見出し画像

クライミングウォールをデザインすることについて

割引あり

iPodや初期iPhoneの開発チームを率いたトニー・ファデルは「デザイン」というものについてこう語っている。

デザインの本質は、問題をじっくり考え、優れた解決策を見つけることだ。誰にでもできることであり、誰もがすべきことだ。

トニー・ファデル『BUILD 真に価値あるものをつくる型破りなガイドブック』p.377(早川書房.Kindle版)

これはアートとデザインの違いを端的に表してもいる。

デザインというものは、要は「問題解決のための手段」としての側面を強く持っているということだ。
アートはそうではない。デザインは解決すべき問題が無いところには生じないが、アートはどこにいつ産み出してもいい。

真のアートのためには制約は少ないほうがいいかもしれないが、デザインのためには制約はある程度あったほうがいい。
むしろデザインというのは与えられた制約にどう対処していくかの試みと言ってもいいのかもしれない。

単にちょっとカッコイイものを作る、というのはどちらかというとアートの領域に属し、そこに実用性が宿るときにそれはデザインと呼ばれるべきなのではないか思う。

(念のため断っておくが、アートが下位でデザインが上位であると言いたいわけではない。目的抜きに創作されるアートには、制約や実用に縛られたデザインには持てないパワーを宿すことができる)

さて、僕はデザイナーではないが、ファデルの言うように『問題をじっくり考え、優れた解決策を見つける』ように努めることはできる。なにせそれは『誰にでもできることであり、誰もがすべきこと』だからだ。


制約と理想

クライミングジムをつくる上で最重要なのがクライミングウォールのデザインだ。

壁の高さは?角度は?面積の配分は?どんな変化をつける?

壁のデザインによってジムの個性は半分以上決まると言っても過言ではない。
そこにオーナーの好みや偏見、哲学や思想、目的や目標、様々なメッセージが搭載される。

そしてそこにかかる制約というのは、もとの建物の面積や天井高であったり、予算であったり、壁素材の物質的な限界であったりする。

当ジム「FRICTION FREAKS」のもとの建物は古い倉庫で、内寸の床面積は概ね840×1400cm程度だ。
これはボルダリングジムとしてはけっこう小規模である。
理想を言えば、この1.5倍くらいの広さは欲しい。
(この2倍の広さが欲しいかと問われれば少し迷うところだ。それくらいの広さになると管理の手間や商売の規模として、自分ひとりで取りまわすには少し面倒になってくる)

さらに建物の1/4ほどの範囲が2階に分けられていて、その構造を取り壊すことも契約上禁じられていた。

工事前の物件の状態。奥が2階部分。

そういった制約の中で、自分の理想になるべく近いクライミングウォールをデザインする必要があった。

クライミングウォールのデザインを専門とした業者ももちろんあるので、そこにデザインを依頼するという手もある。

しかし、そんなところに頼んじゃったら予算が跳ね上がるのでケチりたい自分のジムの壁くらい自分の好きにデザインしたい。自分の理想をなるべくギャップなく表現するには他者を介さず自分でデザインするのが一番だ。そう思ったから自分でやることにした。

模型をつくる

クライミングウォールのデザインというと、なにか特別なスキルが必要であるかと思われるかもしれないが、そんなものなくてもそこそこの手先の器用さと根気があれば誰にでもできる。

まず用意するのは文房具屋で簡単に手に入る厚紙の方眼紙だ。

それをハサミやカッターで切り刻み、セロテープや糊でペタペタと組み合わせていけばいい。

方眼紙の1目盛り(1cm)を実寸の50cmと設定して作っていくと概ね扱いやすい1/50サイズの模型が出来上がる。

ちなみに模型づくりの前段階として描いた手描き設計図が残っていたのでそちらも掲載する。

設計図を書いた当初は壁高さを480cmにする構想だったが、のちに450cmに変更している

これくらいの簡素な設計図と模型さえあれば、信頼できる大工なり施工業者なりと打ち合わせしながら概ねイメージ通りのクライミングウォールを施工することができるはずだ。

ちなみにこの設計図を書く際はこのサイトを活用しまくった。

もちろんCADなどが扱えるならそれにこしたことはない。
でも文房具だけでやる工作でも充分コンセプトを伝えることはできる。

82度のスラブ、90度の垂壁、130度の強傾斜壁、三角形に区切られた120度壁は90度壁と組み合わせてダイナミックなムーブを作れる可能性も130度までまたいで手数の多いハードな課題を作る可能性も持っている。
そして2階建て部分の制約の中に生まれた164度のルーフ壁。

