無かったような。この辺りの記憶が曖昧なのは、そう。
まさかの曲が耳に飛び込んできたからだ。

~ Attitude ~

「あぁ どうか いつか 僕の我儘が終わるまで」
彼の澄んだ歌声が細やかに空気を揺らす。
ミセスにとっても、ファンにとっても大切で特別な曲。
まさか生で聴ける日が来るとは思ってもいなかった。あまりの衝撃で、彼のその第一声が聴こえてきてからのことを覚えていられる心が持てなかった。
かなり複雑なステップをしたり、持ち上げられたり……結構踊りながらのパフォーマンスであるにも関わらず、全くぶれない声に驚いたことは覚えている。

音の動きが難しい「愛し愛されて死にたいの」の部分も完璧にこなす彼は流石としか言いようがない。
「エゴイズム」からの部分でダンサーさんと一列になって一言ずつ一人はけていく。
最後の「ヒューマニズム」で真ん中を静かに重く歩を進める彼には、思わず鳥肌が立った。一歩一歩を大切に踏み締めて。

#7 虚構と虚無
曲が終わっても余韻が抜けず、暫くの間の記憶がふわふわしている。
次なるステージは、ブロードウェイの、とある劇場。
ショーが始まるまで、バンドはオールドジャズを演奏している。
するとバックヤードでブザーが鳴り、「本番五分前でーす！」と舞台袖から声が聞こえてくる。
集まってきたキャストたちのざわめきの中、白いシルクハットとタキシードスーツを着た三人は、若井がステージ上手、藤澤は下手、そして大森が客席に背を向けたままセンターでスタンバイ。

~Feeling ~

彼の合図と共に始まったこの曲。
二番のサビ前はStudio Session Liveの時の様な音を入れてくれて、メロディーにアクセントがついて素敵だった。
ラインダンスをしながら唄う。

曲調は明るいが、この曲自体は明るいものでもないような気もする。聴き手のその時々の心の持ち様にもよって捉え方が変わる、そんな一曲なのだろうと私は感じる。
「私はきっと愛されてる」
その言葉を胸に、頷いた彼はとても穏やかな表情をしていた。

手には白いステッキ、頭には白いハット。
全身を白で包んでいるが、オレンジの明るい髪がちらっと覗く。

舞台を広く使い、客席に語り掛ける彼（藤澤）。　　

「劇場！
　私たちはあなた方をこの1枚の屋根の下に閉じ込
　めました。
　骨組みだらけの味気ない箱も、
　私たちの手にかかればこんなに賑やかに！
　そう、どれだけ狭い空間も……
　どれだけ狭い空間も無限の空間に広がる！
　虚構は無限！
　故にあなた方は閉じ込められたことで、別の世
　界へと導かれるわけです。不思議でしょう？
　あなた達は、今日も結麗に並んで私たちに目を
　向ける。
　同じ音を聞いて、同じリズムで手を叩いて、同
　じ空気を吸って。
　生きてる、って感じませんか？
　あなたがそこにいるのを、私はこの目で、この
　身体で、今、感じている。
　私がここに居るのを、あなたが感じているよう
　に。
　劇場！
　ここでしか体験し得ないことです！
　頑張っているあなたへのちょっとしたご褒美だ
　と思って、存分に楽しんでください。
　私たちが、夢のような現実を、現実のような夢
　を、今日も贈ります」

「劇場」という言葉を大事に何度も、強く伝えてくれていたような気がする。
なんて綺麗な声なのだろう。普段の彼よりも一層、深くて温かい声だ。そして彼自身もとても綺麗で。思わず泣きそうになった。
今日は楽しんでくださいね、と柔らかな笑みを浮かべお辞儀をする彼は。まるで童話の世界から遊びに来たような雰囲気を纏っていた。

