1分間連想ショートドラマ/春、初恋、背伸び、興奮、トイレ
花見の喧騒に踵を返して、ひとり桜の幹に寄り掛かった。
上から、わたしにしか聴こえない男の声がした。
「今年も来たのか。飽きねえな」
桜の枝に身を預けるその男は、吐き捨てるようにそう言った。
伸ばしかけた手をポケットの中で握りしめて、代わりに少しだけ背伸びをして、屹然と顎を上げてみせた。
「相変わらず春が嫌いなんだね。桜の精のくせに」
「嫌いだよ。毎年ゴミみてえに湧く、酒飲んで興奮してる臭ぇ馬鹿共も嫌いだ。春って季節ごと、そこの公衆便所にでも流しちまえばいい」
わたしはずっと、春が待ち遠しかったよ。
ポケットの中でその想いを握り潰した。願わくばこの痛みが、叶わぬ初恋なんかじゃないように。