社会人生活は仮想現実の世界だった
度々ふと、思う。
「自分はこんなところで、真面目に何をやってるんだろう?」
って。
朝、目をあけると、自分の部屋が見える。で、あ、今ここにいるんだ、へーって思う。
それで、次に思う。自分は学生だから、学校に行かないといけない、あるいは、仕事があるから、会社に行かないといけない。
あ、自分ていま、そんな役割があるんだ、って思う。
なんとなく、他人事。
でも実際、現実では、その役割を全うしないといけない。なんか、変な感じって思う。
別に意味もなく、ただ生きるために、生きるための活動をして「生活」してる。
なんか、社会っていうのがあって、その中で生きるためにはお金が必要で、そのためには仕事をしなくちゃいけない。だけど、それが嫌だからって、死んでもいけない。
ただ、食べて寝て、死ぬまで動ければいいんだけど、なんか、それがそう簡単でもないらしい。
どうやら、人間は、退屈にも耐えられないらしい。だから、退屈をしのぎながら、最低限のお金を稼いで、「生きる」をしないといけない。
これが、結構やっかい。
なぜなら、人間、環境に慣れるから。
ある程度のお金を稼いで、ある程度の生活をする。これができると死にはしない。だけど、ここでやってくるのが退屈。
人間、同じ環境で同じこと永遠に繰り返すことはできない。だから、退屈をしのぐために、何らかの刺激が必要。
最低限食べていけるだけのお金があっても、きっと現代では生きてはいけない。
人間、命の危機にあったら、きっと、退屈を感じることなんてないんだと思う。毎日がスリルに溢れてて、ちょっとしたことで感情が動く。
でも、この時代、そんなことはそうそうない。食べ物は充実してるし、寝る場所もある、敵に襲われる心配もほとんどない。
だから、自分でなにか感情が動くスリルとか刺激を求める必要がある。現実を生きても面白いことが起きないから、退屈をしのぐための仮想現実で、スリルを味わう。
自分の収入を上げるっていうのもその一つだと思う。必要以上のお金が欲しいわけじゃなくて、収入が上がったことの喜びが欲しかったり、暇を潰すための手段としてのお金がほしかったり。
だって、本来なら、食料が手に入るだけのお金があれば充分なんだから。
で、その退屈をしのぐための手段として、学校いったり、会社いったりしてるわけだけど、果たして、これになんの意味があるんだろう?ってふと思っちゃうんよね。
なんで、自分はこんなところで目を覚まして、生きてるんだろう?って。
気分的には、ドラクエの宿で目を覚ました時の感じ。セーブポイントによっては、場所も違うし、起きてこれからやることも違う。レベ上げをしにいくのか、ボス戦にいくのか、次の街を目指すのか。
人生のタームによって住む場所とか仕事とかが変わるのが、それと似たイメージ。
だからなんか、別に意味のない「生きるための活動」をするのを必死に頑張ってるのを思うと、何やってるんだろう?って、ちょっと笑える。
積極的に死にたいとかは思わないけど、別に生きてなくてもいいよね、とは思っちゃう。どうせ退屈しのぎのゲームみたいな世界だし。
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気づいたら、2日連続で現実逃避な記事だった笑