~ケセラセラ ~

小さな丸い舞台に三人が立ち、始まる。童話の世界みたいに可愛らしい装飾だ。この曲では舞台の発表という場面だった為に、このようなセットになったのだろう。

「ケセラセラ 今日も唱える 限界？ 上等。 やってやろうか。」
Studio Session Liveと同じように静かな入りだった。
「ここを乗り越えたら 楽になるしかない」
最後を盛り上げるのではなく、優しく静かに落とす。
どうしてこんなにも温かいのだろうか。
心にそっと寄り添ってくれるような彼の声に目頭が熱くなる。
藤澤はアコーディオンを、若井はギターを。演奏する二人の優しい表情と真っ直ぐな瞳が忘れられない。
手拍子のところは、セットに隠れたダンサーさんたちの手がひょこっと出て音を誘ってくれる。
「生まれ変わるなら？ 『また私だね。』」
そう言えるような人になりたい。
そんな素敵な生き方をしたいと、そう強く思った。

舞台発表が終わった後、「お疲れ様です！」 と声を掛け合い、バックヤードへ帰っていくメンバーたち。
一人の女性に明るく声を掛けられるも、どこか暗い彼（大森）。
パフォーマンスが無事見事に成功したというのに、どこか上の空な印象。
先程までスポットライトを浴びていたショーの主役は、思わず暗くなった舞台上に座り込んでしまう。
しかし客席に背を向けているため、その表情はわからない。
周囲を見渡し、天空を見上げ、しばし俯くと、意を決したかのように立ち上がり、彼は口を開いた。

~Soranji ~

突き抜けるような声が耳に入ってきた瞬間、鼓動が一気に早くなるのがわかった。
心沈む度にそっと掬ってくれる、大切な大切な曲。
『ケセラセラ』からの『Soranji』はもう、とんでもない。
全身に鳥肌が立ち、まるで反射反応のように涙が溢れて止まらない。
「まあ よくぞここまで大事にして抱えて来れましたね」
話すように唄う彼。

まるで、この世の全ての美しさが其処にあるかのようだ。この声で、この熱量で、この言葉を紡げる人を私は彼以外に知らない。
彼の瞳は何をどう捉えているのだろうか。今にも消えてしまいそうなほどに繊細で儚い様に、少し怖くなってしまう。
白い光の筋がこちらを照らす。その眩さに思わず目を細めると、彼の姿が涙で滲んだ。
横断歩道の上で佇む彼の向こうには、他の二人がそっと座って演奏している姿が見える。
貴方に「生きて欲しい」とそんな風に唄われると生きるしかないよ、ね。
最後の方では膝をついて唄っていた気がする。その身の全てを懸けて。そんな彼の姿からは弱さと同時に強さも感じられた。

これは本当に私の個人的解釈にしか過ぎないのだけれど、曲中の「貴方」は「希望」でもあるのではないかなと。大切な誰かという存在としても捉えられるけれど、希望というものに置き換えると途端にこの曲の「独り」の空気感が強くなる気がする。だけど、彼は誰かの心に届けるように唄うことが多いようにも感じるから、きっとこれは私の感じ方でしかないんだろうなぁとは思う。

#8 僕の一部
『Soranji』から感情がまだ切り替えられなくて、記憶が曖昧。
このツアーで唯一、スノーノイズが入らずに場面転換が行われた。
ここで『The White Lounge』（未発表曲）が少し短めに歌われる。
「ドアを開けたら 何かが変わるのか
　誰もが怯えて過ごしてる
　白い 部屋には独り達」
オープニングの時とは違った、とても穏やかな音だった。

#9 終わりの始まり

~フロリジナル ~

そっと優しく、温かい。
初めてステージが鮮やかな色で彩られる。
歌詞は孤独感があって若干の寂しさを孕んでいるのだけれど、温もりを感じる。
この世界と自分を少し離れたところから見つめているような、そんな印象を抱いた。
全てを呑み込んで納得しているわけでも、痛みが癒えたわけでもない。そんな日もあるよね、と抱きしめられる自分に出逢えたような感じ。だからなのか、穏やかな空気が会場を包んでいた気がする。
二番Aメロの「誰かに『ここに居ていいよ』って」の部分が台詞チックだった。

