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【書籍】美術手帖 2016年6月

特集「コンテンポラリー・アート・プラクティス」。副題は「社会と関わるアーティストの実践」と題された本号に、ヴォルフガング・ティルマンスのインタビュー記事が掲載されていた。

2000年初頭における社会情勢-米ブッシュ大統領、イスラム原理主義-に始まるイラク戦争、難民問題、2016年イギリスのEU離脱に伴う国民投票など、ティルマンスは社会で起こる政治的な事象に対して常に関心を寄せている。

アーティスト活動だけではなく、難民支援、EU存続に向けてたプロジェクトを立ち上げるなど、ティルマンスは活動家としての顔も持ち合わせている。その活動のひとつに「ミーティング・プレイス」が挙げられる。

私たちがつくり出すこの状況が、どのようなものとなり、理解し合えるのか、そして地域の人々を呼び込むことができるのか。どのように社会に影響を与えられるのかというアイデアが「ミーティング・プレイス」なのです。

こうした活動においては、過程(プロセス)ではなく、「結果」を出すことを重視している。結果が伴わなければ、それは単なる自己満足で終わってしまうからだ。

ティルマンスのすべての活動の根底には、社会をよりよいものにしたいという思いがあるように感じられる。

先に触れたように、その発端は2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロから始まっている。イラク戦争による不明確な軍事介入、それによって引き起こったEU諸国の難民問題。

ティルマンス自身もおおよそ30年前にベルリンの壁崩壊(1989年)を経験し、国の分断がもたらす悲劇を繰り返してはならないという思いが強いと感じる。

とりわけ島国である日本において、陸続きに他国が存在すること、それによってもたらされる苦悩といったことに関しては、我々日本人には想像し難い問題を数多くはらんでいる。

イギリスのEU離脱に関しても同様に、他国もEUからの離脱が進み、結果としてEU解体へとつながる可能性を懸念しての行動である。

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インタビュアーの「あなたはコンテンポラリー・アート・プラクティスをどのように定義するか」という、非常に失礼な質問に対して、ティルマンスは「私がやっているすべてのことだ」としたうえで、『「いま、ここ」について伝えることが、私にできるたった一つのこと』と述べている。

「いま、ここ」に生きているということが、どんなものなのかを描写するために、どれだけ現実の問題を直結させて正確に試みるかということです。(中略)共鳴は最終的に私が作ることのできる再良のものであり、アーティストとして私が望むことであります。
それは人々を動かし、その他の人々のなかに振動してさらなる動きをもたらします。ともに人生の時間をシェアし、私たちのあいだで何か伝達し合えば、それがコンテンポラリーであるということです。

共鳴、シェア、伝達。作品を介在して、アーティストであるティルマンスと鑑賞者との間に共通の問題意識が芽生え、個人の意識を、しいては社会をも動かすことへとつながるように。その原動力のきっかけが、「作品」という「いま、ここ」に現存するものであり、ティルマンスがみている世界の姿そのものなのである。

それを作品というメディウムのなかに凝縮させ、魔術的な力を与えることによって、たとえ個々の作品は異なるテーマであったとしても、作品全体を通してティルマンスの世界観が表象されている。

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