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企業と株主の関係から考える「DIC川村記念美術館」閉館の論点

レンブラント、ピカソ、モネ、ルノワール、シャガール、ポロック、マグリット。1日中いても飽きることのないDIC川村記念美術館のコレクションの素晴らしさは言うまでもなく、マーク・ロスコのシーグラム壁画(7点の絵画)を鑑賞するためだけに設計された通称「ロスコ・ルーム」が圧倒的すぎた。

このシーグラム壁画は、元々ニューヨークの高級レストランを飾るために制作されたのだけれど、完成したレストランが気に入らず、ロスコが一方的に契約を破棄したという、とても素敵なエピソードがある。

長い廊下を進むと、ぐっと光を抑えた変形7角形の部屋に辿り着く。"繊細な絵肌を引き立てるため壁には珪藻土を、床には黒く焼いたナラ材を用いて、光の反射を抑えている" そうだ。目が慣れるまではただの薄暗い部屋だけど、次第に絵画の輪郭や奥行がじんわり目に馴染んでくる。

ロスコが描くあいまいな線
その輪郭が広がったり縮んだり
上下左右にうねうねと動いていく
やがて空間に広がる赤褐色に身体が溶けていくようだった。

そして、何の説明なしに心の最も深い部分と直接つながる感覚
はじめましてだけど、自己紹介まだだけど
「ああ、わかってくれる人がここにいた」みたいな

ロスコの作品はいろんな境界やペルソナを超越してくる
心の深くに手を入れてくるのではなく
すべてが彼の色彩に包み込まれて一体となるような感覚
この魔法は何なのだろう
言葉なんて必要のない
絵画の偉大さを改めて思い知らされた。

そんなロスコ・ルームを擁する川村記念美術館。その存続が危ぶまれている議論について、株主(投資家)と企業の関係から掘り下げてみたい。
株主である海外ファンド(香港のオアシス・マネジメント)が企業の資本効率について見直しを求めたことから、直営で美術館を運営するDICは美術館の規模縮小や移転を検討せざるを得なくなっているという背景がある。現在、DIC川村記念美術館は、来年3月末に閉館予定となっている。

今回の閉館の議論は投資家目線で言えば、メスが入って当然だと思う。問われているのは資本効率なのだけれど、企業が母体となっている多くの美術館は財団法人など別の法人をつくり(本業のビジネスと切り離して)運営をしている。ところが、DICは本業と美術館を切り離しておらず(同じお財布でやり繰りしている)。しかも、本業の業績が悪い(利益が出ていない)。これは株主(特に外資ファンド)は黙っていないだろう。

企業は本業でしっかり稼ぎ企業価値を上げて株主(投資家)に還元するのが基本なので、112億円相当の本業の利益につながらない美術品は資本効率を下げてしまう。そこを企業は(メセナ活動や社会貢献の成果を示すだけではなく)企業経営における資本効率の観点から株主に説明責任を果たす必要がある。

DICの業績推移

なお、DICは2013年に現代アートの巨匠、バーネット・ニューマンの「アンナの光」を103億円で売却している。この時も本業のインキ事業は赤字に陥っており、この名画を売却したことで純利益の上方修正を発表している。こういった企業の行動は、名美術品を本業で稼げなかった時のための「赤字補填」と捉えていると見なされても仕方がない。莫大な資産はバランスシート的にも歪な構造を生み出してしまうし、資本効率にメスが入るのは当然だと思う。

過去に直営で美術品を所有していた企業が、説明責任を果たして美術品の売却を免れているケースもある。ドイツ銀行はその1つで、リーマンショックによる経営難の時に、同じように投資家から圧力をかけられた。しかし、ドイツ銀行は若手アーティストの育成に取り組んでいたり、美術品を金融資産と捉えることでWealth Management(富裕層向けの資産運用事業)との親和性があったり 、美術品の所有が企業のブランド価値に寄与しているとも言える。事業としてアートを扱っていることから、株主への説明責任を果たしたのではないだろうか。

グローバル企業と比べて大らかな経営をしている日本企業には、今回のDICのように、株主(投資家)から経営効率見直しの注文(不採算事業の売却や人員削減を含む)が入ったり、外資ファンドや海外企業から買収を仕掛けられることが増えていくだろう。なぜなら、日本政府が企業の政策保有株(持ち合い株)の解消に動いたことと、円安による日本企業のバーゲンセール状態なので!

海外の投資家は、当然ながらグローバルレベルの経営効率やリターンを求めてくる(それが絶対的に正しい訳ではないけれど)日本で認められていることが世界でも通用するとは限らない(日本の常識は世界の非常識でもあるから)そんな転換点に日本企業は立っている。ガバナンスの意識を変え、情報を開示して透明性を担保することは必要だと思う。どうか株主への説明責任を果たして、川村記念美術館が存続することを願っています。

 ※キャプションの写真はDIC川村記念美術館HPから

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