もしも僕が死んだなら
死にたくなる時
死にたくなったらどうするか、死ぬか死ぬのを諦めるか自傷行為で補うか。まぁ様々あると思います。
ふとした時にパッとやって来る「死」への魅惑。
恒常的に訪れる希死念慮とは違うもっと衝動的な何か。
今日僕は電車に飛び込みかけました。
最近人身事故が多いな、なんて思った矢先自分が被害者(加害者)になろうとしてしまいました。
なんでやりかけたのかはわかりません。
思っていたのと逆方向から列車が来たから飛び込むタイミングを見計らえなかったのが幸いしましたがもし、なんて考えるとまぁなんとなく「あ、死ねちゃうんだな」と思います。
空虚感と現実喪失感
僕が昔から苛まれているのはこの空虚感と現実喪失感です。現実喪失感、周りに見えているものが映画の背景か何かのように思えてしまう。自分がそこに生きているという感覚があやふやになる。
もし僕の人生が誰かの見ているテレビドラマだったとしたら、リモコンでスイッチを切られた瞬間にプツッと暗闇に取り残されてしまうかもしれない。本気でそう思ってしまいます。
だから別にどう生きようがどう死のうがどうでもいい。
今僕がここにいるのは夢の中かもしれない。
夢なら何をしたっていいじゃないか。
起きているのか起きていないのか。
このあやふやな感覚は僕をとても恐ろしい気持ちにさせます。
周りのもの全て映画かドラマの1シーンでしかないと思うとゾッとします。
だから自傷行為をして、痛みを与えて、あぁ僕は今ここにいるんだ、と確かめているのです。
僕が死んだあとの世界
僕が死んだあとの世界ってどうなるんでしょう。
多分パートナーは泣きます。
あと親族も泣いてくれるかな。
泣いてくれる友達も1人はいるかな。
それだけの人が泣くなら僕が亡くなるのはちょっと可哀想かもしれないな。
でも僕が死んだあとなんてわからない。
誰がどうなるのかも、世界がどうなるのかも、神様がどうするのかも。
なんにもわかりません。
どの宗教でも自殺はいけませんと騙るけれどそもそも自殺でもしないといけないような世界がおかしいんじゃないかなって、僕は思うんです。
別に遺書を書いてるつもりじゃないんですけどね。
人身事故が多い昨今、自殺について、自殺するまでに追い詰められる世界について、そんな世界で生きたいのかどうか、考えてみてください。
僕には未だ答えがよくわかりません。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?