自作小説、世にも奇妙な物語【ブロック】

万年平社員の平田、彼は齢54にしてまだ昇進もなく平社員のままでありこのまま定年退職を迎えるだろうと社内で噂されていた。
そんな彼だが、彼には2つ年下の妻と娘、その夫、さらには今年11になる小学5年生の女の孫がおり平凡ながらも幸せな日常を送っていた。
ある日、平田は会社から帰宅すると積もりに積もった疲れからか台所の机に突っ伏して寝てしまう。
平田が目を覚ましたのは夜の23時であった。
ふと仄明かりの中周囲を見渡す平田。
奇妙なことに気がつく。
物音がしない、人の気配がないのだ。
愛する妻は?娘は?夫は?孫は?平田はあわてて携帯を開く。
「LINE」を開き真っ先に妻と娘にメッセージを送る。
画面には「今どこにいるんだ?」との平田のメッセージが表示されている。平田は警察に連絡を取ろうとしたが、家族からメッセージが返ってくるまでしばらく待つことにした。
どれほど経っただろうか。
一向にメッセージは返ってこない。
更に待つ。しかし結果は同じだ。誰からも返ってこない。
「もしかして夜逃げされたか?」いやな考えが平田の脳裏を過る。
そのままいられなくなった平田は何を思い立ったか、パソコンでブロックされているかどうかを確認する方法を調べたのだった。
パソコンで一通りそれを調べ終わるとふっとため息をついて「LINE」のプレゼント送信機能で被ブロックを確認しようとする平田。
平田はまず、ブロックされててもおかしくはない険悪な中だった娘の夫、俊明にスタンプを送ろうとする。
「俊明はこのスタンプを持っているためプレゼントできません」と黒い文字で表示される。
ビンゴだ。やはりブロックされていたか。
平田は複雑な思いだった。
しかし、それはどうでもよく問題は妻と娘であった。
妻と娘にブロックをされていたらそれは家庭に何かがあったと考えても良い。
その場合は警察に躊躇なく連絡をするつもりだ。
平田は恐る恐る妻のアイコンを選択し、スタンプを送ろうとする。
頼む、ブロックされてないでおくれ。
平田は祈るようにスタンプの送信ボタンを押す。
その直後平田は絶望に陥る。
「夕美はこのスタンプを持っているためプレゼントできません」。
もうどうでもよくなった平田は娘にもスタンプを送ろうとするが、結果は同じであった。
孫は携帯をもっていないので、これで家族全員にブロックされたことになる。
平田は少し自棄糞になって更に検証を進めることにした。
平田は連絡先という連絡先すべてで被ブロック確認をした。
奇妙なことに全員にブロックをされていた。
20年来の親友にも、高校時代の恩師にも、会社の部下、上司にも、不思議なことに誰もかも平田のことをブロックしていたのだ。
これは何かがおかしい。
平田は堰を切ったようになにかに怒りが沸いてきた。
人間不信に陥った。
さらには他人に信用されていない自分の無力さにも憤りを覚えた。
どうしようもないが、これは自分が招いてしまった結果なのだと思うことにした。
幸せに見えた家庭も、会社での信頼関係も、過去の楽しかった思い出も、全てが砂上の楼閣なのだと悟った。
平田は電話機に近寄り、迷わず「110」に電話をかけた。

…おかしい。
…何コールが経っただろうか。
…警察は全く電話にでる素振りがない。
…いや、おかしいのは自分なのか?
…自分が寝ている間に世界は変わってしまったのか?
平田の脳を駆け巡る様々な可能性。しかし、そのどれもが全く現実味を帯びていないものだった。

おかしい。何かがおかしい。

平田は自分でも何がしたいのかがわからないが、気づいたときには玄関を飛び出し、外部に助けを求めようとしていた。
「誰か、誰かいませんかー?」静寂な安蛍光灯の暗い、湿ったマンションの廊下にしわがれた声がこだまする。
「誰か、誰かいたら返事をしてください…」平田は自分でも何故このような行動をしているかわからなかった。
しかし、こうでもしなければ自分を保っていられなかったのだ。
台所で眠りに落ちてから何かがおかしい。
パラレルワールドにでも送られたのか、自分は死んでしまったのではないか。そんなあり得ない状況が目の前に現実味を帯びてくる。
平田は狂人のようにマンション中を駆け巡った。情けない声を出しながら。しかし、依然として返事はない。まるで自分以外が忽然とこの世から消えてしまったようだ。
「誰か…い…ま…せ…ん……」。散々走り回ったらしく、平田はそのストレスと疲れからか道端に倒れこんだ。平田の視界が暗転する。

「…平田…ん…平田さん…!」
誰かが呼んでいる。
「平田さん!!」
その一声で平田は完全に目を開いた。
平田はうつぶせから顔をあげる。
会社の若い女性社員、山岸がこちらを不思議そうに覗いている。
平田は一瞬、状況を理解できなかったが山岸の顔を見るとどうやら自分が会社で居眠りをしてしまっただけなのだと判った。
「山岸さん…」平田は重い目蓋をこすりながら山岸に向き合う。
山岸は「平田さん、もう終業時間とっくのとうにすぎてますよ、ささ帰りましょう!」と急かすと自分の席から上着を取り、「では、お疲れ様でした!」と平田を一瞥してからエレベータの方へ向かう。
「夢だったのか…」平田はこの状況を呑み込むと同時に果てしない安堵を覚えた。
良かった、本当に良かった。
いやな夢だった、さあ帰ろう。
平田は携帯を開くと「今から帰る。夕食楽しみだ」と妻にメッセージを送り、トイレに向かった。
トイレから出てくると平田はすぐに携帯を確認する。
嫌な予感がする。
まだ既読がついていないのだ。
平田は夢で見た方法と同じように妻にスタンプを送ろうとする。
良かった、ブロックはされてないみたいだ。
夢をちと引きずりすぎたかな。
平田は少し安心した面持ちで帰路についた。

電車に乗り、もよりの駅につく。
改札をでてよく見る並木通りを歩いてマンションを目指す。
いつもと変わらない日常、日常。

少なくとも平田にはそのはずだった。

自宅のマンションまであと100mといったところか。
平田はある違和感に気がつく。
やけに騒がしい。
パトカーや救急車の音までする。何かがあったのか?

道の角を曲がりマンションが見えるところまで来ると事態は見えてきた。
複数の緊急車両とその関係者、溢れんばかりの大量の野次馬。
マンションの周囲は騒然としていた。
平田はまさかとは思うがマンションの沿道にたっていた警察官に話を聞く。「何かあったのですか?」。
警官は無言で頷き口を開く。
「このマンションの304号室で殺人事件がありまして、そのときご主人は外出していたらしいんですが、その方の妻とその娘さんは刃物で無惨に殺害されていました。娘さんの夫とその子供と思われる10歳位の女の子は行方不明で、警察が現場を捜査しています。」

平田は手に持っていたバッグを落とした。

現場は文字通り
黄色い規制線で『ブロック』されていた。

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