【story】青くなんてない青春 スズの独白

香山はいつも集合が早い。
なんなら企画者の私より早い。
集合場所に着くのはいつも10分前で、大抵、独特な立ち姿で本を読んでいる。
今日は……両腕を交差させて本を持っているがあれは何だ、影絵か。肩痛めるから普通に読め。
対してクマ、こと熊谷は遅刻魔である。
とはいえ遅れるのは5分くらい。最長でも15分だった。
どうせクマが遅れるであろうと予測して、きっかりの集合時間は定めないというのが、私達の暗黙のルールとなっている。

今日は、高校の同級生である3人の飲み会である。

香山冬子、涼白頼、熊谷来未果、3人合わせてカスヤ会。
高校卒業後も3人で顔を合わせるために設けた会。
今年で卒業から5年。
なんだかんだで集まってくれる2人には、感謝している。
大げさでなく、私は2人のことを一生大切にしたい。

クマは今日も遅れてやってきた。
「はぁはぁ……ごめん、ごめん。いつものことだけどごめん」
バツの悪そうな顔をして、リュックの右肩をずり落としながら暑い暑いと言って駆けてきた。
「今日は何、仕事か」
「はぁ……外回りで……そのまま……来た……
「お疲れ」
「ありがと」
「さぁクマも来たことだしレモンサワーだ」
「よっしゃ行くぞ」
私も香山もいつものことだと笑って、2人がかりでクマの体勢を整え、予約した居酒屋へダッシュした。

私はお酒に弱いから、いつもちびちびと飲んでいる。
クマは会社でよく飲まされて強くなったらしい。
香山は意外と酔いが回るのが早い。
しかもこいつは酔いが回ると寝る。
しかし珍しく、3杯目でも香山が正気だ。
学生時代の友人あるあるだと思うが、この3人で集まるといつも、当時の思い出を語る。
もっとも、香山とクマは中学からの付き合いで、私は高校からの付き合いだから、たまに置いてけぼりにされる。
もっとも、私は聞き手に回ることが多いから置いてけぼりでも楽しいのだが。
などと、ぼーっと考えていると、机が鈍い音をあげた。
ガシャン。
何事だ?
どうやら音の主は香山らしい。
「あたしはさ、お前に言われたひとことがずっとトラウマなんだよ」
親しい友人との飲みの席で、香山が突然放った爆弾。
私は、反射的に「何言ってんの」と笑って香山の方を向いたが、香山の目は笑っていなかった。
香山は続ける。
「クマ、お前さ、中学のとき私がLI-NEのアイコン、お前らと撮ったプリの切り抜きにしたら『きっしょ』って言ってきたよな」
「そ、そうだっけ? そんな10年も前のこと覚えてないわ」
「言ったんだよ。それで私、クマにそんなこと言われるとか思ってもみなくてびっくりしてさ。『ああ、薄々気づいてはいたけど、クマって私のこと格下に見てんだなー』って思ってほんとショックだったんだよね」
「は? 格下とか……そんなこと思うわけなくない? ってか格下とか思ってたらこの飲み会来ないし……
「思ってたじゃん。帰り道だっていつも、私がしたことないことにいちいち反応してきてさ。どうせ私がふわふわしてて、他には友達いない奴だから、何言ったって怒らないと思ってたのかもしれないけど」
「お、思ってない! ……し、言ってない……はず……
SNSのアイコン変えるたびにそのこと思い出してんだよ、こっちは!」
鋭い目の店員と目が合ってしまって気まずい。
当事者でない私は、香山の突然の怒りに困惑して動けずにいた。
「あっ、すみません……。ちょっと香山、他のお客さんに……
ふと香山の手元を見ると、汗をかいたグラスの水滴に混じって赤い液体が見える。
驚いて目を凝らすと、香山の少し伸びた爪が自身の親指をつらぬいていた。

……突然の怒りではないのだ。
香山にとってこの話題は、クマとスズ──つまり私だが──と仲良しごっこをして来たこの数年間溜め込んだ怒りの蓄積なのだ。
気づいてしまった、気づいてしまった……
香山にかける言葉の正解が、私には、分からない。

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