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NewJeans 全曲解説

 この記事は、併せて公開している『NewJeans論』(約2万字)の補完サブテクストです。そちらの記事を書いてからこちらの全曲解説を書いたので本論を先に読むことをおすすめしますが、お好きに読んでいただいて構いません。また、本記事で触れた引用や参考記事の文献は、すべて本論に記していますのでご了承ください。

↓↓↓ NewJeans論↓↓↓


Attention (Prod. 250)

 一切の事前プロモーションなしに公開された話題を呼んだ、250のプロデュースによるデビュー曲「Attention」。この曲で既に、我々が想像するNewJeansの音楽的なフォーミュラは構築されており、現時点の最新曲である「Supernatural」に至るまで、その形式は一貫して引き継がれている。

 この曲は、彼女らの一つ目のシグネチャーのボーカルチョップから始まる。このボーカルチョップは楽曲に独特のリズム感を寄与し、その後すぐさまローズピアノのコードが鳴る。ローズピアノとは、1970年代以降にジャンルを問わずポップミュージックには欠かせない存在となった電子鍵盤楽器で、フェンダー社とワーリッツァー社のローズピアノがよく知られている。ジャズやボサノヴァ、ソウルやAORを嗜好するミン・ヒジンの音楽的な愛着はおそらくこのフェンダーローズのサウンドにあると言っても過言ではなく(250の愛着もおそらくであろう)、NewJeansの楽曲の至るところで使われている。Donald Glover Washington Jr.「Just the Two of Us」、Michael Jackson「I Can’t Help It」、Chick Corea「Spain」、さらにはミン・ヒジンがフェイバリットに挙げていたDeniece Williams「Free」などは、フェンダーローズの名曲として知られている。彼女の最大のインスピレーションであるボサノヴァアーティストAntonio Carlos Jobimも、「Brazil」という曲にてフェンダーローズを全面的にフィーチャーしている。

 「Attention」のヴァースでは、このローズはリズムのアクセントとして短く弾かれるだけで、パーカッションとボーカルだけがトラックを先導していくような、余白を残したアレンジになっている。このシンプルでミニマルなプロデュースは、しばしばその過剰性(マキシマリズム)を強調し、グローバルなEDMからラップミュージック/ヒップホップへの流れに合わせるように低音を重視していったK-POPの全体的な傾向に逆行するものである。それによってNewJeansは相対的にその音数の少なさが印象強くなり、彼女らの音楽は巷でイージーリスニングと形容されるに至っている。

 他にも、トライアングルをスパイスとして鳴らしたり、高音域を補完するホワイトノイズやウィンドチャイム(ツリーチャイム)を多用したりするのもNewJeansの特徴である。5人が長い髪を大胆に靡かせる振り付けが印象的な「Attention」のコーラスは、清らかに伸びていくメンバーの裏声と、こういった高音域のハイクオリティな処理によって、まるでシャンプーのCMのような爽やかさを醸し出している。MVについては、本編の第2章に詳しいのでそちらを参照されたい。

 さらにもう一つ面白いのはイントロのリズム。ボーカルチョップとクラップのみの4小節のあと、半拍早いテンポでフェンダーローズとホワイトノイズが入ってくるのだ。こちらのリズム感を裏切る奇を衒ったアレンジによって、たった10秒で我々リスナーの”attention(注目)”を掻っ攫っていく。

 250によるセルフリミックスバージョンは、より一層250の嗜好が全面に出たポップながらもエキセントリックなつくり。オリジナルに比べ、のちに「Supernatural」で全面的に挑戦することになるニュー・ジャック・スイングの要素が強い。公式のインスト音源もリリースされているのでそちらを聴いてみると、ボーカルチョップに対する執拗なまでの執着と、それでもなぜかシンプルなトラックとして成立するバランス感覚に気付かされつい唸ってしまう。「How Sweet」でも改めて言及するが、彼は名機Roland TR-808のカウベルをシグネチャーとして鳴らす。彼のカウベルは、間違いなくここ数年の間では最も心地よい鳴り方をしている。


Hype Boy (Prod. 250)

