86_JA60 危機一髪!
帰り道は暗い。結構な田舎に住んでいるので国道であっても街灯の明かりは心もとない。
帰宅時は交通量も少ないので、後続車が追い越そうとしない限りは先行車との距離を取り、走行車線の真ん中を走るようにしている。暗い中、あえて対向車に存在を知らせるためにセンターライン寄りを走ることもある。
クロスカブのヘッドライトは暗いというので、ハンディライトを購入、コーナリングランプのようにタイヤ近辺を照らすように取り付けてある。時々パッシングされてしまうくらいだから、対向車から見ればそこそこ眩しいのかもしれない。
これくらいアピールしておけば、対向車には自分の存在は認知されているだろう。
と思っていた。
帰路の中間点くらいの街中の交差点。信号は青。
先行する普通乗用車に続いて交差点を通過しようとした時だった。
対向車の右折待ちの先頭に停まっていた軽自動車がこっちに向かって突っ込んでくる。
『こっちが見えてないのか?』
考える余裕もなくハンドルを少し左に切ってブレーキをかける。(前後輪両方のブレーキをかけたのか記憶はない)
突っ込んでくる軽自動車の右フロント部分が自分の右足に向かって迫ってくる。
『右足がつぶされる?右足で軽自動車を蹴った方が良いのか?』
『車を傷つけられないし、蹴った拍子に反対側に倒れるかもしれない』
目に見える映像はスローモーションのように流れていく。
映像が止まり、クロスカブは車道の左側、交差点の角の手前で止まった!
白い軽自動車はクロスカブの後輪に向かって止まっている。
『当たった?当たらなかった?』
パニックにならないようにと自分に言い聞かせるようにその場で目をつぶって呼吸を整える。
心臓の鼓動が速い。
軽自動車から運転手が降りてくる。
「すいません、大丈夫ですか?」どうやら若い女性のようだ。
『大丈夫?俺は大丈夫なのか?』幽体離脱のように身体から離れていた意識が徐々に戻ってくる。
うまく声が出なかったので無言でうなずいてみせたが、彼女に伝わったかどうかは疑問だ。
クロスカブを降り、ゆっくり押して目の前の歩道に移動させる。
その交差点の角にはコンビニがあり、大きな駐車場が広がっている。
軽自動車の彼女は交差点に停めてあった自分の軽自動車に乗り込み、車を発進させた。
軽自動車のテールランプが視界の片隅に見えたが、その時は何も考えられなかった。
『接触がなければ交通事故ではないのか?警察は呼ばなくてもいいか?』
クロスカブを動かしながら訳のわからないことを考えていた。
『やばい、まだ冷静じゃないぞ』
「大丈夫ですか?急ブレーキの音が聞こえたので心配で来てみました」
コンビニから一人の若い男性が心配をして見に来てくれた。
『ブレーキの音?そんなに大きな音がしたのか?』
それに続くように軽自動車の若い女性が駆けつけてきた。
どうやら自分の軽自動車をコンビニの駐車場に入れ、戻って来てくれたようだ。
ヘルメットを脱ぐと少しずつ通常の感覚が戻ってきた。
駆けつけてくれた若い男性に礼を言いうと「自分も最近バイク運転中にぶつけられたので・・・」と自分のことのように心配をしてくれる。ありがたいことだ。
軽自動車の彼女はといえば何度も何度も深く頭を下げ「すいません、すいません」と謝ってばかりだ。
『そんなに謝らなくても大丈夫そうだよ』少し落ち着いてきた。
「バイクと車、接触しましたか?」と彼女に聞いてみたが「たぶん当たってないと思います」と言う。正直なところ当たった記憶はないが当たらなかったという確証もない。とりあえず彼女自身の身体も車も無事らしい。ということは後心配なのは自分の身体とクロスカブか。
むちうちの症状は、2~3日後に出ることもあり、72時間以内に発症する可能性が高いらしい。なんとなく首や肩のあたりが張っている気がするような、しないような。
「バイクは大丈夫ですか?」と聞かれたものの、接触していなければ問題ないが、ちょっと見ただけではバイクや車に傷がついたかどうかはわからない暗さなので「明日、お互いに明るいところでもう一度確認しましょう」と彼女には伝えた。
一応連絡先を交換して、何かあったら連絡するということでその場は終了。
コンビニの駐車場でしばらく休んでから、止めてあったクロスカブのエンジンを再始動させる。いつものようにエンジンは回っているようだ。
「ブレーキをかけなくても、ハンドル操作だけで避けられたんじゃないか」と思ったのは再び家に向かって走り出してからだった。
2日後。首の痛みもないし、明るいところで確認したが、クロスカブには車と当たったと思われるような形跡はない。「お互いに気をつけましょうね」と連絡を取り合って今回の危機一髪案件に区切りをつけることにした。