とある日
お久しぶりです。なっとう まき です🌸
まき としてnoteを書くのは初めてかな💭
毎日キャバクラのHPでブログを書いていると、なかなかnoteに注力できずで申し訳ないです。noteは内容のあることを書きたいと思っているので(おい)、書こうと思うことはあれど毎度エネルギー消費がすごくて腰が重いのです。
さて、去る11/3は母の命日でした。14回忌。
年々忘れていく母のことを覚書として残しておきたいなと思いました。
ですから別に読まなくても大丈夫です。
完全に自己満なので。
まきちゃんのこと知りたいなーとかいう変人だけ読めばいいと思います。
あとは知りません責任取りません。
なんだ雑日記か。くらいに思って読んでね。
姉と、母の話をすると必ず話題になるのが
超ド級のケチ。だという事です。
世の母親なんてみんな倹約家だろ、と思うかもしれませんが私の母は超ド級なんです。
超ド級。
例えば、
私が保育園児の頃の夜ご飯は3択でした。
ハムエッグ、冷凍餃子、冷凍オムレツ。
コスパ良く食わせられて、最低限の栄養が取れる、という基準で選んだのだと思います。
見兼ねた姉が焼き鳥屋バイトを始めて、稼いだお金でご飯を作ってくれたりもしました。
もう姉が母を名乗るべき。
バイト先から廃棄になった串を稀に貰ってきてくれるのですが、内容はだいたいレバー。
私はそのレバーですら嬉しくて喜んで食べていたので、小学校に上がり給食のレバーを嫌がる同級生が不思議でならなかった覚えがあります。私からしたらご馳走やったなぁ😌
例えば、学習道具。
学校で買わされる習字道具や絵の具道具、裁縫セットなど。チラシを持って帰らされてお友達とお揃いにするだのなんだのって盛り上がりましたよね。
あれ、買ってもらったことないです。
セットだと多分5-8000円とかしたんかな?
まあ高いよね、分かる。
それに憤怒した私の母は、近くのスーパーにある2000円のやつで済ませろ!って可愛くもないエンジ色のデザインで、SHEINみたいなクオリティの習字セットを買い与えてきました。
文鎮が軽すぎて仕事しなかったので、毎度先生が私物を貸してくれてました。
まあ挙げたらキリないですが、そんな感じです。多分子供に執着なかったんだと思います。
私も放置子だったので母親にも父親にもそんなに執着してませんでした。父に関しては実の父ではないですしね、タバコ臭かったし。
故にあまり記憶がありません。
小学生の頃、何してたんやろう。
しかし唯一、母に対して尊敬する点があります。
仕事めっちゃする
母は、何してるか全く分からないくらいの生活リズムで、朝早く仕事行って、夜遅く帰ってきていました。基本家にいない。休みの日とかありません。ずっと居ない。
亡くなってから知りましたが、
なんか病院開業してました。笑
破天荒すぎるやろ。
ほんでどこのどいつと病院作ってん。
そんなお金どこにあってん。
後に父から聞くと(父もそんなに知らされていなかったらしいけど)、
"葬式の香典パンパンに包んできた人がおって、その人がお世話になってます。って挨拶してきた。その人が共同で開院したもう片方の先生(らしい)。"ってことだけ。
なんか凄いことになってきたやん。
しかもよくよく話聞いたら福岡の超有名医療系専門学校の先生もしてたらしい。
どうやらすごい人だったらしい母上。
にしても、
娘に自慢の一つや二つ、したって良くない?
娘葬儀屋で一人ポカンだったけど。
後に思い出したけど、
母の部屋の奥には隠された大量のポンジュースがあって、そのポンジュースが入った引き出しの前には教科書が山のように積上げられてた。
虫歯になるから飲ませないって言われて隠してやがりましたが、母は虫歯あったしめっちゃポンジュース飲んでた。許さん。
いや、そうじゃなくて、
すごく勉強頑張ってて真面目だった。
家に、教科書が有り得ないほどあった。
収納棚を隠せるくらいの教科書が。
それぞれ書き込みもたくさんあって、すごく熱心に学んでたんだと思う。子供産んで専門に通い始めるなんて相当な勇気がいるよね、尊敬する。
私の事放置して祖母に育児投げてたのは尊敬しないけど、どっちかしか出来ない、0か100な生き方は私とよく似てる。
後は、自分がガンだと分かってからの段取りが凄かった。
自分のケツは自分で拭こう、って強い意志。
普通の人間はショックで立ち直れんとかやないん?普通の反応は違うやん。
自分で保険屋回ってなんか契約したり話聞いたり、娘二人になにか残そうって動いてた。
意外と子供思いだったのか?
多分いいひとでした。
それからすぐにこの世を去りました。
あまり母について記憶はない中で、
確かに母の血が流れてるなぁと思うこと、
たまにあります。
例えば、恋愛脳だし、バカ真面目だし、生きるの下手だし。
あれ、なんか嫌なとこばっかり?
あとは、
思ってることが表情に出やすい、とか。
これすごく母に似てます。
あと笑い方と笑った顔。
あ! あと、
お顔が可愛いのは母譲りだと思います。
ありがとうかぁちゃん✌🏻
(父親の顔見た事ないけどね)
命日ってさ、毎年振り返って故人を想う日だと認識しているけれど。
まあこれといって思い出もなく、記憶も薄れていくなかで、わざわざお寺さんに行って納骨堂で手を合わせたり、しなくてもいいんじゃないかー、と思うこともありますよ正直。
だって存在はもうこの世にないですし、残ったのは骨だけ。
カルシウムの塊に年に一度会いに行ったところで。とかも思いますけど(母親がドケチな効率厨だったのもあってね。)
私が信じてないだけで、死後の世界では年一の楽しみになってるかもしれないじゃないですか。
わーい!あと3日で娘が会いに来てくれるんだ〜🎶
とか母が思ってたら可哀想でなりません。
一応行っとくか、みたいな感じよね。
もう13年もなるから年々雑になりよる気がする。まあせんよりよかろ。
惰性でこれからも毎年手を合わせに行くんだと思うけど、毎年祝日の忙しい日なのだけ勘弁してよ〜、、。
また来年、惰性で会いに来た私が
どれだけ可愛くなったか見守りなさいよ母上〜
ほなね〜〜〜
あ、言われそうやけん先言っとくね。
Q . 赤い花ってお供えしちゃいけんのよー
A . 知ってます。知った上で母が好きだった花が牡丹なので、それっぽいでかい赤い花をいつも混ぜます。とても好んでいたし、普段赤リップだったのでよく映えて似合ってた。母には赤い花が似合うのでわざとです。不快にさせた人おったら申し訳ない🙏
Q . 他の人が不快に思うかも
他の人居ないうちに置いて、すぐ袋に入れて持ち帰ったから大丈夫よ✌
人おらん時間帯狙ったよ〜。
あとバラも入ってますけど、母はバラ好きなので大丈夫です。よその人にあげるならちゃんと配慮して仏花持ってくわよ。大丈夫。
年一墓参り、終わり!