 ミン・ヒジンが「私が思い描く『ガールズグループの姿』がありました。それを実現するために「Hype Boy」を選びました」と語る「Hype Boy」は、MV(Performance ver.1)では、たしかにTLCやSpice Girlsなどの往年のガールズグループのレミニセンスを喚起させる。MV(Performance ver.2)は、メキシコのガールズグループ、Jeans(グループ名は意識的な無意識的か)(現在はJNS)からの影響も指摘されている。

 MV(Performance ver.1)の1番サビ前では、ユービーアイソフトのコンピューターダンスゲーム「Just Dance」のような演出がなされ、Y2Kに始まるグローバルのアイドルブームからの2000年代後半のゲーム、オンラインによる消費への流れにまで目配せがされている(「Just Dance」第1作は2009年リリース)。紫の背景に真っ白なステージで5人が踊るというそもそもの演出コンセプトは、アイドルの文脈を体現したれっきとしたアイドル然として振る舞いながらも、アイドルとはどこか無機質で“パッケージ化”されたビジュアル商品である面も同時に強調するような、そういったアイドルの資本化や受容の変化に対する批評性を含んでいるようにも思える。

 「Hype Boy」はNewJeansのディスコグラフィの中で群を抜いてステージのバンドアレンジが映える。フィンキーなアレンジによって原曲のグルーヴがさらに増された上に、サビ前のタムのフィルの流れから、耳に残るサビのボーカルに合わせたタメのスネアとシンバルの一拍で、熱はすでに最高潮を迎える(日本のパフォーマンスのほぼ専属バックバンドになっているDr.Soyさんの手腕ももちろん大きい)。ちなみに私はこのアレンジを聴いたあと、なぜか無性にStevie Wonder「Superstition」のライブ演奏を聴きたくなる。

 原曲からテンポをぐっと落とした250のセルフリミックスバージョンは、Marvin Gaye「Sexual Healing」やPhil Collins「One More Night」的な王道の80年代バラッドに。タイトル通り”ハイプ”なオリジナルから、メロウなエレクトリックピアノ主体の、チルである意味で官能的なアレンジになっている。官能的というのは、Marvin Gaye的なストレートな性的表現ではなく、テンポを下落に伴うボーカルの引き伸ばしによって自然と強調されるメンバーの息遣いや些細な声の割れが、オリジナルに比べてダイレクトに耳に届くからである。TikTok全盛期の倍速バージョン(Sped Up)バージョンの逆を行く、テンポを落とすことによる新たなリスニング体験をここでは提示している。

 私が個人的に一番好きなのは、01:09や02:36で聴ける、サビ前後のタムとスネア。私はドラムを学んでいないのでこのリズムをどう言語化すればいいかわからないが、韓国のトロット歌手チャン・ウンスクの「Dance (춤을 추어요)」の00:16を聴いてもらえれば、私の言いたいことは伝わると思う(ちなみに同曲は250がフェイバリットに挙げていた)。強烈な80年代のノスタルジーとエクスタシーを感じさせるこのアレンジは、250『PPONG』の音楽性とも直結している(本編第9章参照)。


Cookie (Prod. FRNK)

 NewJeans 1st EP収録曲で唯一のFRNKのプロデュースによるトラック。彼が得意とするトラップ調のR&Bナンバーで、そのミニマルな姿勢は250のそれと通じている。ミン・ヒジンのディレクションか、250と共に指し示した方向性なのかは不明だが、同曲でもRoland TR-808をフィーチャー。プリセットの音をほとんど弄らずに使う場合、技巧を凝らさない限り単調な雰囲気になってしまうこのドラムマシーンの特性を理解した上で楽曲のアレンジに取り入れることで、聴く人を選ばないカジュアルさとミニマルポップとしての洗練されたクオリティの両軸を兼ね備えている。

 FRNKによるセリフリミックスバージョンはブーンバップに寄ったアレンジ。彼はXXXというヒップホップデュオのプロデューサーなので驚きはないが、アイドルソングのアレンジとなると珍しい。ブーンバップ/アブストラクト・ヒップホップはミン・ヒジンのテイストでもあり、実際に彼女はJ Dilla、Madvillain、DJ Mitsu The Beatsなどの楽曲をフェイバリットに挙げている。


Hurt (Prod. 250)

