創作①
渚の結び目
閑静な漁師町にある港の外れ、波打ち際の岩に腰掛ける一人の若い男がいた。彼は両端を山に囲まれた水平線に夕日が沈んでいく、その様子をじっと見つめていた。潮騒と浜風に紛れた足音に彼が気付いたのは、女が彼の直ぐ傍に立った時だった。「隣、いいかな」男は無言で首肯したが、視線は同じ方向に釘付けになっているようだった。女は少し躊躇した後、徐に男と同じ岩に腰掛けた。「……綺麗だね」そう言って男の横顔を見ても、男は微動だにせず海の彼方を見つめている。女は諦めたように男と同じ方向を見遣った。既に太陽は水平線に接しており、刻一刻とそれが隠れていくのが見て判る。水面には橙色の道が出来ていて、その上を鳶やら海猫やらが風を捉えて飛翔している。女は男の方を向くと、矢庭に男の反対側の頬を手で引き寄せ、その罅割れた唇に強引に接吻した。男は拒みも、はた抱き寄せもせず、ただそれを受け入れていた。
永遠のような刹那のような時が過ぎ、女は震える唇をそっと離した。「わたし、行くわ」消え入りそうな声で囁いた女が振り解く様に向き直り、立ち上がろうと足に力を籠めたその時、男の喉は確かに震動した。女は驚いたように動きを止めて男の方を見た。黒く焼けた肌、幾度となく網を引いて鍛えられた巌のような肉体、それらに似合わぬ幼い顔立ちをした一端の漁師がそこにはいた。「……行こう。」低い声で放たれた、その三文字で十分だった。男は立ち上がると、女の手を取って歩き出した。二人の後ろには、僅かの茜色を残すばかりとなった雲が悠然と浮かんでいた。
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