51-38
それは久しぶりの良い夜だった。わたしにこびりついた孤独さえ「良い風だ」と呟いた。どっちつかずな季節は、わたしを翻弄したが、それさえも心地よく、何処までも歩いてゆけそうだと思った。それは空と海の交わる場所や、虹のいちばんさいしょのことで、わたしはその瞬間から歩かねばならないという使命感に駆られた。コンビニでひとつの酒を買い、初めて地に足つけた赤子のような気持ちで地面を踏んだ。わたしの足元が捉えたのは、ただの街で、しらない家で、しらない生活だった。しらない家の、しらない生活は、生暖かい磨りガラスから、匂いたっていた。わたしは路上でゲロを吐いた。
わたしにこびりついた孤独は「ざまあみろ」と呟いた。
街は夜になっても、車が多く、それもまた余計に私を気持ち悪くさせた。
ヘッドライトに見つからないよう、なるべく静かに歩いてみたが、わたしは呆気なく見つかった。その瞬間、轢き殺されれば良かったが、ヘッドライトは私のことなど露知れず、自分たちの「生活」に帰ってゆくのだった。
車が跡形もなく消えた後、真っ黒な街が戻った。
その黒さは、わたしが少し前に見殺しにした犬の毛色と同じで、空の星々は、老いた犬の白髪混じりの口元そのものだった。
結局、空と海の交わる場所にも、虹のいちばんさいしょにも辿り着けなかった。
わたしはほとんど発狂しながら、目に付いた車のナンバーを、見殺しにした犬に許しを乞う様に、わたしの存在が全て無かったことになる魔法の呪文の様に、唱えた。
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