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R.I.P.


 ある日突然小さな本屋に放たれて、好きな絵本を一冊だけ買っていいよと言われた。

 当時自分の「好き」の在処がわからなかったわたしは、その年の保育園の発表会でみんなで演じた「ノンタンのたんじょうび」を手に取って、それ以上を選べなかった。
 心の底から大好きの笑顔を返せる本ではなかったけれど、それがたった一冊だけ持っていた絵本だった。


 大人になってからの絵本との再会って、もっと懐かしさ湧き立つあたたかいものかと思ってたけど、いつだったかたまたま行った歯医者で訪れたそれは、どっちかって言うと子供時代の墓場だった。


 「ノンタンのたんじょうび」は主人公誕生日モノによくある内容で、白猫のノンタンがいつものようにおともだちを遊びに誘いに行くと、何故かことごとく断られる。そのうちノンタンが拗ねて泣く。悪態の吐き方が「くまさんのへちゃむくれ」「ぶたさんのとうへんぼく」みたいな割りと高レベルの語彙を使ってて、大人になってから読み返したら結構面白かった。

 いじけたノンタンにみんながサプライズにやって来る。驚くノンタンの前に、ケーキと賑やかなクッキーが並ぶ。みんなありがとうとノンタンが喜んで、めでたしめでたし。

 保育園の発表会で、わたしはノンタンの顔の形をしたクッキーの役だった。白猫の衣装を着て大きな声でハキハキしゃべる男の子を、お面をつけただけのクッキーの群れの中から見ていた。

 居間の片隅で「ノンタンのたんじょうび」をひらくとき、その発表会の記憶はもれなく付いてきて、物心ついてから今日まで兼用のたんじょうびしか知らない現実も付いてきて、それでもこれは唯一わたしだけの絵本で、この本を読んでいるときは、自分はノンタンだった。痛くても胸の前から離せないお守りみたいな本だった。


 ノンタンの耳の、このピンクの部分が好きだったなとか呑気に読み進めてたら広がっていたのがそんな墓地で、歯医者の待合であちゃぁと天井を仰いでから、そっと本棚に戻した。


 一昨年に娘が産まれて図書館で絵本を借りるようになったけど、ノンタンはまだ借りたことがない。

 あの本のなかに眠っているのは、あたたかい記憶ではない。けど、その自分と一緒に今日まで生きてきたことも、きっと。

 ただ、まだ手にはとれない。
 だから今はまだ、あの日の歯医者の待合で眠らせておく。



#フリーロードエッセイ  
2021/Feb №2
お題「子どもの頃に好きだった絵本」

🔎 #フリーロードエッセイ とは?

作家・野田莉南さん(@nodarinan)主催の企画エッセイ。毎週土曜日21:00にTwitter上で発表されるお題をもとに、指定の文字数内でさまざまな作家さんが執筆します。

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