山旅前夜

今回の山行は私にとって特別だった。

理由は2つ。
一つは、初めての柳原さんとの登山だったこと。
もう一つは、初めて2泊3日のテント泊だったこと。

柳原さんとの出会いは、7月中旬に行われた高倉さんのトークイベント。
お友達に差し入れを持って行こう、と遅れて到着した。
ちゃっかり記念写真の撮影に写り込んでしまい、「何もしてないのに申し訳ないな〜」とか「みんな好きな人にこんなに近くで会えて嬉しいだろうな〜」とか思いながら、
お客さんたちが各々の発信者さんたちのブースに吸い込まれていくのをぼーっと見ていた。
その時に立っていたのが、山旅旅のショップの前。私は邪魔になっていた。

「あ、すいません」と物理的な邪魔を謝罪し移動しようとしたところ、
「なんか見たことあるな?」
と声をかけてくれたのが柳原さんだった。

私は妹に「第一印象が良すぎてそこからの急降下がえげつない」という絶対に喜べない第一印象の褒められ方をした経験から、初対面のコミュニケーションには自信を持っている。
このセリフから裏付けられる初対面コミュ力と柳原さんの素晴らしいお人柄からあれよあれよと話が展開し、一緒に登山に行くことになったのだ。
この時点では、予定していたのは笠ヶ岳だった。

柳原さんとの初めての登山は、良い意味でとてもドキドキした。
イベントでたまたまお話ししてから、本当に一緒に山に行くことが実現できていることが、なんだか現実味がなくふわふわしていた。
柳原さんが大好きだと語った笠ヶ岳に誘ってもらったことも、最高に嬉しかった。
笠ヶ岳の行程はなんだか大変らしいということをあんまり見ないようにしつつ、でも日が近づくにつれて「本当に大丈夫なのユウちゃん」という気持ちが着実に高まっていたが、とにかく柳原さんと一緒に山に行けるのが嬉しいので、なるべく見て見ぬふりをするように気をつけていた。


2つめの理由について、私が装備を持っていなかったことが大きな理由で、登山の趣味を本格化して2年半、私はほとんど日帰りの山しか登ってこなかった。

山で2泊したのは中学生の時、家族で白馬岳に登った時以来。
あの山行は私の中で家族の最大の思い出と言えるくらいいろんなことが鮮明に記憶に残っている。

去年のGWに硫黄岳でジュンと生まれて初めてのテント泊をした時、
山で夜と朝を過ごすことの特別さと、山に飲み込まれる感覚を味わい、山のパワーをとても感じた経験から、
「2日間も山にいたら私一体どうなっちゃうんだろう、何を感じちゃうんだろう」ということがとてもとても楽しみで、すごく頑張って準備をした。

何を頑張ったかというと、装備を揃えた。
40Lの登山ザック、寝るときに着るダウン、寝袋。など。
どれも私からしたら高価なものばかり。
私の中で山とは、母に連れて行ってもらう場所で、ここまで自分の力で装備を揃えるということは今までなかった。
必要なものは母に与えられるところから始まっていたせいで、登山の装備でこんな金額の物を買うことにとても抵抗があったのだ。
なかなか装備を揃えない私に、相方のジュンはよく根気よく付き合ってくれたと思う。
もっと行きたいところたくさんあっただろうにね。

とにかく、だから、私にとって今回は、
「あのユウちゃんが」頑張って装備を揃えて臨んだ、かなり気合の入ったドキドキの旅だった。


準備のためのLINEグループが動いていたが、
今回はかなり直前の山変えがあった。
笠ヶ岳→飯豊山→蝶ヶ岳みたいな感じだったと思う。

私は百名山の名前を覚え、
「日帰りで行くならここまだ行っていないから行きたいな」
くらいの知識はついてきたものの、
泊登山となると本当に無力でなんの提案もできない。
2人がコロコロと案を出してくれるのを「すんげー」って思いながらずっと傍観していた。

2人とも大人で優しいので「この行程でユウちゃんはどうかな?歩けそうかな?」と優しく聞いてくれるんだけど、
私には重い荷物を背負って歩く経験というサンプルがない。
自分でも自分の力がわからない。未知数である。
そうなるとどうしても、メンタル面での「イケそうかどうか」になるので、回答がふわふわしてしまい申し訳なかった。
2人とも山への知識が豊かでうらやましかった。

…うそ。羨ましくはない、頼もしかった。
心からありがとうと思った。


行く山が決まり、柳原さんが話をまとめてくれた時
「2人にお願い、帰りのご飯どこで食べるかを考えておいてね」
と初めて私に役割が現れたのでめちゃくちゃ張り切ってそこだけ返信をした。
教員をやってたときに、
生徒全員にその子の能力に合った何かしらの役割を与えることは、集団における帰属意識や自己肯定感の醸成に非常に有効である
ということを理解していたので、柳原さんの気遣いが身にしみた。



金曜に仕事を18時半に放り出して、準備に取り掛かった。
初めて自分の買ったザックでのテント泊装備、遠足の前みたいな気持ち。
ワクワクが止められず、謎にマツキヨで1時間滞在し、化粧落としとか除菌シートとか、今までジュンがくれてたものを自分で用意するぞと意気込んで買い物をした。
大量に買い物したくせにビニール袋をケチって「1枚で」と言ったせいで、お姉さんがそれに詰め込むのを失敗し、破れて2枚目を用意させる羽目になり、本当に申し訳ない気持ちになった。

帰宅して、パッキング。
ジュンが以前撮影した「フランスの10日間パッキング」の撮影で見せてくれてたパッキングのやり方動画を見て学ぶ。
「寝袋は袋に入れずにこのままザックの中に入れるんだよ」と得意げに彼氏に説明しながらまずは寝袋を詰めるところから始めた。
登山経験のない彼氏の「絶対に入り切らないよ」という言葉の通り、本当に絶対に入り切らなくてめちゃくちゃ不機嫌になった。

ジュンが動画の中で
「テトリスみたいに上手に詰めていくんだよ」
と言っていたんだけど、寝袋を詰めた段階でテトリスにするような隙間は私の目には発見できず、ものすごくモコモコにされた40Lのザックがとにかく心許なかった。
とはいえ、ドイターの新しい40Lのザックには入れるところはたくさんある。
至る所にモノを詰め込み「入ったー」って感じでパッキングが完成した。

「やっぱ腰で背負うと楽だな〜」と言いながら彼氏に別れを告げ、最寄り駅からジュンの家へ向かう。
駅で電車を待っているくらいから、肩が痛すぎでちぎれそうになってきた。
「駅の階段登るだけで死ぬほど疲れてるのに、この状態で数時間耐久しなきゃいけないの無理すぎる、私たくさん登山してきたつもりだったけどこんなにへっぽこだったんだ」
と心の中で自己否定を繰り返しながら、小さなショルダーバッグからリップを取り出す女性を見て
「人間の幸せって荷物が軽いってことなんだな」
というわけわからない人生観を抱き泣きそうな顔でジュンの家に向かった。
ジュンの家の4階を登る時には悲しみを通り越してブチギレていた。

ジュンが優しく家に迎え入れてくれたので
「無理かもしれない。私は山に登れないかもしれない。」
と現状を伝えた。

そしたらジュンが、私のパッキングをするするとやり直してくれて、これがとてもすごかった。
パッキングをしなおされたザックは背負った時の感覚が全然違ったのと、
さっきまで全ての入れる場所がぱんぱんだったのに、新たなスペースまで生まれていた。
パッキングの力すげぇ。
「これなら登れる!」と思って、安眠することができた。
ジュンちゃんありがとう。


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