親友が夢の中にでてきて、おかしな事を言っているんだ
僕はいま、ピンク色の山を登っている最中だ。おそらく夢の中だけど。
道端に咲く花は、聞き覚えのある甲高い声でケラケラ笑っている。
どこかで聞いたなぁこの声…と考えていると、目の前に深い緑のテントが現れた。
テントに近寄ると、入り口に触れる間もなく、いつものように気色の悪い笑みを浮かべ、そいつはテントから出てきた。
『お前、今日も来てくれたんだな!』
親友が夢の中にでてきて、おかしな事を言っているんだ。
僕は、いつも通りにそいつを無視する。するとそいつはニヤニヤするのを止める。
今にも泣きそうな顔をしながら、ごめんな…ごめんな…と謝り続ける。
どれだけ謝られても、僕は口を聞いてやらない。
そいつは、そのあとも、どこまでも付いて来ては謝っていた。
冷や汗の気持ち悪い感覚で、目が覚めた。まただ、またこの夢だ。
夢に出てくるあいつとは同級生で、大学が一緒だ。
以前までは仲が良かったのに、2週間前から無視されている。
だから、夢の中で会う時は、こっちが無視してやるんだ。
支度を終えて、家を出る。
ばったり会った近所の人に小さくお辞儀をするが、こっちも2週間前から無視され続けている。
多分、あいつの親が金持ちだから、僕の周囲にお金を渡して、近所の人たちにまで無視するのに付き合わせているんだろうな。
2週間前に、僕は一体あいつに何をしてしまったんだろう。
特に何かした覚えはないのに、一方的に無視されている。最悪だ。
大学に着くと、あいつがいた。もう声をかけようとも思わない。
2週間前から、あいつの交友関係もだいぶ変わってしまった。
あいつの周りには常に友達がいて、しかも悪ガキみたいなのばっかりだった。
僕ぐらいしか話す相手がいなかった頃とは、大違いだ。
退屈な授業、出席だけとるための授業。
おかげで、この教授の授業のとき、教室は「仮眠室」と呼ばれる。
ここ2週間ほど、ずっと変な夢を見ているから、とても眠い。
普段は真面目に授業を受けているから、と言い訳して顔を机に伏せた。
ああ、この景色。もうなんとなくわかる。また夢の中だ。
小学校のグラウンド、真ん中でひとり佇みながら、そう思った。
運動会には持ってこいな晴天の下、校舎のある場所から誰かが走って来た。
例のごとく、あいつだった。太陽に負けないくらい明るい笑顔の。
『はあ、はあ、夢の中でも走ると疲れるもんだな…!』
屈託のない笑顔に、罪悪感で胸がチクッとした。
それでも無視してやるんだ。大学ではこいつが無視するから…。
それなのに、こいつは泣き出しそうな顔をして、そっと僕に近づいてくる。
『ねえ、ごめんね?もう話してもいい?』
親友が夢の中にでてきて、おかしな事を言っているんだ。
…今日は話したいことがあるのか。でも聞いてやらない!
こいつを無視して、僕はひとりで運動会をするんだ。
背伸びをしながらひょいっと少しだけ跳んで、赤い球を投げた。
よく見ると、これは玉入れのカゴなんかじゃなくて大砲だった。
まっすぐに上を向いた大砲が、どかん、と大きな音を立てて、さっき入れてしまった赤い球を空へぶちまけた。
降り注ぐカラフルな紙吹雪の中で、あいつは変なことを言った。
『おねがい。お兄ちゃんに、許さないって言っておいてね。』
親友が夢の中にでてきて、おかしな事を言っているんだ。
滝のような汗で、目が覚めた。
幸いにも例の「仮眠室」だから、誰も気付いていないようだ。
どうせ半数は寝ている生徒だし、誰かが小さな悲鳴を上げて起きても気付かない。
自分の悲鳴で起きたことは覚えているが、あいつ何て言ってたっけ。
お兄ちゃん…?ああそうか、お兄さん!本人とはまだ話せなくても、
兄弟とか家族なら事情を話してくれるかもしれない!
…まあ、こっちが悪いって言いふらされていたら、おしまいだけど。
本当に僕が何をしたのか、覚えていない。だから聞こうと思った。
あいつの家まで行ったけれど…うん、ここだよな、間違いない。そうだよな、一人暮らしだもんな。
ここで去年の大晦日は、2人で映画を観ながら鍋つついてさ、夜が明けたら、眠たいのに頑張って近くの神社へ行ったんだよな。
もしかして、いまはお兄さんが来ているってことなのか?
ノックをしてみると、反応がなかった。
一応ドアノブを回してみる………開いている…?
慎重に中へ入る。スパイ映画みたいな緊張感だ。
だけどこれは…この景色は…どこかで見たことがある気がする。
こいつの部屋に何度も来たからじゃない。
この暗い部屋で、変な匂いがしていて、それから急に…
ゴッ
「おーい誰だよ鍵あけっぱにしたやつ」
「ああごめんごめん、てかぁうける誰そいつ〜」
「いやなんか勝手に入ってきててさあ…やっちゃったわ、ははは」
「やばくね?2人目じゃん…もう部屋ごと燃やそ〜?」
「燃やすのはやばいでしょ、はははははははははははははははは」
ああ、これも前に見た景色だ。
頭から流れる血のせいで、景色が真っ赤に見える。
あれ?この光景はどこで見たんだっけ…えっと………
『そう!夢の中!』
わああっ!っと飛び起きた。
午後のような陽だまりの中、くじらの背中らしき場所で、僕らは2人きりだった。
無視するよりも好奇心が優ってしまい、ついに声をかけた。
『あのさ…なんか最近おまえ…夢の中に出てくるじゃん?なのに、現実では無愛想じゃん?なんで?』
『あれはね、僕が死んじゃうときの光景……にそっくりな光景。』
親友が夢の中にでてきて、おかしな事を言っているんだ。
死んじゃうときの光景…ってことは、おまえは死んでいたのか?
まさか………死んで僕の夢の中に出てきているのか?
『うん、そうなんだ。黙っててごめん。僕はね、双子のお兄ちゃんに殺されちゃった。悪い人たちとつるんでいたから、避けて暮らしていたのにね。はあ…お前に話そうとしたんだけど、無視するから。』
『だって、僕だってなあ…近所でも大学でもみんなに無視されるもんだから、てっきりおまえが手を回したのかと…。』
『ううん、僕は何もしてないよ。したとしたらお兄ちゃんだ。』
『へっ!おまえの兄ちゃん大悪党!あはは………はあ、おまえの仕業じゃないと知った途端、安心したよ。』
『…でもね、本当……お兄ちゃんは大悪党だよ…。』
くじらが痛がりそうなくらい、爪を、深く深く、くじらの皮膚に食い込ませて、親友はつぶやいた。
『お、おい。大丈夫かよ…僕が今まで無視したことは謝るから……。』
『ううん、そのことは大丈夫。とっくに許してるよ。そうじゃなくて』
『本当?許してくれるの?ありがとう!いやぁそれにしても死んだ人間と夢で再会して話すなんてな!夢にも思わなかったよ!なーんつって!あはは…。もう仲直りもしたし、元の親友だろ?僕たち!』
『うん…あはは、なんか笑えるな。本当の親友らしくなれたのが、お互いの死後なんてな。』
親友が夢の中にでてきて、おかしな事を言っているんだ。
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