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【一曲入魂】#12. また逢う日まで - 尾崎紀世彦
『NewJeans論』で新しくフォローしてくれた方、ありがとうございます。K-POPなんて全然関係ない、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」についての記事ですけど許してくださいね。
私は本当に日本の音楽を聴きません。
小学校4年生くらいまでは、Mステをリアルタイムで1周観て、週末に録画をもう1,2周し、他音楽番組もできる限りチェック、新旧問わず気に入った曲があれば家のパソコンを借りて調べる、みたいな生活はしてました。おかげでMステ恒例だった「みんなが選ぶ春/夏/冬うたベスト100」みたいな企画は、毎年結果が大きく変わるわけでもないので、トップ10くらいは大体覚えてて予想できる、みたいな感じでした。日本で最もCDを売っているのはB'zで8200万枚、みたいなランキングも記憶にありますね。
話が膨らんでしまいましたが、そこからめっきり日本の音楽は聴かなくなりました。いろいろ理由はありますけど、私の世代は中学生に上がる前くらいにLDHだったりAKB 48だったりが全盛を迎えていた記憶があって、テレビ番組もそういったアーティストがフィーチャーするようになって、「もう日本の音楽いいや」となってしまいました。
あと、単純に「俺には日本人的感性は無ぇ!」っていう逆張りのアイデンティティは確実にありました。そこで培ってしまった北米音楽史上主義というか、アンチ日本文化の感性を取り払うのに、何年もかかっています。
しかしここ最近は、開き直って、というか素直に、日本への帰属意識だったり、どうやっても拭いきれない(拭う必要のない)日本人的な文化感性に向き合えるようになってきた気がします。加齢に伴う変化もあるでしょうし、「自分はどこから来たのか」と問い直すような諸作品に触れて感動することが増えたのも理由でしょう。ビヨンセの新作とか、Charli xcxの新作とか。あともちろん(?)NewJeansもそうです。ミン・ヒジンの韓国人/アジア人プロデューサーとしての姿勢だったり、250(イオゴン)のポンチャックへの向き合い方だったり。
だいぶ話が逸れましたが、この歳になって平成や昭和のいわゆる日本の名曲を聴いてみると、「うわこの曲ってこんなに良い音鳴ってたの?!」とか、「この年でこの曲つくってたとか北米よりも早いじゃん!」みたいな発見がたくさんあるわけです。
もちろんそういったレアグルーヴ的な、懐古主義的な日本のクラシック楽曲の再訪はたまにしてきましたけど、日本人としての「誇り」は意識してきませんでした。「聴いて!これが日本人の文化で、自慢なんだよ!」と心が動くリスニングができるようになったのは、ほんと最近のことです。
その最たる例が、「また逢う日まで」。いやまぁ、このもみあげに「誇り」はないですけど、楽曲は涙が出るほど素晴らしい。日本のポピュラー音楽に疎い私でも巨匠として存じ上げている阿久悠と筒美京平の最強コンビ。日本語特有の歌詞の含みだったり、パワフルで美しいメロディライン、そして何よりも豪勢な編曲がたまりません。
同曲がリリースされた1971年と言えば、私の中では完全にニューソウルとファンクの年。『What's Going On』と『Maggot Brain』ですね。
「また逢う日まで」を一旦ソウル(リズム&ブルース)の延長の歌謡曲とすると、もう1971年の時点で「完成」されてません?当時の日本のテレビの普及率、文化産業としての歌謡っていうものはデータで見てもイマイチ空気感が掴みづらいところですが、それにしても色んな意味で芳醇な時代だったのかなと、少なくともこの曲からは感じますね。これは主に編曲についてのこと。
歌詞ももちろん文句ないです。
二人でドアを閉めて
二人で名前消して
その時心は何かを話すだろう
別れの前の最後の共同作業。いいですねー。でも私が推したいのは3行目。「何かを話すだろう」って、そのままの意味に受け取れば、「ついに別れの時が訪れた瞬間、私たちはどんな気持ちになるんだろうか」って疑問の現れなんですけど、そういうことでもないですよね。尾崎紀世彦(阿久悠)は、二人の共同作業が終わった瞬間にどんな気持ちになるか、端からわかってますよね、これ。でもその感情を今は感じたくないから、わからないことにして蓋をしている。理性で感情に蓋をしてるわけですよ。そして名前を消し終わった瞬間に、彼の理性は負け、「心」が本当の感情を語るんです。だから彼は、この別れでどんな気持ちになって、でもそれを今この瞬間はまだ隠しておくべきで、でも最後に正直になるときが来るって、全部わかった上で「別れの儀式」を粛々と行ってる。そこに、「男」(あえて「男」と書きます)の強さと、弱さと、演技の魅力が詰まってると思います。
ブリッジ(ミドルエイト)が無いのもいいですよね。そんな遠回りしてクヨクヨしてたら綺麗に別れられなくなってしまいますから。
いやー、素晴らしい。無理のない程度で、こうやって日本の音楽に少しずつ触れていきたい。かと言って海外メディアや英語圏のレビューサイトで日本の名曲について調べると、はっぴいえんどとフィッシュマンズ至上主義と隣り合わせになってしまうので、結局のところコツコツ自分で好きなように聴くのがいいのでしょう。
いい加減、aiko聴きたい。聴く聴くって言って、数年は経ってる。
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