フロリジナルの後奏をヴァイオリンとチェロがゆったりと美しいメロディーで紡ぎ始め、楽器が重なっていく。
人々の動きは開演前と同様に再びスローモーションとなり、彼らに続いて、若井と藤澤、さらにバンドメンバーも、一人ずつ楽器を弾き終えてゆっくりとラウンジから姿を消していく。

最後の一人となった彼（大森）。
自ら白いハットを被り、どこか懐かしむように辺りを見渡す。
そして、テーブルの上に置かれた白いスーツケースに視線を落とす。
何を思っているのだろうか、とても穏やかな表情をしている。
心荒む日も、孤独に痛む日も、喜びに舞う日もあったけれど。
「人生」とは「生きる」とは、そういうものの繰り返しだと。だからこそ愛しいのだと。彼らと共にしたこの時間で、私はそう感じられた。
彼はスーツケースを手にして、ドアから出ていこうとする。
ところが、思い直したかのように振り返った。
そしてスーツケースをテーブルの上に置き、何も持たずにラウンジを後にする。

チェロの重低音が荘厳に響く中、彼がドアを開けると、カウントダウンのように時計の秒針の音が鳴り始める。
ドアの向こうには眩しい光が待っている。
振り返ることなくドアを潜る彼の瞳には、一切の揺らぎもなかった。
そしてまた、一歩を踏み出すその背中がどこか、微笑んだような気がした。
彼が姿を消し、ドアが閉まる。
白いラウンジからは全ての光と音が消え、会場を静寂が包み込んだ。

~Fin ~

~MC ~
このツアーでは大阪は12月末にもあった為、「明けましておめでとうございます〜」
「今年もよろしくお願いします〜」
という挨拶から始まる。
三人の言葉に対して客席から拍手しか返ってこなくて「別に声出していいんだからね⁈」と笑ってこちらに投げてくれる。
その言葉を合図に、メンバーの名前を呼ぶ声などが客席から届けられる。
「かっこいい〜！」という言葉に対して、「もっと言って、もっと言って！」と煽るひろぱと「甘やかさないで」と笑う元貴さんの空気感が素敵だった。
そして年末の話に。
「紅白にレコ大……と、もう社会現象だよね！」と自信満々に言う元貴さんに「自分で言うな！」とツッコむひろぱと、柔らかい笑みを浮かべながら手を横に振る涼ちゃん。
ほんと皆さんのお陰です、と手を合わす彼らは本当に誠実で素敵な人だなと思った。
「大阪に来ると喋り過ぎちゃう」という言葉に大きな拍手を贈る会場。
「これ何の拍手？」と顔を綻ばせる彼らだが、そう言ってくれたことが何だか嬉しかったんだよね。
2024年はもっと忙しくなるから予定空けておいてね、という言葉に胸が高鳴った。
今日はありがとうございました、と深々とお辞儀をする三人に盛大な拍手が贈られる。

遂に来てしまった別れの時間に少ししんみりしていると、急にひろぱが吹き出す。「笑うところじゃないでしょ」と言いながらも、彼に釣られ二人も笑う。何で笑っていたのかは聞き取れなくてわからなかったが、三人にしかわからないツボで笑う自然な彼らが見られて嬉しかった。
「さぁ、ということで！」のくだりが何度もあったことも面白かった。
MCは五分強くらいしかなかった気がする。
またね〜、と手を振って会場内を見渡しながら去っていく彼らはキラキラと輝いていた。