 左右に振れるイントロのエレクトリックピアノからユーフォリック、いや、NewJeansのコンセプトを考えたらメランコニックな雰囲気漂う「Hurt」。低音域を抑え、R&B由来の高音のシンセサイザーを鳴らす250のシグネチャーは譲らずに、ベッドルームポップ的なインディポップを作った結果、といったところだろうか。

 セルフリミックスバージョンは、タンバリンとドラムのブラシ奏法が印象的なアレンジに。彼の手にかかれば、アウトロのバンジョーソロも東洋音楽の響きをもつ。ポピュラー音楽の震源地であるアメリカ音楽のすべての起源は、バンジョーやフィドルを使ったブルーグラス/カントリーにある。私の拡大解釈にすぎないが、現代韓国のダンスミュージックと過去のポンチャックの接続を試みた250が、初期アメリカ音楽のアイデンティティと、そのアメリカ文化から多分に影響を受けてきた最新のK-POPの距離感を意識していても全く不思議ではないのではないだろうか。ちなみにリミックスバージョンのMVのロケ地は名古屋。


OMG (Pro. FRNK)

 「OMG」は、同じくFRNKがプロデュースした「Cookie」の延長のようなナンバー。細かく鳴るハイハットやシンセのサウンドからして、Bruno Mars「That’s What I Like」に似た印象を受ける。比較として、「That’s What I Like」のインストに「OMG」のボーカルを乗せた簡単なマッシュアップをつくったので是非聴いていただきたい。

 というのも、「That’s What I Like」の制作を担当したプロデューサー集団The Stereotypesは、NCT 127やTWICEのプロデュースも担当する、K-POPにおけるR&Bの旗手でもあるのだ。

 話を戻すと、プリコーラスやブリッジで鳴るカウベルに耳を向けると2ステップやマイアミベースのようにも感じられ、曲の構成もとよりサウンドメイキング自体もジャンルを横断した複雑なものである。そういった意味では、NewJeansとしては珍しい、多層的なジャンルブレンディングやマキシマリズムが特徴的な“K-POP”らしい楽曲と言えるのかもしれない。

 FRNKのリミックス版は、スレイベル(しゃんしゃん鳴る手持ちベル)とオルガンが加わることでクリスマスの様相を見せる。お決まりのボーカルチョップも至る箇所で挿入されている。


Ditto (Prod. 250)

 2020年代のベストソングとして呼び声が高い「Ditto」のリリースは衝撃的だった。アイドルソングとして、K-POPソングとして、そしてそのどちらの前置きも不適切になるほどのクオリティに圧倒され、この曲でNewJeansに出会った人も多いだろう。

 「Ditto」のベースとなるボルチモアクラブは、ボルチモアで生まれたブレイクビーツの要素を含むビートパターンで、一般的にはジャージークラブの派生ジャンルとされている。キックを5つ打つのが最大の特徴で、1993年にリリースされたTAPP「Dikkontrol」のヒットがひとつのビーコンになっている。中でも、Lyn Collins「Think (About It)」のドラムパターンやそれに近いドラムをサンプルしてロープさせる手法は同ジャンルにおいて定石になっており、「Ditto」にももれなく当てはまる。Rod Lee「Dance My Pain Away」は、むしろその骨格だけでトラックを成り立たせているため例として最適。

 同曲がリリースされた2022年は、世界的に見てもジャージークラブの年であった。「Ditto」、PinkPantheress「Boy’s a Liar」、Lil Uzi Vert「Just Wanna Rock」はどれも2022年末のリリース。その中も特に「Ditto」は独特の質感を有していて、単なるポップソングとして以上にオーディエンスを引き込む力をもっている。

