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満月ばかり見逃す

私の家から東に向かうと駅がある。
今日の朝は7時半に家を出てみた。
駅の方向に歩いてみた。
東に向いた体が、真正面から朝日を浴びている。

朝起きて学校にちゃんと通ってたころは、朝は毎日眩しくて、帰りはちょうど西陽が眩しかったのを思い出した。

駅前には、制服をきた高校生がたくさんいて、私は彼らの群れの真ん中でのそのそと歩いた。同い年だろうなって綺麗な女の子たちは、みんな年下だった。同じ制服を着ても、彼らは綺麗で、私だけダサいパジャマを着ていて、恥ずかしかった。

お腹がすいてもお金が勿体なかったから、電車も自販機もコンビニも使わずにゆっくり歩いて帰った。
帰ってからは、寝て、起きて、ご飯を食べて、また寝て、起きて、冷蔵庫を漁って、を繰り返した。
私は熱いものが食べられない。冷凍食品はいつも規定時間マイナス1分で食べる。
今日はブロッコリーがキンキンに冷たかったけど、それで十分だった。

絵が描けないと、何をすればいいか分からないので、LINEで聞いてみた。

ミュシャの展示が、いま府中でやってるから、それを見に行っておいでよ。と言われた。
行こうと思って調べたら休館日だった。

仕方がないからギターケースをひっぱりだして、エレキギターに触った。本当はアコギが欲しかった。
薄付きの埃をそっと拭って、おととい友だちに教えた曲を弾いてみることにした。
私がその歌を歌いたかった。

ベランダの大きな窓を開けていたら、トラックの音と自転車の音と、時々、踏切の音が聞こえた。
久しぶりに弾くとアルペジオが難しかった。
窓を開けて外の音を聞くと、部屋の中には最初から音がなかったことに気付いた。
もう季節は秋で、エアコンは使わないし、テレビもつけない。家族は朝、全員私が見送ったから、人影ひとつない。
時間が止まったみたいなリビングの外では、誰かが車を運転して、誰かが踏切を待っていると思うと、不思議な感じがした。
この感じを誰かに教えたかった。
スマホのマイクが壊れてるから、録音ができないけど、ビデオ機能を使うと音声も拾うことが分かった。
生活音と、エレキギターの生音と、大きなベランダから入る大きな光が撮れた。嬉しかった。
ビーズクッションに寝転びながらギターを弾いてみる。少し歌ってみる。光が差す天井を映して、聞こえる音ごと撮ってみる。
私はやっぱり自分の歌声に納得できなくて、ギターを弾くこと自体やめた。

それからは簡単に悲しくなった。どうしていいのか分からなくて、もう一度冷たいままのごはんを食べた。
今階段を降りて、自分の部屋に戻るのはダメだと思った。
仕方がないので自転車の鍵を見つけだして、家を出た。
南西に走った。美術館を目指した。
今日は閉まってても美術館に辿り着けたら嬉しかった。
その後は、府中の近くの河川敷に行こうと思った。
先月多摩川で落としちゃったピンを探そうと思った。
一目惚れで買った新品ピンクのピン留め。
家に帰ってから無くしたことに気づいた。
その日はショックで少し気が動転してしまって、泣きながらゴミ箱を漁った。30分探しまわったけど見つからなかったピンクのピン。
見つからないことが怖くて、その次の日に探しに行くことはなかった。

あれから1ヶ月も経って、今更見つかるはずもないけど、もう今は河川敷に辿り着けるだけで良かった。

16時過ぎに、家を出て、南西へ南西へ…と頭の中で繰り返してペダルを漕いだ。
昔のことを思い出した。中学一年生のことを思い出して、懐かしくなった。
ゆみちゃんと話したことを思い出した。
部活のことや、中間テストの地理のことを思い出した。
お母さんの顔を思い浮かべた。そしたら不甲斐なくてすぐに涙が出てきた。 ︎✿ちゃんの言葉を思い出した。
私をずっと苦しめている。 ︎✿ちゃんは今もずっと私を好きで、私もそうだった。今は、愛とトリガー、罪と罰!そんな感じ。

大きな道路に出て、相変わらず南西に南西に漕いでいた。
5時のサイレンが左の方で鳴った。
救急車のサイレンが右の方を通り抜けて、ふたつのサイレンの音に殴られるみたいに、私の泣く音、止まらない呼吸の音とが頭の中に響いた。
既にかなり疲れていた。たどり着けても、帰って来れないだろう。

大きな十字路で信号が赤になった。
あとどれくらい南西に進めばいいのか地図アプリを開いた。
そこで、なんだか途方もない遠出をしているような気がしてきて、本当にげんなりしてしまった。
私は少しだけ道をずれて、雑草の生い茂るガードレールのところで自転車のブレーキをかけた。
私の前を通り過ぎる人達がみんな今日の月の話をしている。
空を見上げたら大きくて白い月が光っていた。
満月とはいえない少し欠けた月をみて、私が家を出て月を見る時、月はいつもこんな形だなって思った。

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