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みなとの日常物語 2 -Webライター

※この文章はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

わたしは東条優希、横浜に暮らすごくごく普通の会社員。以前は昼休みにオフィスを抜けて職場近くの店屋を開拓して回っていたが、最近はテレワークで自宅にいることが増えたため近所の店の開拓をするようになった。自宅から駅へと伸びる大通りは今まで何度も通ってきたが、会社と自宅を往復していた時には気づかなかった場所に気づくようになった。駅周辺や大通り沿いはチェーン店が目立つが、路地を一本入ると景色はガラッと変わる。アンティーク調の内装が心惹かれる喫茶店、雑居ビルの2階にあるカウンターだけのバー、古びた家屋のような外観のうなぎ屋にとんかつ屋、いつ前を通っても閉まっている居酒屋。今はご時世柄か閉まっているお店も多いが、ランチタイムだけでも営業する店もちらほら見かける。
店の開拓は、歩き回って探すこともあれば、ネット検索で良さげな店を探すことも多い。インターネットで検索するとグルメサイトがすぐに引っかかる。色んなユーザーがクチコミ評価をしており点数も出ているが、本当は大して美味しくない店でもサクラが点数を上げているケースもあるため、必ずしも信用できる数値ではない。クチコミの件数や点数の分布を見ながらいい塩梅の店を探す必要があるのは少し手間に感じる。グルメサイト以外にもWeb記事を参考にして開拓することもある。個人の感想に寄ってこそいるが、食事の味はもちろん店の景観やサービスまで細かく記されていることもあり、店のイメージが具体的につかみやすいと感じている。今日のランチはたまたま検索に引っかかったWeb記事に書かれていた店に行ってみようと思っている。

わたしは中山将吾。しがないライターをしている。職業はライターだと名乗ってはいるものの、まだ端くれのようなものだ。案件紹介サイトにいくつか登録し、報酬がいい案件を中心に選んで納品している。食材や飲食店のレビュー、アプリゲームの紹介や攻略サイトなどが多いが、時々栄養剤や新薬のレビューもある。きっと羽振りのいい業界なのだろう。栄養剤などは起稿に先立ちサンプルをもらうのだが、本当に安全なのかと気になることもある。しかし、生きるためには仕事を選んではいられない。単価が高い案件のためには多少の努力やリスクをともなう物なのだろうと考えることにしている。そして、こういった仕事は未署名なことが多い。ネットニュースなど署名ありの記事を手掛けられるようになれば、名前が売れてバイネームで仕事の受注につながるかもしれないが、知名度の低いわたしがありつけるような仕事ではない。最近は、少しでも新たな仕事につながる機会になるようにと、案件の合間を縫って自分のブログ内で情報の発信をするように心がけている。日々の生活の中で感じる様々なことをネタにしているが、今のところ成果が出ているとはなかなか感じられない。原因は「わたしといえばこれだ」というネタがないからだろう。今まで様々な物に手を出してブログに投稿してきたが、私はこれだ!と言える専門的な領域を持っていないため、自分でもいまいちピンと来ていない。自分らしさを見せられる領域とは何なのか、日々悩んでいる。

わたしはこれまで何ら不自由のない生活をしてきたと感じる。その時々で流されるがままに生きてきたとも言えるかもしれない。小学生も中学生も、義務教育で当たり前のように用意されていた公立校で過ごした。高校も周りが受験する流れに乗り、ほどほどに近い公立高校に進学した。小学校や中学校からの友達も多く、ほどほどに楽しい高校生活を送ってきた。特にやりたいことがあったわけでもないが、周りに大学へ進学する人が多かったのでわたしも大学受験をすることに決めた。ほどほどの成績を残していたので、大学は推薦で決めることができた。大学に入ってからも、サークル・バイトが中心の平凡な生活をしていた。そして就職活動がはじまり、内定獲得のためだけの心にもない問答を繰り返す中で、わたしはこの活動を続けることが嫌になり、企業には務めずフリーランスとして働き始めることを決意した。自分の人生でもはじめて、周りの流れに逆らった行動を取ったかもしれない。
しかし、フリーランスで稼ぎのいい求人はだいたいスキルが求められる仕事だった。これまで大したスキルを得てはこなかったものの、ライターであれば自分にも問題なくできるであろうと考え、卒業を前にしてフリーランスのライターとして活動をはじめた。今思えば当時のわたしはなめ腐った気持ちだったなと感じている。初めはバイトの延長レベルの感覚と稼ぎだったが、いざ大卒のサラリーマン相当の稼ぎを得ようとすると簡単ではなく、生半可な仕事ではなかったのだと徐々に痛感した。本気で稼ぐことの難しさを知った。これまでの人生で強く熱中した物がなかったというのも、わたしがライターとして活動するうえでは悩みの種である。ライターとひと括りに言ってもそれぞれ得意な領域があるが、わたしにはそう呼べるものがない。自分のブログも更新して何かを発信していこうとするのだが、発信できるネタにも限りがあり、これだというネタを提供できずにいた。

