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部屋と大将と夫 〜窓が割れた日〜

今年の2月、引っ越しをした。

家探し中、いくつか見学した予算内の物件の中では、抜群にきれいな内装。壁も窓枠も、すべてきれいに塗られている。私たちが入居する直前にリノベーションしたばかり、という部屋だった。

荷物の運び込みも終わって、換気しながら片付けをすることに。

ぐっと窓を押し開けるが…開かない。

各部屋に2~3個窓があるが、いくつか開かない窓がある。

家の不具合については引っ越し直後に話しておいたほうがいいので、私たちはエージェントに連絡し、翌日、ペンキ屋の大将がやってきた。

何故ペンキ屋かというと、窓枠はペンキで塗装されているのだが、明らかにペンキ同士がくっついている感じがするからだ。

ペンキの厚み分だけ塗装前に窓枠を削ったり、はめる前にちゃんと乾かしたりしなかったのだろう。ぎっちぎちに詰まっていて、びくともしない。

大将は

「俺は若い奴らにきっちり仕事をするようにいっているんだが、見てないと適当に仕事すっからよ。」と、上に立つ人間の悩みなど話しながら家のあちこちをチェックし、窓に取り掛かりはじめた。

「これはよう、最近気温が高いから木が膨張してて開かないんだ。そのうち開くようになるから。」大将はそう言いながら

バンバンバン!

窓枠をこぶしで叩き始めた。

バンバンバン!

え、大丈夫かな…

バンバンバン!

あ、ちょっ、そろそろ…

バンバンバ… ビシッ!

あーやっちゃった…

一瞬の沈黙の後、大将は

こんなのただのヒビだから問題ないよ。」

「ほら(ヒビのところをなでながら)さわったって怪我するわけじゃないし、雨が漏れてくるわけでもないし、全然問題ないよ!OK?

そういって、こんどは鉄のスクレイパーで窓と窓枠のスキマをがしがし削り始めた。

「水漏れしないし、怪我もしないし、大丈夫!」じゃ、いっか😊なわけねーだろっ

ガラス割っててゴリ押しとかすごいなと思うけど、これはごく一般的な対応です。「独自の理論で相手を言い負かせば、責任を取らなくていい」の精神で動いていますから。

日本にいるときのように簡単に謝っちゃうと、自分の責任でも何でもないものまで負わされます。

今回の場合は理論も何も、明らかに大将がミスしてますよね。

でも大柄な男性を目の前に英語で言い負かせられるのだろうか。

あなたが叩いて割ったんだよね?エージェントにちゃんと話してくれる?」といっても、

「こんな小さいヒビ、なにが問題なんだよ。おまえんちが窓が開かないっていうから仕事時間外(午後3時)にきてやったのに、じゃあもう知らねーよ。」と、ご立腹。

うーん…。認識が違うので、どう納得してもらったらいいのかわからない。あと、それまで楽しく会話していたので、なかなか言いづらい…。

でもこのまま帰られると証拠もなく、彼が認めなければ私たちが窓の修理費を持つことになる。

どうにかしなければ!

考えた末、こう言った。

「窓にヒビが入ってしまったのを知ったら、きっと夫はわたしをものすごく怒るだろう。いつも手続きなんかで失敗すると、責められるから。今回のこともとても怖い。私の夫に電話して、このヒビは問題がないヒビだと説明してくれる?

私は自分の素直な気持ちを話し、お願いした。(いつも失敗して責められるのは本当です。嘘はついてない。)

すると大将、急に表情が柔らかくなり、電話に応じてくれた。

大将「今おまえの家の窓見に来たけどな、開けてる途中でちょっとヒビが入っちまったんだよ。けど別に怪我するほどじゃないし、雨も入ってこないし、問題ないから。わかったな?」

夫「なにいってんだよ。これは問題だよ。」

大将「何だよ。全然深刻じゃないって言ってるだろ!

夫「深刻な問題に決まってるだろ。おまえが言いたくなければ俺がエージェントに電話するから、おまえは何もしないで待ってていいぞ。」

そしてエージェントからに電話がかかってきて、状況説明しているときの大将は、さっきまでと違ってしょんぼりしている。

「はい、わかりました。はい、払います…。」

かわいそうになってきたが、そう差し向けたのはわたしだ…ぐぐぐ…。

エージェントとの電話のあと、再び夫につなぎ、大将は「ワイフに怒ったりするんじゃないぞ!」といった。

た、大将~!

夫「俺はワイフじゃなくてお前に怒ってんだよ!

バッサリ。

そんな風に言われながら、「わかってるよ」という表情で電話を切り、「大丈夫だぞ」と言いながら大将は帰っていった。

ああ、ありがとう大将。ごめんね大将。仕事はイマイチだけど、君の優しい心に乾杯。

あれから冬になり気温は下がったけどいまだに半分以上の窓は開かない。むしろ水を吸って開かない窓が増えたけど、もうこのままでもいいよ…。

夫の帰宅後、電話でどんなやり取りがあったのかを知った。そして彼は最後にこう付け加えた。

「もしあれだけいっても納得しないんだったら、「そんなにヒビが問題ないっていうならおまえんちに行って、窓に全部ヒビ入れてやろうか」って言おうと思ってたよ。結局そのまえにむこうが折れたけど。」

うわ… そんな発想には絶対ならんわ

交渉に勝とうと思ったら、相手の気持ちを考えてしまうと逆に結果をうやむやにしてしまうと学んだのでした。

それを知っても、できる気がしないけど。

おしまい。

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