 この曲はヘインのハミングで始まり、ヘインのハミングで終わる。彼女のハミングこそがこの曲の聴きどころであり、サビであると言っても大袈裟な表現ではない。パフォーマンスのコレオグラフは、イントロとアウトロでメンバーは夢から醒め、また夢に戻っていく(この“夢”や“幻想”の機能のついては、本編の第1章で詳しく書いている)。この夢の儚さを声で表現できるのはおそらくメンバーの中でヘインしかおらず、レコーディング時にボーカルディレクションを担当しているミン・ヒジンも同じ思いであっただろう。NewJeansのメンバーは、5人の一つの統一されたスタイルのボーカルスキルを持っているが、もちろんそれぞれの声に個性があり、役割がある。そしてボーカリストとしてのNewJeansの根幹を成しているのはヘインだというのが、私の持論だ。最年少でありながら大人びた声色と雰囲気をもち、NewJeansのコンセプトである儚さを最も演出できるのがヘイン。思い返せば「Attention」の歌い出しもヘインだったように、彼女がボーカルの基礎になっている。

 250のリミックスバージョンは、“引き算の美学”の結晶のようなアレンジ。カスタネット、クラップ、そして打ち込みかレコーディングか判断ができないほどに機械的なストロークのアコースティックギターの三本柱。最後のサビに向かって、オリジナル通りのベースとハイハットが追加され、そのままエンディングを迎えるアレンジはさすがに憎い。


New Jeans (Prod. FRNK)

 Y2Kと言えば2ステップ/UKガラージであり、クラブミュージックも得意とするFRNKが「New Jeans」をプロデュース。UKシーンではCraig David、日本シーンではm-floなどを代表アーティストとして2000年代初頭に広がった2ステップ/UKGは、現在単なるリバイバルにとどまらずジャンル全体の再評価の波が来ている(気がする)。最近も、XGがm-flo「prism」をサンプルした「IYKYK」をリリースしたばかりだ。

 「New Jeans」が収録されているEP『Get Up』では、6曲中4曲にErika de Casierというデンマークのアーティストがライティングに携わっている。彼女は、そのグローバルな生い立ちを体現するように、90年代のR&Bをベースに、2ステップをはじめとしたクラブミュージックやアンビエントなどの要素を軽いフットワークで混ぜ合わせ、大義のオルタナティブR&Bとして最終的にパッケージするアーティスト性で知られる。2022年にリリースしたMura Masaとの楽曲「e-motions」を一聴すれば、「New Jeans」は彼女のアイデアと才能によるところが大きいのはすぐにわかるだろう。

 コーラスに入ると、ビートは「Ditto」に続く2曲目のジャージークラブにスイッチ。『Get Up』はこういった感じで全体的にジャージークラブが基盤を成している。

 パワー・パフ・ガールズとコラボしたビビッドなMVは強烈。本編第5章でも少し触れたが、付け加えることがあるとすればSpice Girlsとの類似性だ。2ステップ/UKGというY2Kのメインイベントとパワー・パフ・ガールズのアイコン性を通過して、「New Jeans」はUK最大のガールズグループへのオマージュを捧げる曲にもなっている。


Super Shy (Pro. Frankie Scoca)

 「Ditto」と並んでNewJeansのベストソングと称され、あのThe Weekndまでも唸らせた「Super Shy」。彼女らのオリジナル楽曲で唯一、250やFRNKではなくニューヨークのプロデューサーFrankie Scocaが制作を担当している。

 イントロから最初のコーラスにかけては「New Jeans」と同じく2ステップ/UKGのトラックだが、一般的に2ステップよりもテンポの速いジャンル、ドラムンベースの要素も入ってくる。ファーストヴァースではキックの位置が変わり、ジャージークラブ/ボルチモア・クラブへとスムーズに変化する。3度目のコーラスの頭(ダニエルのパート)は、2小節丸々バックトラックが全ミュートされ、目まぐるしい展開の中に緩急がつく。その後、ボーカルチョップ、シンセ、ベースが順々にジャージークラブの5つ打ちに合わせるように短くカットされ、最高潮を迎えたまま歯切れよくトラックが終わる。この曲は「New Jeans」と同じくErika de Casierがライティングに関わっており、「Super Shy」のようなLo-Fi的(ベッドルーム的)なブレイクビーツのトラックは、彼女はすでに2019年にリリースしていた。おそらくこのあたりの楽曲を聴いて彼女にアプローチしたミン・ヒジンおよび作曲チームの先見性の高さが伺える。

 2024年7月、シカゴのラッパーcupcakKeが、「Super Shy」のアイデアをそっくりそのまま流用したナンバー「Dementia」をリリースした。これを聴いてからだとさらに、「Super Shy」のビジュアルを含めたコンセプト力の高さを実感できるだろう。


