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みなとの日常物語 4 -事務員

※この文章はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

わたしは東条優希、横浜に暮らすごくごく普通の会社員。長らくテレワーク生活が続いているため、オフィスに行くことはめっきりなくなった。関わっているお客様もテレワークに好意的で、おかげで悠々自適に自宅労働を謳歌している。以前は手続きがある時にはオフィスに寄らなければならなかったが、最近はシステム化が進んでおり、色々な手続きも書類の添付もシステム側で何とかできるのだ。危機に直面すると技術は大きく進化すると一般に言うが、感染症対策でDXが進むとはわたしも思っていなかった。オリンピックのテレワーク要請よりも一気に進んだのではないだろうか。

今日もいつもと変わらずテレワークの予定だが、自宅で淹れるレトルトコーヒーにいささか飽きていた。たまには気分を変えようと駅近くのカフェにやってきた。朝の駅は今でも通勤客が集まってくるが、以前に比べれば心なしか少ないようにも感じる。同じ思いの人が多いのか、カフェにも思い思いの服装の人たちで列ができていた。せわしなく腕時計を見る人、携帯電話を片手に朝から怒鳴る人、列に並ぶ人の様相は多様であった。そんな人たちの最後尾にわたしは並んだ。

わたしの名前は坂下和実。システム開発会社の事務員をしている。 エンジニアという職種の特性なのだろうか、社内には仕事に対して集中している一方で他はからっきしの人も多く、細かい雑務が事務員のわたしのもとへよく回ってきた。横入りの仕事は多くなるが、それが事務員の宿命なのだろうとなかば諦めながら日々の仕事に従事していた。手続き書類の確認や備品計画の確認をする傍らで、急な来客の応対や飲み物の手配、会議やセミナーの準備手伝い、突然の郵送物の手続きや、稟議書の本部への申請など、色んな作業の手伝いをしていた。単純にわからない事を尋ねてくる人もいれば、偉そうに依頼をしてくる人もいた。そういう高圧的な態度は今のご時世としてどうなのかとは思いつつも、仕事だからと仕方なしに依頼を受け取っていた。

しかし、最近はご時世が大幅に変わったこともあり、労働状況は一変した。事務員は仕事の特性の問題でどうしても一定の出勤が必要なこともあり、最初の緊急事態宣言が明けてからは出勤の頻度も以前までとほとんど同じになっていた。しかし、同じオフィスで務める人たちの多くはテレワークに変わったままであった。フロアからはほとんどの人が消えていた。わたしたち事務員を除けば、比較的偉い職位の人たちくらいしか社内に顔を出していなかった。オフィスは今までよりも静かになったため、仕事はかなり捗っていた。ただ、確認が必要な仕事は相手がオフィスにいないため、わざわざメールで確認する必要があった。返信が早い人ならばまだ構わないのだが、メールでの返信がなかなか返ってこない人も多い。そしてそういう人に限って書類に不備も多く、連絡が必要になることも多い。可能ならばわたしは電話を避けたい。相手が見えない状態での電話は、相手の時間を奪う感覚があるから出方を伺う必要があり、どうしても億劫に感じられる。そもそも電話に全く出てくれない人もいる。一度でさえ嫌な電話なのに、何度もかけないといけないのは悩ましい。ただそれでは仕事が終わらないので、仕方なしと電話をかけている。

オフィスではほぼ今まで通りに働かないといけないが、家事の負担は増えている。旦那や子供たちが家にいる時間が増えたことが原因だと思っている。旦那は別の会社で営業の仕事をしている。テレワークはやりづらい職種であるけれど、客先への訪問がリモート中心になり、出勤が必要な業務も交代制にすることで、組織として不必要な出勤を抑えているらしい。オンラインのみでは手間取ることも多いらしく、時間が経つにつれて出勤する頻度も増えてきたけれども、在宅ワーク推奨日が設けられるなど今まで通りまでは戻っていない。飲み会もほとんど開催されなくなり、家にいる時間は大幅に増えていた。自宅にもデスクやイスを用意して労働環境を整えるほどである。たまに早く帰れた時には、オンラインで会議している声も聞こえてくる。旦那の働いている様子が感じ取れるのも珍しい。
子供たちも当初はほとんど家にいた。学校は集団感染のリスクを抑えるために、子供たちに通学させないようにしていた。授業をオンラインで行うためにパソコンを用意させられたが、さすがに子供ふたりのためのパソコン2台をいきなり揃えるのは結構大きな出費だった。リモートでの授業は子供たちに教えるうえでは難しいらしく徐々に学校に通う事が増えてきたが、時差通学にしたり、授業時間以外は外出を控えるようになり遊びや習い事に出かけることは減ったため、家にいる時間は確実に長くなった。

他方でわたしは、周りが出勤するようになり、今まで少なくなっていた横入りの雑務が復活していた。来客対応などはご時世を鑑みて大幅に減っているが、代わりにオンライン会議での設備準備などが仕事に加わってきた。IT担当がすべての部門のIT化までは進められないので、ITから任される雑務が事務員に降りかかっていた。今まではIT備品があまり用意されていなかったので、調達から必要になるケースも多かった。システム開発会社とは言え、社内の仕組みはこれほどまでIT化されていなかったのだと知った瞬間であった。
出勤する人が増えた事で直接話して処理できる仕事が増えたのはありがたいが、オフィスに人がほとんどいなかった頃に仕事が捗った代わりに、昔と同じくらいに、もしくは少し忙しいかもしれないくらいには仕事をしていた。しかし自宅に家族がいる時間が増えた分、家事は今までよりも忙しくなっていた。今までは出先で食べていたであろう昼食も、週に何度かは考えて用意しておかなければいけない。途中でお腹が空いた時のための間食や飲み物も考える必要が出てきた。普段ならみんなが帰ってくる前に時間を見てやっていた掃除や洗濯も、時間を見つけてうまくやりくりしないといけなかった。旦那が家にいることも増えているが、仕事で忙しいことも多いためあまり家事は期待できない。いつまで続くかわからないこの状況、わたしは家事に仕事に頭を悩ませていた。今日はみんな通勤・通学する日であったため、旦那と子供たちを見送った後で簡単に掃除を終わらせたわたしは、会社に向かって急いでいた。

コーヒーを買おうと待っているわたしの横を婦人が早足に通り抜けていった。その姿を横目に、なぜこんな朝から婦人は急いでいるのだろうかと考えていた。特売品を目当てに駆け足で向かっているのだろうか。子供のお迎え明けで出勤まで時間がないのだろうか。久々の出勤で時間を間違えてしまったのだろうか。表情も一瞬しか見えなかったので細かい事はわからないが、朝から急がなければいけない生活は大変だ。テレワークになったおかげで朝にゆとりができた事が本当にありがたい。わたしはコーヒーを片手に店を出た。

今日も朝からオンラインでミーティングはあるが、その後は比較的時間がある。昨日は自宅で食事をしないといけなかったので、今日は少し時間をとってランチを食べに行きたいものだ。業務前ではあるが、ランチタイムに何をいただくかを楽しみに、わたしは家に向かって歩いている。

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