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無理して歩く霧ヶ峰

会社の人と登山に行った。

登山は私の趣味。YouTubeで登山の発信をしているし、晴れていれば毎週山に登っているのでれっきとした趣味と言える。
登山は、どこに登るかも大事だが、それ以上に大事なのは「誰と登るか」である。登山に行こうと思ったら丸一日の行程になるわけなので、ちょっとやそっとの仲じゃそんなに時間を費やせない。つまり自分の好きな人以外と登山に行きたくない。親友とか家族以外と登ることになってしまった時は、この人と登って何かメリットはあるかな?と考えてしまう。
だから逆にメリットがあれば登る。例えば、親睦を深めたい時。

昨年入社した時「登山が趣味です」と言ったら、行ってみたいと言ってくれた先輩が3人もいて、入社して2週間で丸一日登山に連れて行った。ものすごく楽しんでくれたし、私もものすごく楽しくて、行って良かったと思えた。仕事をしながら「一緒に登山をしたウチら」的な絆を感じられた。
私のように周りに登山が好きな人が多い環境で生きてきた人間は稀らしく、みんな登山に親しむ経験は人生の中でない人の方が多いらしい。ということに社会人になってから気づいた。登山という新しいコンテンツを、詳しい人に便乗しながら楽しむことができる。そういった理由で、私は職場の人を登山に連れて行くことがたまにあった。
ただ、異動があったり組閣変更があったり、そのグループとの仕事上での関わりがなくなってしまった場合、話は別だ。私はただ組織活性のために登山を企画していただけであって、登山仲間が欲しかったわけではない。なので、もはや部署の変わってしまった人に対しては共に山に登る理由もない。
みんなからしたら、身近で登山に連れてってくれるのは私だけなので「また山に行こうよう」などと言ってもらえるのだが、私には何のメリットもなく、ただの接待の1日になってしまうので、幾度となくうやむやにしてきた。ハマったのなら次は自分の力で行ってくれ。

登山部を立ち上げられたこともあった。会社から少しお小遣いをもらって登山に行けるようにしようよ、と部長に祭り上げられてしまった。当たり前だ、私以外みんな1人じゃ山行けないんだから、そりゃ私が部長だ。まあお金もらえるからいいか、と思って部活を作ったら、なんとこの部活が大変人気で、募集期間に知らない人が5人も入ってきた。仕方ないので、一度だけ登山を企画した。疲れた。新卒の子は可愛かったけど、やっぱりどう考えても知らん人たちと登るメリットがない。部活動は半期に2回活動しないと廃部になってしまうのだが、その1度しか活動せず、その部活は自然消滅とした。

とまあ薄情な登山デビューハンターとして社内で過ごしてきたのだが、今回6月に人事異動があり、新たなGに配属された私は、新しいメンバーに対して懲りずにまた登山の企画をした。しかし、今までの企画とは訳が違う。なぜなら、今回は「組織活性リーダー」としての役割があるからだ。組織活性は、今年度私が担っている役割。組織活性したらいいな、じゃなく、組織活性させなきゃいけないんだ。責任重大だ。よし、みんなを山に誘おう。

と思って企画したのだが、全然人が集まらず、驚愕した。頼みにしていたマネージャーすら、「その日ネイルがあるから」と断られた。私は登山よりネイルを優先する人の気持ちがよくわからない。要するに乗り気じゃないってことだよね。
私を不憫に思った(のか、純粋に登山に行きたかったのかわからない)メンバーが4人集まり、5名で霧ヶ峰へ行くことにした。せっかく8人乗りの車借りたのにな。

今回の登山は大変だった。なぜなら、みんなが「行きたい!連れてって!」ではなく私が「みんな来て!」と言っているからだ。なんで私みんなと登山したいんだろ。乗り気じゃない人を連れ出してハイテンションでいられるほどお人好しではない。

まず、集合時間に不満があった。長野に行くには3時間半かかる。遅くとも9時ごろ登山開始できるように、5時半ごろ出発したい。みんなに「目黒への始発何時ですか?」と聞いたら「5時42分です……」というラインが帰ってきた。早起きに乗り気じゃないことを案に示そうとしてくる。みんなが行きたい山だったら「早起きがんばろ!」というのだが、何てったって今回は私のわがままにみんなが付き合っている状態。
「レンタカー屋が7時からだから、7時半集合にしようか…!」妥協した。レンタカーは前日から借りておけるようにほんとは手配してたのだ。予約を変更して、7時から22時にてレンタルしなおした。