~考察~
受け取り方は人それぞれとされている音楽劇であるが、元貴さん自身が仰るにはこれは「オムニバス」であると。即ち、数編の独立した話を並べて一つの作品に構成されたものだということだ。となると、演じている役もシャープ毎に異なることになる。実は全編を通して、繋がっているようで繋がっていなかったのだ。しかし、人というものは繋がっているものであるから、何処かしらで感情等のリンクがあると。
彼のこの話を聞いた時に、すとんと腑に落ちるというか綺麗に心に落とし込めたことを覚えている。私自身、終演後「果たしてこれらの話は繋がっているのだろうか？」と疑問に思っていたからだ。繋がりがあると考えると、何処か妙で不思議な感覚だったのだ。これらの話がパチッと綺麗にハマっていくパズルピースのように感じなかった。だけども、完全なる別物で繋がるのが困難なものだとも感じなかった。言葉で説明するのは難しいのだが、とても興味深い違和感があったのだ。ネタバレ禁止のツアーであった為、誰とも意見を交換できずに自分の中で考えを巡らせることしかできなかった。だから「オムニバス」という言葉を聞いた時に、とても納得した。あぁ、だからか。と。何気ない日常を過ごす人も、大切な誰かが居る人も、舞台上で幾千もの光を浴びる人も。皆どこかで孤独に悩んだり、矛盾を憎んだりしているのだと。だけどそれと同時に、愛に触れ、自分を知り、踠きながら懸命に生きている。人は誰しもそうして生きているのだと。そんな風に私は感じた。

何故「白」を基調としたのか。元貴さん曰く、その真意は「色づけるのは貴方でいいですよ」とのこと。同じものを見ても感じ方は人それぞれで。各々が受け取ったもので自分の心を彩って持ち帰る。それは自分だけの色。この音楽劇の最後の辺りで「何故白なのか」ということが回収されるとも仰っていたから、映画館で改めて観るのが楽しみで仕方がない。

このツアーの書き下ろし曲である『The White Lounge』の歌詞について少し気になったことがある。
何となくではあるが、所々にシャープ毎のキーワードが隠れているような気がするのだ。
例えば、「びしょ濡れで光を放って」は#2に、「青さのカケラを拾って 華やかにステージを飾って」は#6～7に、「全てが噓で本当」は#7に、「終わりを始めた」は#9に。重なりがあるように思う。だけどこうして部分的な重なりというよりも、全編を通しての共通項を唄っているような感覚のほうが強い。オムニバスではあるが繋がりがないわけではない。この曲は“そこ”を唄っているような気がする。だから、『The White Lounge』というツアー名が付けられたこの曲は非常に大切なキーであるものなのだと感じる。

~感想 ~
元貴さんの歌唱力には勿論、表現力にも圧倒された。繊細な感情を見事に身体と声に馴染ませられる。その時々の感情がその瞬間の声に乗る印象を抱いた。だからこそ、これほどまでに胸を打つ素敵なものが生まれるのだろうなぁと感じる。
終始何かしら動き、踊っていた彼。とんでもない体幹と声のブレのなさには驚きしかなかった。どうしてそんなに踊っているのに、その声量と安定感があるのか。相当の練習と努力をされているのだろうなぁと強く思うと同時に、私の永遠の尊敬の人だと改めて感じた。
涼ちゃんとひろぱの演奏は生で聴くと、より温かくて優しい。ひろぱのギターソロも最高に格好良かったし、涼ちゃんの人柄がそのまま滲んだ優しい音も素敵だった。二人の演技もとても自然で。新しいことに挑戦し続けるミセスは格好良いなと思った。
普通のコンサートとはコンセプトが異なる為、「ここでしか聴けない音」だったように感じる。
皆んなで盛り上がる楽しいコンサートも素敵だけれど、こうして「聴かせる音楽」を全身で感じるコンサートも魅力的だと思った。
ノアの時と同じように、大まかな流れを決めてから曲を当てはめていったのかな？
今日まで生きてきて良かった、と心の底から思える。貴方はこの日の為に生まれてきたんですよ、と言われても何の疑いもなく納得できる。それほどまでに美しくて尊い時間だった。
素敵な宝物を本当にありがとう。
また逢える日を夢見て、精一杯生きようと思います。

ここまで読んでくださった貴方へ🍀🕊✨
これほどの長文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます🌸
感想やご自身の考察など気軽にコメントしていただけると嬉しいです🤍
ミセスとの出逢いは、沢山の素敵な出逢いも一緒に運んで来てくれました。
かけがえのない存在によって知る「大切」は途方もなく深いものですね✨