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自己紹介|生い立ちから病気のこと

初めまして、リンコです。

小さな田舎まちで生まれ育ち、高校卒業後は地方公務員としてまちづくりに関する様々な取り組みを行った後、ご縁あって、現在は料理を学びながら夫婦で飲食事業を展開しています。お腹には小さな命を授かり、春に向けて一児の母になる準備をしているところです。

そして、私には様々な精神疾患の症状に苦しんできた過去があります。
それでも今は、優しく心強い旦那さんと出逢い、ありのままの存在価値を受け入れることができ、何より毎日がとても幸せです。

これからnoteを綴るにあたり、少しだけ自己紹介をしたいと思います。

生い立ち

人口約40,000人の小さなまちで生まれ、水が綺麗な川や山、海といった大自然に囲まれた環境で、4人姉妹の末っ子として生まれ育ちました。
小さい頃は、近所に同じ歳の子が少なかったこともあり、飼っていた猫やぬいぐるみと友達になり1人遊びすることが多い子でした。お姉ちゃんの真似っこも好きでしたが、お姉ちゃんを見て学び、あえて違う方を選ぶことも多かったです。

小学生になり、近所の友達が数人できましたが、女の子と家で人形遊びするよりも、男友達と外で走り回る方が好きな子でした。屋根の上で鬼ごっこするようなちょっとヤンチャガールだったと思います。

勉強は人と比べてもよくできた方で、お姉ちゃんが塾に通ったり、家庭教師に来てもらって一緒に勉強する姿を見て、すごく羨ましかったのを覚えています。
そんなこともあってか、小学生の頃から学級委員長や計画委員長に推薦され、先生に期待されることも多く、当時は運動もよくできたので、男の子からも羨ましがられる存在だったと思います。

中学生になってからも成績はトップクラスでした。
学級委員長やクラブ活動の部長、生徒会長を務め、友達や先生に期待されることがすごく心地いいと思っていました。ただ、みんなの前では大きく見せている自分がいて、夜な夜なプレッシャーを抱えながら、クラスのためにと常に思考を張り巡らしていました。この頃から少しずつ真面目な子になっていきました。精神統一を始めたのも中学生の頃からです。

高校は進学校に入学しました。
これまで小さなコミュニティで生活していたのが、クラスの人数も、関わる大人も増えたことで、最初は少し萎縮していました。がそれも束の間、初日に学年の中でもよく目立つグループの子と友達になったことで、勉強は最低限しながらも、毎日友達と遊び、恋愛もたくさんして、とても充実した高校生活を過ごしていました。
高校卒業後は市役所に就職することを決めました。家は裕福ではなかったため、お姉ちゃんたちがお金のことを考えて大学進学を諦めていたことを知っていました。『大学へ行って勉強したい』という思いを心にしまって、私も就職することを選びました。友達との遊びを制限し、毎日睡眠時間を削って勉強をし、先生や家族からのプレッシャーを1人で抱えながら、試験の日まで耐え抜いたことを覚えています。
耐え抜いたといえば、ダイエットにも厳しく取り組んでいました。きっかけは、恋愛でした。体重は1年間で15kg減り、身長は165cmで、体重は40kgを切ろうとしていました。

周りからみた私は、何事もやると決めたことには継続して取り組む努力家といった印象だったと思います。しかし、私は完璧主義であることに心身を削って、いつも孤独に闘っていたのです。

私の職歴

高校3年の秋に公務員試験に合格し、翌年4月から社会人になりました。
最初に配属された課では、国の法定受託事務から、記念イベントの企画・実施、奨学金事業など多岐にわたる業務を担ってきました。
ただ課全体の業務量の多さから、同僚は1年間で3人体調不良で休職し、私も毎日残業続きでしたが、新人だし社会人だし、頑張らないと!と自分を奮い立たせてなんとか頑張っていました。が、この頃から少しずつ心が壊れていきました。
体調不良で休むようになり通院するようになってから、異動により、まちづくりに取り組む部署に配属されました。
しかし、私の心はもう前を向くことはなく、異動してから2年後には市役所を退職してしまいました。

その後は、心身の健康に悩みながらも、ご縁あって、古民家をリノベーションした複合施設のオープニングメンバーとして加わりました。
高校生の頃からお弁当を作ることが好きで、いつか料理を勉強してみたいという思いから、シェフのもとで修行させてもらうことになりました。
入社半年後には、一からレシピを考えた料理がお店のメニューとなったり、自身でプロデュースしたお弁当を販売させてもらうなど、貴重な経験をたくさんさせていただきました。

結婚を機に退職し、現在はお店を借りて月に数回食堂を経営したり、イベントに出店したりと、夫婦での活動を展開しています。
妊娠してからは活動を制限していますが、ゆくゆくは夫婦で一緒に働きながら、自然と水の綺麗な場所でのんびり暮らすことが私の夢です。

私の病気

病気のことは、今は少しだけ記しておきます。心のうちを整理するには、少し時間と覚悟が必要で、これから自分の言葉で自分のペースで執筆していきたいと思うので、その時はぜひ読んでいただけると嬉しいです。

心が少しずつ壊れてしまった私は、すべてを頑張ることができなくなってしまいました。中でも顕著にできなくなったことが体型維持です。今振り返ると、高校生の頃から摂食障害(拒食症)に悩まされていました。痩せていないといけないという偏った考えから、食事を節制することは私にとって当然のことでした。
しかし、残業続きで決まった時間に食事を摂れなくなったことで、完璧にできていない自分に少しずつストレスを感じるようになりました。
そんなある日、夜中に一口お菓子を食べてしまったのです。
何かがプツンと切れた感覚でした。
その日から約5年半にわたって、摂食障害(過食症・過食嘔吐)、躁うつ病、自殺未遂、家族崩壊、借金300万円…壮絶な人生の幕開けとなったのです。

現在は、症状も落ち着いており、寛解に向かっていると前向きに考えています。
とはいえ、食べることには常に慎重になってしまうし、いつ過食症状が出るかわからない、朝も昼も夜も嫌いになる日があるし、衝動的にお金を使うことでストレス発散することもあります。
それでも、今少しずつ病気のことを忘れて、家族と毎日幸せに暮らせているのは、お腹に赤ちゃんがやってきてくれたからだと思っています。
不思議だけど、赤ちゃんが『もう大丈夫だよ。』って私の過去をすべて許してくれたように思いました。

最後に

最後まで読んでくださってありがとうございます。
たくさんの苦しみと孤独の中で闘ってきて、この経験があってよかったと心から思うことは今はまだできないけど、それでも、私は今幸せに生きています。すごく大変だけどそういう思いをして道を切り開いていった人には必ず明るい未来が待っているからね って1人でも多くの方に伝えたいです。

実はこのnoteを綴ろうと決めたのは、新しくはじめたい挑戦があったからです。
これからのことも少し書こうと思ったのですが、つい自己紹介が長くなってしまったので、また改めてお伝えしたいと思います。
家族を幸せにするため、そして少しだけ自分のために。
自分らしく働ける生き方を選択していきたいと思っています。

思考は止めずに、マイペースに書き続けていきたいと思います。
これからどうぞよろしくお願いいたします。

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