やや手狭なハコの中で、あまり偏りなく様々なボルダリングの技術習得が可能になるようにと苦心した結果がこの形状だ。

もちろん妥協がまったくないというわけでもない。
欲を言えば微妙に角度を変えたスラブをもう1面取りたかったし、105度程度の緩い前傾壁も作りたかった。

まあしかしあらゆるプロダクトに妥協はつきものだ。
よく「妥協せずこだわり抜く」ことこそが優れたプロダクトの条件であるかのように語られがちだが、僕はそうは思わない。

妥協が少ないに越したことはないが、妥協を全くしないプロダクトなどあり得ない。そんなものを作ろうと思ったら時間なんて100年200年あったって足りない。
妥協を全くしなかった、という言葉には必ず欺瞞が含まれる。

優れたプロダクトの条件は妥協しないことではなく、適切な妥協点の位置を見極めることだ。優先順位をつけ、取捨選択の決断を間違わないことだ。

僕がその取捨選択を間違わずにできているかどうかは未だ分からない。
それは5年後10年後の自分が評価することだ。

面白さの賞味期限

この壁には明確なコンセプトがある。
それはなるべく細かい変化をつけず、いわゆる「ツライチ」の壁にするということだ。

ジムスタッフとして複数のジムを渡り歩いてルートセットをしてきた経験から、僕は継続的にルートセットをする上での「壁の面白さの賞味期限」みたいなものを感じるようになっていた。

細かく形状変化しているような凝った壁形状は、最初はその壁独自の特徴的なムーブが簡単に誘導できて面白いが、逆にその特徴に引っ張られ続けて似たような課題ばかり作ることになってしまいがちだ。
逆にシンプルな形状であるほど、使い手次第でいくらでも応用・変化させられるぶん、面白さの賞味期限が長くなる。

このあたりは子どものおもちゃとかにも通ずるところがあると思う。
たとえば携帯電話を精巧に真似た形状でボタンを押すと音が鳴ったりするおもちゃなんかは、子どもにはじめて与えた日はすごい食いつきで喜んで遊んだりするが、遊び方が限定されているので飽きるのも早い。
逆にただの板切れみたいなものを渡すと、瞬間的な盛り上がりはそれほど無くても、子どもはそれを携帯電話に見なしたり、車に見なしたり、飛行機に見なしたり、絵本に見なしたりと、創造力を働かせて長く遊んでくれたりする。

ツライチ形状の壁もそれと一緒だと思う。

壁そのものに強いクセがなくプレーンな味であるからこそ、その上にどんなホールドでどんな課題を作っていくかセッターの創造力に委ねる部分が大きくなる。やろうと思えば大型のハリボテなどであとから変化を加えることもできる。

外部の業者にウォールデザインを委ねなかった理由にはそのあたりも関係している。

プロの業者がデザインするとなれば、そこに多少なりとも「色」が入る。
なんの色も出してこないのであればプロに依頼する意味がない。プロはプロとして、プライドを持って仕事に独自色を入れる必要がある。

今回僕はそういった色を加えられるのを望まなかった。
なるべくクセがなく、なるべくシンプルに、なるべく飽きがこない、炊き立ての白いごはんみたいなクライミングウォールを作りたかった。

この壁のルートセットをするのは主に自分だ。
であるからには自分が楽しくセットし続けられることを何よりも優先したい。

その目的に沿ってコンセプトが決まり、そこに様々な制約も乗っかり、そしてデザインが決まった。

そうして出来上がったクライミングウォールを扱いはじめて約10か月が経つ。

当然だがまだ全く飽きは来ていない。

5年後10年後、自分がこのクライミングウォールにどのような評価を下すことになるのかそれはまだ分からない。

しかし少なくとも今のところ、想像どおりの扱いやすさに満足している。

おまけ

今回の記事で書きたいことは大体終わりだが、有料部分にもう少しだけ続きを書く。

大したことは書いていないが、あまり無料部分でおおっぴらに言うべきでない悪口(?)も書いているので有料部分に隔離する。
本当に大したことは書いていないので、もし今回の記事が面白かったと感じたら投げ銭のつもりで購入して欲しい。

ここから先は

1,878字

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?