ETA (Pro. 250)

有名配信者のJasonが曲に合わせて狂喜乱舞する動画がバズったことをきっかけに、リリースから1年以上経てヴァイラルヒットした「ETA」は、NewJeansにさらなるリスナーをもたらしたことだろう。そのヴァイラルヒットを追いかけるように、2024年11月に東京のBoiler Roomで「ETA」のリミックスが流れ、オーディエンスが熱狂したのも記憶に新しい。

 この曲は、「Ditto」で例に挙げたLyn Collins「Think (About It)」のドラムをそのままサンプルしたジャージークラブ。ここだけ切り取ると「Ditto」や「Super Shy」の焼き直しのように聞こえるが、細かな差別化が施されている。以下の2枚の画像は、「ETA」で使われている2種類のキックのパターンを簡単に図式化したものである。この2種類をトラックの構成ごとに入れ替えることでグルーヴの波が生まれて、我々は無意識のうちに飽きずにこの差異を楽しんでいる。

 キックよりも耳に残るのが、安っぽく鳴り響く(ここでの“安っぽい”は良い意味)ホーンセクション。このホーンはボルチモア・クラブや、ブラジルのダンスミュージックのバイレ・ファンキでのホーンと同じ使われ方をしている。ボルチモア・クラブのDJ/プロデュサーのDebonair Samir「Samir’s Theme」やM.I.A.「Bucky Done Gun」を一聴すればわかりやすい。どちらのジャンルもダンスミュージックであり、Jasonのように「ETA」をパーティ/レイヴソングとして聴くのは筋が通っている。


Cool With You (Prod. FRNK)

 「New Jeans」 とほぼ同じメンバーで制作された「Cool With You」。フックの”cool with you”は音とメロディがハマっただけで深い意味はないとErika de Casierが明かしているように、デモ感覚でラフに作ったものを韓国のNewJeansチームが楽曲として完成させたようだ。「New Jeans」が陽の2ステップであれば、こちらの「Cool With You」は陰の2ステップ。BTSのメンバー、Jung Kookも2023年夏に「Seven」をリリースしており、K-POPオーディエンスは至る所で2ステップを耳にしていた。


Get Up (Pro. 250)

 わずか36秒の「Get Up」は、EP『Get Up』のインタールード的な役割を果たしている。ミン・ヒジンのLo-Fi嗜好を250が見事に汲み取ったトラックになっている。この曲の作曲にはオーストラリアのR&Bデュオfreekind.が関わっており、彼らはFRNKと共に、BTSのメンバー、Vの「Slow Dancing」をプロデュースしている。そして「Slow Dancing」のMVのプロデュースを務めたのがミン・ヒジンという、NewJeansチームのサイドプロジェクトのようなものだ。「Get Up」はサウンド的には現代的なR&Bで、freekind.「Same Love」をはじめ、H.E.R.「Focus」やTinashe「C’est La Vie」などがそれに近い。


ASAP (Pro. 250)

 『Get Up』を締めくくる「ASAP」は、ある意味で最もエキセントリックなトラック。Erika de Casierに加えて、ノルウェーの電子音楽デュオSmerzのCatharina StoltenbergとHenriette Motzfeldtが作曲に参加している。彼女らの得意とするグリッチ(デジタル装置のエラーやノイズなど、一般的なポップスには使われないような音を取り込む手法またはその電子音楽ジャンル)がミニマルなポップに演出されている。これでアイドルソングとして成り立っていることが驚きだ。この曲は、2023年のシカゴでのロラパルーザ、日本でのサマーソニック、2024年の東京ドームのすべてで最後の曲としてパフォーマンスされている。時計の音に合わせて”早くして もたもたしないで”とオーディエンスをどこか別の世界へ誘う曲、現実と虚構を行き来する曲として、これ以上のエンディング曲は無いのは確かだ(本編第3章参照)。


How Sweet (Pro. 250)