ただ、自分の人生を見つめる中で、改めて人生の大半を過ごしてきたこの横浜という街について意識するようになった。世間がイメージする横浜とは、おそらく、都会と海が一体となっているみなとみらいや、異国情緒のあふれる街並みが楽しめる中華街や山手などだろう。しかし、横浜駅周辺は東京の主要駅と比べても代り映えのない繁華街である。電車に乗って郊外に少し進めば田園風景だって存在する。みなとみらいから桜木町駅を挟んで反対側のエリアに行けば小粋な飲み屋街の野毛にたどり着く。元町などのおしゃれな商店街もあるが、横浜橋や六角橋のような庶民に愛される商店街もある。横浜と言っても場所ごとに様々な顔を見せてくれている。そして自分のこれまでを振り返ると、わたしは家族や友人など様々な人との付き合いを通じて、またいくつか経験してきたアルバイトを通じて、食、スポーツ、ファッション、娯楽など横浜を幅広い視点で見てきた。住みたい街ランキングでも上位を飾る横浜、これまで多くの記事でも魅力が描かれてきたはずだが、まだまだ知られていない、わたしならではの視点や着想というのもあるはずである。自分ならではの領域の一歩目として、わたしは自分の思い出が根付く街・横浜を改めて見つめ、ブログにつづることにした。

今日もわたしは複数の記事の締め切りを抱えていた。人気のライターみたいな言いっぷりだが、どれも日銭稼ぎのレビュー記事である。しかし、自分が本当に書きたい物は何か、そのきっかけを掴んだわたしは、締め切りの近い記事を横目に自分のブログで連載企画をはじめようとアイデアを練っていた。まだ準備の段階ではあるが、今までのやらされている感覚ばかりだった案件に比べれば、はるかに楽しく、前向きに取り組めていた。ビジネスに化けるかはまだわからない。しかし、まずはやってみること、そして続けてみることが今は一番大事なのかもしれない。そう思いながら、わたしは先ほどカフェで買ったコーヒーを片手に、運河沿いのベンチでパソコンに向き合っていた。

ランチで訪れた洋食店はなかなかにおいしかった。自分の足と目を頼りに店を探すことの方が多かったが、現代はIT社会、情報はネットの海の中にあふれている。レビューなど他人の出した評価を、あまり疑い過ぎず、もう少し参考にしてみるのも良いかもしれない。好奇心旺盛に、アンテナを広く、もう少し色んなグルメ情報を仕入れていこうと考えた。
わたしは食後の運動がてらに運河沿いの道を歩いている。燦燦と降り注ぐ太陽の光が水面に映り辺りを明るく照らす。道沿いにはベンチが並んでおり、そこには昼下がりに様々な人が腰を掛けていた。文庫本を読む人、穏やかに語り合う老夫婦、コーヒーを飲みながらパソコンの画面に向き合う人、十人十色である。外でもパソコンを開き仕事をしないといけないなんて、客先から問い合わせでも来ているのであろうか。昼休憩の時間くらいは急ぎの連絡を避けてほしい。そんなことを考えながら彼の背後を通り過ぎた。ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。画面を除くとお客様からの連絡が来ていた。わたしは足早に家路についた。テレワークでオフィス出勤からは逃れられても、お客様からの急ぎの連絡からは逃れられそうになかった。

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