金のヤカンのおばあちゃん

時刻は22時20分。

バスが行ってしまった。

最寄り駅から家までの距離は大体700メートル。
定期範囲外なので交通費は出ないけど、さすがにこんな夜更けに歩くのも嫌でついついバスに乗ってしまう。

口だけダイエッターの私は、今日に限ってダイエット食材を大量に買ったせいで荷物もやたらと重くなり歩く気になんか到底なれない。

次のバスまで20分か。

仕方ないので待つことにした。

5分くらい待った頃、小さなビニール袋にペヤングを入れたおばあちゃんがバス停にやってきた。

勘違いか、すごい見られている気がする。
目を合わせないように少しうつむいていると、
ゆっくりゆっくり近づいてくるのがわかった。

視界に鮮やかな緑の服が入り込む。
限界。
私の負けだ。

私「どうかされましたか?」  

顔を上げると、小さな本の柄がいっぱい書いてある鮮やかなお召し物を着た140センチくらいのおばあちゃんが目を細くさせニッコリ微笑んでいた。

おばあちゃんは私の方へ一歩近づき、唐突に

おばあちゃん「あら、太ってらっしゃるの?」

と言った。

え?
今なんて?
どうしよう。なんて応えよう。
私の口からとっさに出た言葉は、

私「ええ。太っているんです」

しまった
認めてしまった。

おばあちゃんは少し困惑した顔をしていた。
なぜだ。
私のほうが困惑しているのに。
おばあちゃんは首を傾げながらもう一言添えて

おばあちゃん「赤ちゃんじゃなくて?」

といった。

タクシーが何台か目の前を通り過ぎた。
おばあちゃんはまっすぐ私の目を見ている。

そうかおばあちゃんは私を妊婦さんだと思ったんだけど言いにくかったのか。
最近は昔と違って女性同士でもセンシティブな話題は踏み込みにくい。
あの唐突な切り出しは、おばあちゃんの気遣いだと悟るとおばあちゃんがとても可愛らしく見えた。

私「はい、この中にはカレーがたんまり入っているんです。」

私の無駄なサービス精神が出た。
気に入るとちょっと笑わせたくなってしまうのだ。

おばあちゃんはニッコリと笑って、
緑の服の上からお自分の腹をさすりながら

おばあちゃん「あら!私もなのよ!」

と答えてくれた。

それから2人で、バスが来る15分をおしゃべりしながら過ごした。

バスに乗る直前、おばあちゃんは私のお気に入りなのよと、バッグにつけたキーホルダーを見せてくれた。

おばあちゃん「私おばあちゃんだからね、ほら金のヤカンつけてるの。」

本皮の可愛いバッグには、金ピカに光った金のヤカンがついている。
お水を溜めるところがまん丸に膨らんでて鈴になっていた。

私「わぁ!可愛いですね!ヤカンだ!!」

おばあちゃん「そうでしょ?あ、バスが来た。」

あっという間の15分。
ヤカンをつけたおばあちゃんは優先席に座り、
隣へおいでと言われたけど、私のお腹は赤ちゃんではなくカレーが入ってるだけなので優先席には座らなかった。

最寄りのバス停についた。

私は先に降りる。
金色のヤカンのおばあちゃんは、運転手さんのハンドルさばきを食い入るように見ていたので、

私「道中お気をつけくださいね、ありがとうございました」

と会釈をした。

おばあちゃんもニッコリと手を振って、
私はバスをおりた。

バス停からは大体10分。

相変わらず荷物は重いが、まぁ良しとしよう。9月の生暖かい夜風に吹かれながら、今日のおばあちゃんとのちょっと不思議でほっこりした時間を、私は今こうして書いている。

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