 『Get Up』を経たシングルA面「How Sweet」は250プロデュースのマイアミ・ベース。その名の通りフロリダ州マイアミで1980年代半ばに生まれた、ブレイクビーツを用いたヒップホップ文脈のベース・ミュージックの一種。Roland TR-808によるビートが同ジャンルの根幹を成している。最初期のマイアミ・ベースとしてAfrika Bambaata「Planet Rock」などが有名。同ジャンルの影響はジョージア州アトランタにも飛び火し、ローカライズされてメロディ色が強くなったサウンドを指してアトランタ・ベースを呼ぶこともある。代表曲としてはGhost Town DJs「My Boo」など。ちなみにこの「My Boo」は、Roland TR-808主体のミニマルな作り、声量を抑えたボーカル、エレクトリックピアノからしてNewJeansの大きな影響元になっている。

 「How Sweet」はストレートなマイアミベースであるが、強調したシンバル/ホワイトノイズや単調なボーカルは紛うことなきNewJeans印。その中でも一際目立つカウベルは、ここ数年のポピュラー音楽の中でもとびきり心地良い鳴り方をしているのではないだろうか。そもそもカウベルとはRoland TR-808にプリセットとして収録されている電子カウベルのことで、80年代以降のR&Bやヒップホップ、ポップスに幅広く使われている。Whitney Houston「I Wanna Dance with Somebody (Who Loves Me)」、Ella Mai「Boo’d Up」などに顕著で、ピコ太郎「PPAP」にもカウベルは使われている。

 250のカウベル愛は常軌を逸していて、2024年11月の第1回コリア・ミュージック・グランド・アワード(KGMA)で披露した「Supernatural」のアレンジではカウベルが過剰なほどに鳴っている。

 2024年7月のSBS歌謡大祭典のステージの際は、「How Sweet」のオープニングとしてテクノ風のイントロアレンジが追加された。Roland TR-808を使って同じBPMで、テクノからマイマミ・ベースへスムーズにトランジションする流れは美しく納得だった。このアレンジは、250もフェイバリットに挙げていたクラウト・ロックのパイオニアKraftwerkを彷彿とさせる。

 独特のフォントとオレンジ色を使った「How Sweet / Bubble Gum」のアートワークは、心なしかRoland TR-808の実機のデザインを彷彿とさせる。実際には、1970年代初期によく使われていたITC Avant Gardeというフォントの派生スタイルだという。添付したのは1970年に刊行されたJohn Lennonのリトグラフで、こういったところからの引用こそ、グラフィックデザイナーであるミン・ヒジンの細部へのこだわりが光る瞬間だ。


Bubble Gum (Pro. 250)

 「Ditto」が冬のナンバーならば、「Bubble Gum」は夏のナンバー。ディスコ/AORを、趣はそのままにK-POPに落とし込んだような、実はサウンドの全体像を掴みづらい楽曲。フルートを使ったディスコという点でVan McCoy「The Hustle」からの影響を指摘する声が多かったが、制作側はそれは意図していたのであれば、70年代ディスコのオーセンティシティの上に成り立った曲という聴き方もできる(250もミン・ヒジンも「The Hustle」は絶対に好きなナンバーである気がするが)。


 ディスコナンバーでも変わらずにNewJeansは彼女らなりのミニマルさを提示している。カッティングギターのエフェクトをシンプルで、弾き手が人間味を殺したような機械的な響き。セカンドヴァースに入る前の最後の1小節で、ディスコのマインドであればどうしてもドラムフィルを入れてしまいたくなる衝動を抑え、実際に鳴るのはキックとスネアの4拍のみ。縦にも横にもサウンドに余白を残そうとする250のディレクションの真髄はこの4拍にあると思っている。コーラスは全編裏声のみで、“あの夏の日”の記憶がだんだん消えていくような脆さを演出している。タイトルの“Bubble Gum(フーセンガム)”にしたって、すぐに壊れる刹那の青春のメタファーだ(本編第2章参照)。

Supernatural (Pro. 250)