集合時間には3人がちゃんと集まれた。1人だけ、えりちゃん(仮名)が寝坊した。「ごめん、今起きた…時間的に初台なら通り道だと思うから、そこで拾ってもらえないでしょうか?」というラインが来た。それならほとんどタイムロスがないし、全然余裕だ。しかし途中で「ごめんなさい急行乗っちゃって初台まで戻らなきゃいけなくなった(涙)もう置いてってください…」とラインが来た。度重なる失態に心が折れたらしい。いやいや全然一駅分待つから戻っておいで。てかえりちゃんが来なかったら今日のメンバーしんどすぎるから。お願いだから来てください。
えりちゃんを無事ピックアップして、霧ヶ峰を目指せることとなった。
ちなみに今回は登山靴をちゃんと購入して用意できた人はいない。本当ならこれも「登山靴だけは買ってください」と言えるのだが、今回はそれが言えない。登山靴がなくても行けるところをチョイスするしかないのだ。悔しい。

案の定、到着したのは12時過ぎだった。もうすでに高速が混み始めており、スムーズにはいけなかった。しかも霧ヶ峰のビーナスラインはツーリングだかドライブだかで非常に混んでおり、かなり騒がしかった。とても嫌だ。観光地とかしていた車山肩の駐車場に車をとめ、何とか登山をスタートした。霧ヶ峰は、夏に来るのは初めてでちょっとワクワクしていたが、とてもなだらかで登りやすく、山って感じではないな、と自分で選んでおいて思った。上からビーナスラインが見下ろせるところが好きだったが、ブンブンとバイクの音がうるさく、山の上なのに喧騒があるところがいただけなかった。みんなはそんなことは知ってか知らずか、あんまりご機嫌に見えない。

登り出したところで突然後ろから「ごめーん、私ちょっと引き返すわー!!!」という声がした。何事か。振り返ると、それを言ったのは須賀さん(仮名)だった。
須賀さんは、今年60歳のおばちゃん。リーダーでもマネージャーでもなく、入社してからずっとメンバーの人。でも、仕事に対する思いが熱く、同年代の管理職と意気投合できるため、会社にとってとても大きな功績を残した方。でも、その年齢にも関わらず役職が上がっていないのは、どう考えてもマネジメント力がないから。そして、平均年齢30歳のメンバーに囲まれて平気で仕事ができるメンタルをお持ちの方。頭のネジが外れてないと、なかなかそんなことできない。
そんな須賀さんが、今日の登山のパーティにはいた。来てくれるということは嬉しいのと残念な気持ちと半々だった。須賀さんが来るということは、60歳のおばちゃんが登れる山にしなければいけない。かなり選択肢が狭まる。
そして突然の「ちょっと引き返すからみんなで行ってきて」発言。まさか1日に2度も「私のことは構わず先に行ってください」と言われると思わなかった。体力か、体調不良か、怪我か。話を聞いたら、靴底が剥がれたとのこと。何でも、昔履いていた古い靴を引っ張り出したとのことだった。
私は先日、自身の登山youtubeチャンネルで紹介するためにファーストエイドキットの中にテーピングを入れており、かつ「靴底が剥がれた時の応急処置として使える」情報を調べて知ったばかりだった。
「これだったら今日1日は持たせられますよ」と言ってテーピングで須賀さんの靴をぐるぐる巻きにしてあげた。靴底は想像以上にしっかりと固定され、無事須賀さんは登山を続行できることになった。白いラインがたくさん入った須賀さんの靴は、遠目から見るとちょっとだけジョーダンみたいだった。

