究極の六倍 / Ultimate sextuplex
読みかけの本が、二つある。
一つは、倉阪鬼一郎『薔薇の家、晩夏の夢』。以前読んだものを読み返している。暗号は芸術だ、と書かれていて、いたく感動したのは確かこの本だったはずだ。
この本に出てくる暗号は、文章をそれとなく伝えるというよりも、「作品」として完成されている。独自の美意識を持って文に二重の意味を重ねるという意味では、むしろ和歌で使われる掛詞に似ているかもしれない。
私も同じ、と言うのはおこがましいが、暗号を「謎」ではなく「作品」として作りたいという気持ちはずっと持っていた。
もう一つは、平山夢明『DINER』。殺し屋専門の食堂が舞台の、ハードでダークな作品だ。数日間は食欲が湧かなくなるようなエピソードが平気で出てくるのにも関わらず、作中の食事の描写が非常に食欲をそそる。平均すれば食欲が平常になるという仕掛けかもしれない。
特に私がそそられたのが、「究極の六倍」と書いて「Ultimate sextuplex」とふりがなが振られた、六種類の肉を使ったハンバーガー。合い挽き肉ではなく、パティが6枚あるのだ。「電話帳よりも分厚い」そうだ。
さて。
なぜそんなことを思ったのかは忘れたが、ふと「一つの暗号文に複数の答えを忍ばせられないか」と考えた。
もちろん、暗号の本質である、敵に知られないようメッセージを送るという行為とはあまり関係がない。必要ないからだ。暗号パズルだとしても、特殊な演出をする場合を除き、意味があるようには思えない。
ただ、暗号を「作品」として捉えた場合、これは新しい技法の探求につながるのではないか。
そう考えたとき、「究極の六倍」のことが頭をよぎった。
私も、六種類の暗号を、一つの暗号文に入れてみようじゃないか。
そして出来上がったのが、下の画像である。
一つ一つの暗号自体にひねりはない。見たことのある技法をほぼそのまま使ったことをお断りしておく(謎解きの文脈でよく使われているかについて自信はないが)。
しかし、それでいてなお、自信作である。
文章が一つ、単語が六つ(「○○と××」という答えが一つあるからだ)現れる。
美味しく召し上がっていただければ何よりだ。
【2023/12/2 15:44追記】
スマホで見たところ、メインの問題文が非常に見づらかったので、問題文を拡大したバージョンを貼っておく。
スクロールの勢い余って答えを見てしまうのを防ぐために、写真を一枚貼っておく。
もっとも、「パズル」ではなく「作品」として作っているので、解かずに答えを見ていただくのも大歓迎だ。
~解答編~
さて、解答編である。いくつおわかりになっただろうか。
使われた暗号は六種類である。
たぬき暗号
縦読み(今回の場合は、斜め読み)
モールス信号
漢字をピックアップして読む
回転グリル式暗号
パイエム
一つずつ解説していく。
【1.たぬき暗号】
特定の文字を抜く暗号だ。文章の間に大量の「た」が挟まっていて、最後に「たぬき」と書いてあるものが有名(もちろん、「たぬき」を「た抜き」とみなし、「た」を抜いて読むのである)。ミニマルなものでは、「たぬきのたからばこってなーんだ?(A.空箱)」という例もある。
「たぬき暗号」が正式な名前かはわからないが、個人的にはそう呼んでいる。
今回の場合、「居抜き」を「イ抜き」、「内部」を「無いブ」とみなし、「イ」「ブ」の二文字を抜いてほしい。もちろん、「クリスマスイブ」から選んだ二文字だ。
答えの文章は、
「アサ三ホンホドクリボン食ベルノハステキナパンケーキナノヨチョットユキガ解ケルマデカカルワヨヤク取リレンパクホールダワパパント中ミテダンスダト言ウロビー(朝三本ほどくリボン。食べるのは素敵なパンケーキなのよ。ちょっと雪が解けるまでかかるわ。予約取り連泊。ホールだわ。パパンと中見てダンスだと言うロビー)」
