第5回 わさびへの憧憬【朽羊歯ゾーンのWoundTube】
わさびが好きだ。
清冽な香りと他にない味。ほのかに甘味さえ感じる。あれが私は大好きだ。
しかし、辛いものが特別得意というわけではないから、困るのである。
辛くないわさびがほしい。いくらでも食べるのに。しかし、実際のわさびは辛い。たまに辛くないわさびがあっても、それはただ味が薄いだけだ。風味も何もあったもんじゃない。
それを忘れて、私は脳内に「辛くないけれど風味は豊かなわさび」を思い浮かべつつ、寿司屋で涙巻きやらわさびのりやらを注文するのだ。口に含んだ瞬間、私はその脅威を思い出す。目を見開き、足をばたつかせ、全てを恨む。いろいろあって自分の頭からメンダコの耳(正確にはヒレ)が生えているように錯覚しがちな私としては、耳が天井に向けてピンと立っている様子まで頭に浮かぶ。怒髪が天を衝くように、驚耳もまた天を衝くのだ。
今日もそうだった。立ち食い寿司(なお、椅子がある)でのことだ。
わさびが横に添えてあるタイプの10貫盛り合わせに、常識的な量のわさびを乗せつつ食べ終える。しかし、まだお腹が空いていたため、「わさびのり」「わさび入りかんぴょう巻き」を含む数貫を注文(かんぴょう巻きは貫でいいのか?)。そう、あろうことか、2種類のわさびメニューを頼んでしまったのだ。
かんぴょう巻きを口に含み、驚耳天を衝いた。目の前を睨みつけたいところだが、あいにく驚きで目を細められない。店員さんの隙をうかがい、ビールだか水だかで流し込む。一息ついて、途方に暮れる。予想の3倍辛い。
かんぴょう巻きはあと3つ。この辛さを3回も味わう勇気が必要なのか。しかも、わさびのりも残っている。まだマイルドに見えるのでかんぴょう巻きほどの恐怖はないが、かんぴょう巻き以上に辛い可能性もあると理性ではわかっている。耐えられるのか、私に。いや、耐えるしかない。味はおいしいのだ。そう、私はわさびが好きなのだ。毎回辛さを甘く見てしまうだけで。
口の中の辛さを一旦落ち着かせるために、一緒に頼んでいたイカをつまみあげる。まろやかな甘さが口の中に広がる。そして、
大将、謀ったな!!!!!
声には出さず、私は叫んだ。あろうことか、イカにもわさびが入っていたのだ。10貫盛り合わせでは別添だったというのに。甘い味だけを期待していたのに。
いや、冷静に考えればわかる。大将の推理はこうだ。
わさび入りの寿司を2つも注文するお客さんが、わさび嫌いなわけがない。しかし、10貫盛り合わせの寿司下駄にわさびが残っているところを見ると、たくさん使うわけでもない。
お客さんは、わさびが残っている盛り合わせの寿司下駄を、手元に寄せて食べていた。自分の位置からは直接置けないから、新しい寿司下駄に乗せた方がいい。
わさびを寿司下駄に置いたら、さっきと同じように余ってしまうだろう。少なめに置いたら、逆に足りない可能性もある。しかし、わさびなしというわけにもいかない。それなら、最初からわさびを入れて握ろう。
きっとこう考えたに違いない。謀ったどころか、気遣いだ。私ではここまで頭は回らない。
しかし、今回ばかりは裏目に出た。私が「わさび好きだが辛さに強いわけではない」という特殊な人間だったばっかりに。
他の寿司ネタを小さくめくって、ため息。わさびが入っている。
私は覚悟を決め、足をばたつかせるのをやめた。大将の気遣いに応えねばなるまい。今日はわさびに強いふりをする。
幸い、今日は金銭的チートデーだ。寿司とは別におつまみも頼んでいる。それをつまみながらなら、なんとか保つだろう。
結局、口の端に入れて少しずつ飲み込んだり、最初のかんぴょう巻きに特別わさびが固まっていただけだったりということがあり、ある程度おいしくいただくことができた。
しかし、だからこそ、わさびへの憧憬は募るばかりである。
ああ、わさびを山ほど食べたい。でも、それができるのは、辛みに強い一握りの人間だけ。
心の中で理想化された辛くないわさびに、私は一生憧れ続けるのだろう。
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