『 ” モ テ ” な る も の 』
「これが企画書?」
疑わしげな目で見てくる上司に、はいそうです、と彼は自信満々に即答した。上司はため息の代わりにネクタイをいじりながら、のろのろとそのタイトルに目を通す。
「インターネットネイティブ時代の令和において細分化されていく集団! 最新版・モテの真実に迫る!(仮) …………うちは週刊誌じゃないんだけどなぁ」
「中のインタビューを見てみてくださいって! アホみたいなタイトルで冷笑的な態度を決め込んだヤツらが批判材料探しにとうっかり見たが最後、ナァルホドと納得してしまうような面白いインタビュー型エッセイになってますから!」
「って言ってもさぁ。インタビューが創作ってのはどうなの?」
「ウケるように書きましたし、ネットからアレコレパクってきてるからバレないっすよ! インタビューも匿名って扱いですし大丈夫っすよ」
いい歳して語尾から学生時代が抜けきらない彼だが、上司はもうそこを咎める気力すらなかった。一円にもならないし、親交を深めてみたところで昇進にも昇給にも繋がるわけでもないからだ。社内で適度に接していれば、それでいい。
故に、ただ黙々と読みすすめることにした。
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どうも! 編集部の田崎です! 新興メディアの我々が、ウェブだからこそ伝えられる情報……
ウチのメイン読者層は二十代半ば~三十代後半なワケでありまして、今あらためて皆様に面白がってもらえるものは何か?
知恵熱を出しながら(ウソです笑)考え抜いた企画第一弾!
ズバリ、『モテ』です。
人間関係の機微、社会的ステータス、時流……
世間の清濁を併せ飲ませられながらなお、その結果は明瞭たる形で現れる!
現代を生きるオトコの存在意義は、モテに収束する。
「ぶっちゃけモテたい」
そんな心の声にヒッソリと、しかしバッチリと応えて参りたいと思います。
今回お話をお聞きしたのは、業界では知らぬ人のいないアノ方。
あなたも既にTwitterでフォローしているかもしれません。。。
某人気ブロガーで、今や企業のコンサルも複数務める自由人、Yさんです!
ビジネスにおいても、成功や成約は他社・他者からモテることと言い換えることができましょう。
そう。モテの真髄を掴むことは、人生の真髄を掴むこと……
僭越ながらわたくし田崎、このインタビューを経てその悟りを得ました。
前置きもこのくらいにして、早速参りましょう!
個人的な信条にまでズバリと切り込ませていただきました。
――今回は『モテの真髄とは?』についてお聞きさせていただきます、編集部の田崎です。よろしくお願いします! Yさんの記事といえば、恋愛系のノウハウを思い浮かべる読者さんも多いかと思います。
Y:はい、お願いします。そうなんです、ぼくが最初にバズった記事が「高卒でも合コンで上場企業エリートに勝つ方法(編集部注:ぼかしてます)」だったので、なんだか懐かしい気分ですよ。
で、早速モテの真髄ってことなんですけど……
やっぱり「さらけだす」が最強だと思いますね。
今って、何かと隠してること多くないですか? ぼくの知り合いでもホントは今年収四百万くらいなのに、それじゃマッチングしないからって七百万にしてマッチングアプリ登録してる人がいるんですよね。で、デートで身の丈以上のお金を払って、しかもヤれないとか。
その上、帰ったら女がバカだのなんだのってグチをSNSなんかに書いてるワケです。
これってそもそも自分が撒いた種のせいで全ての歯車が狂っちゃってるわけじゃないですか。
――確かに、年収を素直に書いておけば身の丈にあった余裕ある出費で抑えられたかもしれないですよね。
Y:余裕って、お金に関してだけじゃないんですよ。ウソをつき続けることは不自然なことですから、それだけ脳のリソースを食うわけです。で、結局ウソにウソを重ね続けてがんじがらめ、こんなのは女性も「なんか変だな」ってスグに思うわけですよ。
対してぼくなんかそういう肩書、なにもないですから(笑)
守るものがなくって、失うものもないからガンガン攻められるわけですよ。ウソツキ男が一発ストレートをノロノロ狙ってる間に、こっちは何発もジャブかましちゃってる、みたいな。
じゃあ一流企業のエリートですよって「さらけだしてる」人が強いかって言えば……ぼくや周囲の体験からすれば、実はそんなことはない。
この場合って実はさらけだしてるようでいて、ただ認めてもらいたいだけなんですよねぇ。
褒めて褒めて! ってまるでワンちゃんですよ(苦笑)
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開始早々読むのが億劫になり、上司はパラパラと紙を捲る。
まず彼の名は田崎などではない。自分の名前すら偽名だ。
他のインタビュイーは「某アジアで美女を侍らせながら悠々自適に暮らす投資家Uさん」だの、「芸能関連の事務所で働く敏腕マネージャーRさん」だのと、香ばしいほど架空の創作人選だった。鼻クソをほじりながらYouTubeライブの待ち時間に読むくらいでちょうどいい内容だろう。多分。
〇〇関係のxxさんなんて、架空が基本だ。
恋愛系になれば読者層はより限られるし、袋叩きの場に出されること自体が少なくなる。
「まぁ、いいんじゃない」
ボツだよ。と言ったはずだったが、真逆の言葉が口をついて出た。
すると眼前の彼の顔に異様な輝きが生まれ、上司の脳に全く響かない異言語で何かを自慢気にまくし立てている。
どうでもよかった。
こいつが作った創作インタビューをノンフィクションってことにして、フィクションなドラマを作ったら面白いかもしれない。
もうフィクションもノンフィクションも大して違わないんだから。
モテなんぞ、その極地だろう。
そんな企画を練る気すら微塵もないが、上司は微妙に釣り上げた口角の端でそう思った。