である。少し不自然だが、クリスマスイブにホテルに泊まったら、大雪で次の日も泊まることになった小さな女の子の様子を描いたつもりだ。「パパ」ではなく「パパン」と呼ぶようなお嬢様である。
【2.縦読み】
これは説明が簡単だ。左上から斜めに読んでいくだけで、「アドベントカレンダー」が見つかる。
【3.モールス信号】
たぬき暗号の説明のときに、「イ」「ブ」の2文字を使ったことを述べた。この2文字を消さずに取り出し、「イ」を「-」、「ブ」を「・」として読むと、モールス信号が現れる。
これを復号(欧文の表を使う)すると、「SILENT NIGHT」つまり「きよしこの夜」が浮かび上がってくるはずだ。
【4.漢字をピックアップして読む】
技法の名称がわからなかったのだが、漢字だけをピックアップして読むと意味が通るようにしてある。漢字の読み方は、文中の読み方と同じだ。
「三」「食(べる)」「解(ける)」「取(り)」「中」「言(う)」。
繋げて読むと「さんたととなかい(サンタとトナカイ)」が浮かび上がる。
【5.回転グリル式暗号】
正方形の方眼上に敷き詰められた文字の上から、同じ大きさの穴の開いた紙(今回は図の右側にある黒いもの)を重ね、穴から文字を読み取ったら90度回転させる。それを4回繰り返して一周させるという技法だ。
紙を重ねて回転させればいいと思っていたのだが、この記事を書くために調べたところ、一回転する間に全てのマスの文字を過不足なく読み取れるようにできているのが普通らしい。むしろ、それが定義に含まれているような記述も見かけた。私の作ったものは、厳密には回転グリル式暗号ではないようだ。
ともかく、重ねて回転させれば、また一つ答えが浮かび上がる。制作時のミスで、紙ではなく問題文側を回転させる必要が生まれてしまったが(そのため「問題文 反時計」と但し書きをした)、それで「クリスマスケーキ」が出てくるはずだ。一度回すごとに二文字が出てくるが、横書きの文章を読むのと同じ順番(左上から右下へ)でメモすれば上手くいくだろう。
【6.パイエム】
これも暗号としての名称ではないだろうが、他に適切な呼び名がわからないので、そう呼ばせてもらう。
パイエムというのは、円周率の覚え方の一種だ。
上の英文を見ると、単語の文字数が3・1・4・1・5・9・2……となっており、円周率の数値と対応している。このように、円周率を覚えるために文字数を調整した文章を、「π」と「ポエム」で「パイエム」と呼ぶのだ。英語圏では一般的な方法らしい。
今回の文章も、パイエムに倣って文字数を調整してある。
たぬき暗号の解答はこうだった。
アサ三ホンホドクリボン
食ベルノハステキナパンケーキナノヨ
チョットユキガ解ケルマデカカルワ
ヨヤク取リレンパク
ホールダワ
パパント中ミテダンスダト言ウロビー
抜いた「イブ」を戻し、各行の文字数を付け加えると、
アブブブサ三ブブホンホドクリブイブブボン(20)
食ブベルノイブハステキナパンケイーキナノヨ(21)
チョットユキイブガ解ケルマデカカルワ(18)
ヨヤブブク取リレンパク(11)
ホールダワ(5)
パパント中ミテダイイブンスダト言ブブブブウロイビー(25)
となる。
この文字数が何を表すかというと、アルファベットだ。Aは1、Bは2……といった具合に、今度はアルファベットと数字を対応させる。
すると、「20・21・18・11・5・25」は、「TURKEY(七面鳥)」となる。
以上で、私なりの「究極の六倍」は終了だ。
まとめると、答えは
朝三本ほどくリボン。食べるのは素敵なパンケーキなのよ。ちょっと雪が解けるまでかかるわ。予約取り連泊。ホールだわ。パパンと中見てダンスだと言うロビー。
アドベントカレンダー
SILENT NIGHT
サンタとトナカイ
クリスマスケーキ
TURKEY
となる。
それでは、良いクリスマス休暇をお過ごしください。