SIRO-Aと脳みそハッキング
最初に結論
SIRO-A さんのコンテンツのキモは脳みそへのハッキングにあるのでは。そしてそれはこれからのエンターテイメントに必要不可欠な要素になるんじゃなかろうか、というお話。
はなしのまくら
昨日、知人にお誘いいただいて SIRO-A さんの公演「TECHNO CIRCUS」を観てきたんです。(2/27 までやってるらしいよ!)
SIRO-A さんはプロジェクションマッピングとダンスを融合させた公演を行っているパフォーマンス集団です。
America's Got Talent という有名なオーディション番組に出演されていたりするので、ご存知の方も多いと思います。
poipoi ももちろん SIRO-A さんのことを以前から知っていたのですが、生で公演を拝見させていただくのは今回がはじめてでした。
で、一応 poipoi はエンタメ系のシステム制作などもお仕事で関わらせていただくことがあるわけでして、こういう講演をみるとなにかと分析的に内容を見てしまうわけです。職業病的な。
なので、今回の公演を見に行くにあたっても、 SIRO-A さんの公演はなぜお客さんに面白いと感じてもらえるのか、受け入れられるのか、っていうのを事前にある程度想像していったんですね。
たとえば、最新のデジタル技術をつかった美麗な演出が人気の秘密なんじゃないか、とか。
たとえば、プロジェクションに合わせて寸分のずれもないダンスをする、その身体性が魅力なんじゃないか、とか。
そんな予想を膨らませながら、観劇させていただいたわけです。
で、その結果。
事前予想は大きく外れてました。
もちろん、デジタル演出もダンスもすばらしかったです。ですが、最大の魅力は別のところにあるなと感じました。
SIRO-A さんの最大の魅力は、「気持ちよさ」にあるんじゃないかと。
今日はそんなお話を。
音ハメはなぜ気持ちがいいのか
ダンスの世界には音ハメという言葉があるようです。
(ダンス詳しくないので間違ってたらすいません。)
音ハメっていうのは、音に合わせてその音が効果的に機能するように、振り付けを合わせることです。
言葉で書くとよくわかりませんね。
例をあげて説明してみたいとおもいます。
このダンス、見ていて気持ちいいです。すごく音がハマっているから。
例えば、0:29 のところとか、「バーン」って音にあわせて胸を当てるような動作をしてます。
これ、気持ちよくないですか?
音と動作がシンクロすると、なぜか人間はとっても気持ちよく感じるわけです。
これは、音と動作の組み合わせだけで起こる現象じゃありません。
たとえばこんなのもとても気持ちいいです。
やっていることは、四角い箱がうごいているだけです。
でも、ちょうど壁にあたるタイミングで画面をゆらしてあげる。それだけで気持ちよさが何倍にもアップしています。
こんな風に、なぜか人間は、複数の刺激が時間軸上で効果的に合わさった時に、とても気持ちよくなるんです。
SIRO-A さんの公演はこの効果を存分に取り入れているので、観ていてとても気持ちいいんです。
プロジェクションによる映像と、会場に流れている音、ダンサーさんの動き、公演の内容。それぞれがすべてシンクロしていて、なんだか観ているだけで気持ちいい。
ピタゴラスイッチとか、アハ体験とか、そういう気持ちよさに近い気がします。
でも、そう考えると、新しい疑問がわいてきます。
なんで、人間の脳みそは音ハメに気持ちよさを感じてしまうんでしょう?
脳みそはブラックボックス
先に書いておきますが、音ハメを気持ちよく感じる理由を poipoi は知りません。そして誰も答えは知らないと思います。
(認知科学の分野でそういった研究はあるかもしれませんが。)
なぜなら脳みそは、ブラックボックスだからです。
とっても雑に言うと、脳みそは、外部入力に反応するコンピュータです。
視覚や聴覚などの感覚器官で受けた物理的な刺激を電気刺激に変換して神経に流し、それらが脳細胞を刺激した結果、何かを考えたり行動したりするわけです。
でも、刺激を受けた脳がどのように活性化して、どういった状態になった上で最終的な行動に至るのか。それは完全には解明されていません。
(もちろん昔から研究はたくさんされています。下の図はホムンクルスと言って体のどの部分への刺激が脳みそのどこにマッピングされているかを表した図です。)
ただ面白いことに、脳みその中身は解明されてないんだけれど、大体の人間に共通してほぼ同様の反応が得られるような、特定の入力が見つかる場合があります。
しかもそれが、普通に考えるとその入力でそういった反応は起こらないはずだよね、っていう入力で反応が起こる場合があるんです。
例えば錯視とかは有名ですよね。
上の画像の円は、サイズ違いの円がいくつも描かれているだけなのに、あたかも渦巻き状になっているかのように感じてしまいます。
(ちなみに上の図はフレイザー錯視というもので、人間の脳に渦巻きパターンに反応する部位があってそこがなぜか反応してしまうらしい。ここら辺は Deep Learning とかと合わせて追うと面白い。)
そして間違った知覚をしてしまうこと自体も面白いんですが、さらに面白いのが、「ほぼすべての人が同じような反応を示す」というところ。
誰か一人ではなくみんなの脳みそにこの機能が備わっているということは、人類の進化上、なぜか渦巻きパターンを過剰に認識できたほうが生存に有利なことがあったのかもしれない、と推測できるわけです。
で、こういった本来のストレートな認知(渦巻きを見て渦巻きを知覚する)ではなく、イレギュラーな認知(渦巻きじゃないものをみて渦巻きに誤認をする)を利用しているものって世の中にはたくさんあるんですよ。