 日本デビューシングルA面の「Supernatural」は、ゴリゴリのニュー・ジャック・スイング(以下NJS)。NJSとは80年代後半から90年代にかけて、アメリカ東海岸を中心に爆発的に広まったR&Bのサブジャンルである。ブリブリのシンセベース、ゲートリバーブ(大きな残響と、一定ボリュームを下回ると減音または消音する処理の併用)をかけたスネア、サンプルしたオーケストラヒット(ジャン!と強く鳴るオーケストラのサウンド)を特徴とするジャンルで、80年代後半における電子楽器の普及とレコーディング環境の向上を背景に、多くのプロデューサーやアーティストがNJSをすぐさま取り入れ一大ブームとなった。多くの場合Roland TR-808のドラムも取り入れられる。Bruno Mars「Finesse」で初めてNJSという名前を知った人も多いだろう。

 NJSの起源は諸説あるが、Keith Sweat「I Want Her」やJanet Jackson「Nasty」「When I Think Of You」などが黎明期の楽曲としてある。NJSを象徴するファッションはとにかくカラフルで、当時のヒップホップのストリートカルチャーと絶妙な距離感を保つように、カジュアルでありながらもジャケットを着たり髪をバッチリ整えたりと、アイコニックなスタイルが共有されていた。NJS時代のファッションは日本の若者にも影響を与え、「Every Little Step」などのヒット曲を連発したBobby Brownがアイドル視されたほどだ。彼のシグネチャーの“ランニングマン”はNJSのダンスの定番となり、「Supernatural」のパフォーマンスにももちろん取り入れられている。

 NJSでは日本のR&BのみならずJ-POPにおいても大きな役割を果たしていた。アメリカのNJSの隆盛に合わせ、久保田利伸を中心にDA PUMPやZOOらが日本にもNJSを持ち込み、日本独自のブームが形成された。この流れの影響として、SPEEDやMAXなどの90年代のアイドルグループはNJSをまずサウンドの基本とすることになる。

 本国アメリカでは、90年代に入るとブラックミュージックの最先端はR&Bから東西のヒップホップに取って代わられ、NJSは急速に勢いを失う。時代を丸ごと飲み込んだジャンルだったからこそ、新しい世代からNJSは前時代的なダサい音楽として見放されることになる。日本ローカルにおいては、NJSの栄衰はバブル景気の顛末とちょうど重なる。日本のNJSは未曾有の好景気のサウンドトラックとして、バブルが弾ける頃までは国民の心と身体を踊らせていた。以降、世界的にNJSは息を潜めていく。

 同時期、日本の隣国である韓国では、初のアイドルグループ消防車がデビューしたり、ソウル五輪が開催されたりするなど、文化的も経済的にも好調を見せていた。そのロールモデルには間違いなく、当時バブル景気の渦中の日本と、大国アメリカの姿があった。韓国の人々の目には、世界トップの経済大国であった日米の輝きをNJSが表現していたように見えたのではないだろうか。数年すると日本のバブルは弾け、韓国は経済危機に陥るだが。

 こういった文脈も踏まえて、ミン・ヒジンは「Supernatural」を日本デビューシングルに選んだはずだ。本編第6章、第7章で述べたように、彼女は韓国の文化が激動だった時代に育ち、韓日の文化交流に少なからず意識的にプロデュースに取り組んでいる。というか、むしろそれが彼女にとって自然なことなのであろう。彼女にとってNJSは、海を隔てた島国を象徴するサウンドであり、今のNewJeansが始動した原点でもある。だからこそ今度は韓国側からのアンサーとして、日本のオーディエンスに「Supernatural」を届けた。90年代以降の生まれであったも(かくいう私もそうだ)、久保田利伸やZOOの音楽を聴けば、昭和~平成期の当時の文化的な空気感が伝わってくるし、自然と日本人としての帰属意識をもってしまう。つまりNJSとは、日本人にとっての“ジーンズ”(普遍的で多くの人から長く愛されるもの)なのだ。

Right Now (Pro. FRNK)