登っていると、少しずつ下の音が聞こえなくなってくる。見えないけど、結界みたいな山のエリアに入った感じだ。空気の質が違く感じる。遠くの空が、青く見えてきた。秋の雲と夏の雲がどちらも出ていて、季節のコラボのような空のキャンバスが、綺麗だ。少しずつテンションが上がってきた。「キレーーー」と大きな声で言えた。心が開放的になってきた。
陽が出て、同時にトンボもたくさん出てきた。やっぱり秋だな。と思っていたら、新卒2年目のゆめちゃん(仮名)が「トンボまじやだーーー、きもすぎ、ほんとやめてほしい」と言い出した。ゆめちゃんは、Z世代代表みたいな子だ。仕事でもペアを組んでいるので会話する機会が多く、面白くて超いい子なのだが、とにかくZ世代なのだ。
「〇〇しか勝たん」「ばくわら」「つらすぎ」「まじ涙って感じ」など、使う言葉もテンションも全てが令和の若者という感じ。私はゆめちゃんが登山に来てくれたことが嬉しかった。多分いい子だから、私のために来てくれたのだと思う。
来てくれたことは嬉しいのだけど、情緒が。情緒を理解してくれ。言葉にできない思いとか、過去に見たはずの景色とかが、山にはあるでしょうが。普段画面ばっかり見ている中で、何もないを見るのって気持ちがいいでしょうが。と思うのだけど、ゆめちゃんからしたら、トンボは秋の季語ではなくただの「大量発生したキモイ虫」であり、私が書くポエミーな文章は「ばくわら」案件になるのだろう。私が大事にしていることが伝わらないのだろうな、と思うと、すごく悲しかった。

とはいえ、30分ほど歩いて山頂に着いたら、撮影スポットなどもありみんなで景色を撮影している間にテンションが上がって楽しい雰囲気になってきた。集合写真を撮ったし、おやつを食べたり、須賀さんの靴の爪先部分にもテーピングをぐるぐる巻いたりした。
流石に、霧ヶ峰の車山の山頂は観光地すぎて、曲がりなりにも登山と言うには物足りなさすぎる。疲れるかもしれないけど、もう少し歩いてもらわないと、あれだけ頑張って誘った意味がない。
なので、蝶々深山の方も回ることにした。みんな木道が歩きやすいとテンションが上がっており、木道を歩きやすいと感じるということはそうじゃない道の歩きづらさがわかったということだから、それは山を感じられたってことでよかったなと思いながら進んだ。
蝶々深山の手前には、ちょっとした登りがある。まあ、今回の山で唯一登山っぽい登りだ。女性3人は、めちゃくちゃ疲れていた。ゆめちゃんのテンションは死んでいた。

そのまま周回コースをいくか、少しもどって最短をいくか悩んだけど、このまま連れて歩く自信がなかったので最短をいくことにした。さっき登った坂がとても急に思えたらしく、みんな「ここを下るのか…」となっていたけれど、いざ下り始めると大した坂ではなかったらしく、みんな元気におしゃべりをしていて、下山あるあるで可愛かった。

戻ってみたら、ころぼっくるヒュッテが閉店間近だったので、ギリギリセーフで寄ることができた。しかし、トーストは売り切れ。露骨にテンションが下がるみなさん。おいおい、わかんないようにやれよ、私のせいじゃないんだから。
ケーキやら飲み物やら頼んで、女子3人でヤマサンカの山バッチを購入した。ゆめちゃんは「これが1番新しくてオシャだったから。他のはなんか古かった」と一般的な山バッチをディスっていて複雑な気持ちになった。

そのあと温泉に入って帰路ついた。私は、みんなに感謝されたくてずっと運転をしていた。疲れた。
最後にみんなを目黒駅に送り届けて帰ろうとした時、須賀さんが「レンタカー屋ってゴミ捨てれるよね?靴捨てれるかな」と言ってきた。勘弁してくれ。それレンタカー屋に渡すの私なんですけど。「どうっすかね〜」と言って濁して、向こうもかなり粘ってきていたが、最終的に他の人が「流石に無理じゃないですかね」って言ってくれたので「じゃあいいいい、持って帰るから」と須賀さんが言って議論が終了した。なんで私のわがままを聞いたみたいになってんねん。私は須賀さんが好きじゃない。

こうして私の長い1日が終わった。こんなに微妙な思いなのに、YouTuberであることを活かしてみんなの1日をミュージックビデオにしてあげた。私はこんな思いだったけど、せめてみんなには「楽しかったな」という思い出で締めくくってほしい。楽しそうに見えるところだけ切り取って楽しい音楽に乗せてまとめた。みんなの中では、キラキラしたところだけを記憶のメモリーに保存してほしい。

じゃないと、頑張って山に連れて行った意味がない。

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