例えばスポーツやゲームが楽しいのは、人間が持っている「狩りをするとアドレナリンなどの神経伝達物質が放出される」という、もともと生存に必要だった仕組みを狩りとは全然違う行為で意図的に刺激するよう設計されているからなわけです。
音ハメが気持ちいい理由も、音ハメが脳のどこかの部分をなぜか刺激して気持ちよくなる神経伝達物質が放出しちゃうからなのでしょう。
脳みそのハッキング
さて、この「脳みそに間違った入力を与えて、希望の反応を引き起こす」という行為。
エンジニア的には「ハッキング」と同じだなーと思うわけです。
数年前、AKI INOMATA さんというアーティストのトークイベントに行ったことがあります。
INOMATA さんは、ヤドカリに 3D プリントした家を与えたり、ミノムシに洋服の布キレを与えてミノを作らせる作品を作ったりされてる方で、poipoi がすごく好きな作家さんのひとりです。
そのトークショーで INOMATA さんがおっしゃっていた中に非常に印象的だったお話がありまして。
INOMATA さんはヤドカリやミノムシなのどの生物を相手に作品を作っているわけですが、その制作過程について
「ヤドカリやミノムシが気に入って使ってくれるように大きさや形を何度も作り直してトライした。個人的にはプログラミングをしているような感覚だった。」
とおっしゃっていました。
(結構前の記憶なんですごく意訳です。すいません。)
これ、すごく面白いなと思いまして。
エンジニア的な見地から補足させていただくと、INOMATA さんが行われていた行為は「プログラミング」ではなくて「ハッキング」なんですよね。
プログラミングっていうのは得たい結果を得るために、システムの構造を設計して構築していく作業です。
ところが完璧なシステムを作ることは難しくて、どこかに「意図しない挙動」を作りこんでしまう場合があります。
例えば ECサイトなどで注文をする際、本来住所や名前を記入するための欄に SQL というデータベースを操作するための文字列をあえて書いてみたりするとします。
すると、システムが住所や名前(だと思っているSQL文)をデータベースに照会するタイミングで、入力された SQL文が実行されてしまう状況をつくりだすことができたりします。
そういう状況を逆手にとるとデータベースに格納されている他人の個人情報を根こそぎ抜き取ってしまったりすることができます。
(これは SQL インジェクションという非常に初歩的なハッキング手法で、もちろんですが世の中のほとんどのシステムではこんなことができないようにする対策がなされています。)
このように ECサイトを構築したプログラマが意図していなかった入力を与えて意図していなかった挙動を引き出す行為を「ハッキング」と呼ぶわけです。(かなり大雑把な説明ではありますが。)
このとき興味深いのは、ハッカーは「システムの内容を一切知らない」し、「システム自体に手を加えることもできない」ということ。
自分が作ったわけでもソースコードが公開されているわけでもない、そして外部から手を加えることもできないシステムに対して、
「きっとこういうデータをあたえるとこんな挙動になるのではないか?」
と予想し、試行錯誤でデータを入力しその結果自分の意図する挙動をシステムに行わせるわけです。
これって INOMATA さんがヤドカリやミノムシにしていたことと同じなわけです。
ヤドカリやミノムシがどのような仕組みでうごいているか。それは遺伝子や複雑な神経系のすべてを解明しない限り知ることはできません。
にもかかわらず与えるものを工夫することで、ミノを作らせたりカラを被らせたり、意のままに生物をコントロールできるわけです。
これは、生物に対するハッキング行為なわけです。
そう考えると SIRO-A さんの公演は、人間がなんだか気持ちよくなってしまうように巧妙に設計された「人間の脳みそに対するハッキング」コンテンツである、と言えそうです。
脳みそハッキングの可能性
poipoi はこの「人間の脳みそに対するハッキング」というものにとても可能性を感じています。
例えばひと昔前の SF の世界では、脳みそに電極を刺したりチップを埋め込んだり、はたまた遺伝子を組み替えたりして身体能力を拡張するような描写がよくありました。
そういった研究はもちろん今でもなされていて一定の効果を上げてはいます。
ですがあまり大々的に社会実装はされていなさそう。
だって、脳みそにチップを埋め込むとか普通にみんな怖いじゃないですか。
人体に対する遺伝子組み換えとかも倫理的な壁があってなかなか実現しないのが現状です。
これらは今までの説明で例えると、いわば人体を再プログラミングしようとするようなアプローチです。人体の構造をそもそも変更してしまおうという行為。こういったアプローチはなかなか受け入れづらく社会に根付きにくいわけです。
ところがハッキング的アプローチであれば、人体に直接手を加えることなく、入力の方法を変えるだけで感覚をコントロールすることが可能なわけです。
たとえば、画面上に雪と足跡を表示すると、あたかも雪の抵抗感があるように感じられたり、
現実世界では同じところをぐるぐる回っているだけなのに、VR上ではまっすぐ歩いているように感じたりできるわけです。
また、最近舌を巻いたのが TikTok。
投稿がたくさんの人の目に触れてより多くの「いいね」を獲得できるよう運営側が意図的にタイムラインを操作することで、投稿者の「気持ちよさ」を操作してより継続的に投稿がなされるように設計されているらしいのです。
こういった手法は手軽に感覚を拡張できて体験性が向上するため、エンターテイメント分野ではこれからかなり重宝されるのでは思っています。
と、またいつものように長々と書いてしまいましたが、結局何が言いたいかっていうと poipoi も SIRO-A さんみたいなコンテンツ作りたいなーってことです。
おあとがよろしそうなので、今日はこのへんで。