 「Supernatural」のB面「Right Now」は、コカ・コーラとのタイアップ曲「Zero」に続く2曲目のドラムンベースのナンバー。90年代半ばにロンドンで誕生したブレイクビーツのダンスミュージックで、BPMは170前後とかなり速い。ドラムンベースと言えば、2021年に突如現れたPinkPantheressを筆頭にリバイバル中。オリジナルのドラムンベースの要素は引き継ぎつつ、ベッドルームポップ/宅録全盛期のアレンジを通過したテイストによって、往年のドラムンベースファンにも新鮮さを与えている。PinkPantheressは21世紀生まれでドラムンベースをリアルタイムで経験していないが、こういった経験したことのないものに対するノスタルジーの感覚を彼女は“ニュー・ノスタルジック”と呼ぶ。それはNewJeansのコンセプトと重なるし、韓国カルチャーのトレント“ニュートロ(ニュー・レトロ)”そのままだ。だからこそNewJeansとPinkPantheressが2022年のポップシーンのトレンドセッターに躍り出たのだ。



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本論『NewJeans論』をまだお読みでない方は、ぜひそちらも併せてどうぞ。

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終わりに


終わったーーー。

そもそもこの記事2つを書こうと思ったきっかけは、ポッドキャスト『奇奇怪怪』の第72号「なぜプロセスエコノミーは強いのか」でTaitanさんが、NewJeansのことを「現代に存在する芸術で最もクリティカルなもの」と形容されていたことです。言い過ぎだろ、と思ったのですが、待てよ、確かにあの子たちははずっと芸術をやっているよな、と思ったのが始まりでした。そもそもミン・ヒジンは本来、音楽畑の人ではないのでやっぱりデザインというか、ビジュアルも含めたアートの視点から見る必要があるし、村上隆の哲学とミン・ヒジンの哲学って似てるんじゃないかなってところから、NewJeansとアートについて改めて調べ直しました。

本論の「はじめに」で言い訳のように触れてますけど、何かある度にツイッターなりインスタのリールなりで、元ネタが何だとか、考察がどうだとかが一瞬で流れてきて、自分の考えを持つ時間だったり自分の調べる時間っていうのが今は確保できないじゃないですか。デビューして以降のNewJeansも、私の場合はずっとそうです。巷が「SPEEDだ」って言っているのを目にしてから、あ、そうかSPEED聴き返してみよう、あ、たしかにSPEEDだ、みたいな感じです。もちろん自分だけのやり方で楽しんだり、解釈したり、調べたりする機会もありますけど、これを書くにあたって、どこまでが“自分”の文章なのか、明確にするのは無理でしたね。

本論の全10章から成る構成は、ほぼ行き当たりばったりで設定しました。というかタイトルは、伏見俊さんの『スピッツ論』のアイデアをそのまま流用させていただきました。構成は、第5章にちょっと名残がありますけど、「有機と無機」みたいに全部二項対立にしようと思ったんです。第1章を「現実と虚構」にするみたいなね。そもそもNewJeansが二項対立を意識させるグループだと思ってますし、私もあらゆる物事をいったん二項対立で考えることが好きなのでそれでやろうと思ったんですけど、第10章までいくと一貫性がなくなっていったので、柔軟な構成にしました。物書きさんはすごい。

あと個人的に心残りなのは、どうしても楽曲によって、テーマによって文章量が変わってしまうというか、自分自身まだ咀嚼できない部分がバレバレなところですかね。たとえば、「Attention」はデビュー曲ですし、制作側もいろんなことを意図しているはずなのでこちらも書きやすいですけど、「Right Now」とかは「初動のトレンドから一歩遅れての高クオリティの正統派ドラムンベース」でしかないじゃないですか。同じ“楽曲解説/レビュー”なんだけど、こっちが使う道具(武器?引き出し?)は使いわけなきゃいけないんだよなーと、当たり前のことを思い出しましたね。

ちなみに、今回この記事を書くにあたって、事前準備として“NewJeans”について書かれているブログや記事をたくさん読んだのですが、途中でnavy navyさんという方が『NewJeans論』に近い、鋭い記事を書かれていることに気づいて、、、。出鼻を挫かれたようだったので、私はまだ目次しか読めていませんが、一緒にシェアしておきます。この記事が論文だったら「先行研究の調査が足りん!」と怒られるかもしれないですけど、ブログなんでね、これは。大目に見てください、、、

ぐちぐち言ってもしょうがないんで、ちょうどNewJeansもいろんな意味で一区切りつきそうですし、良いタイミングでの総括記事になったんじゃないでしょうか!!!!ミン・ヒジンさん大好きです!!!!

ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。






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Masaaki Ito
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