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死なないもん

小さい頃から、絵を描くのが好きだった。絵を描けば、お母さんやお父さんに褒めてもらえるから。
お兄ちゃんが反抗期になったとき、お父さんはずっと怒鳴ってた。お姉ちゃんが学校に行けなくなった時、お母さんはものを投げた。
絵を描いても、お父さんとお母さんは褒めてくれなくなった。わたしのことを見てくれなくなった。絵を描くだけじゃ、駄目なんだと思った。それから、わたしは兄妹のなかで一番いい子でいることに務めた。親が一番、望んでいることをした。お母さんは、よく「しおりの好きなことをしたらいいよ」と言った。わたしの望むことは、お母さんの望むことだった。
お父さんが、飼ってた犬に「はやく死んでくれ」って言った日、なんかおかしいって思った。こんなに理不尽なことを言ってる人が目の前にいるのに、わたしってなんで何も言えないんだろうって思った。こんなの、わたしがしたかったことじゃないって思った。おかしいって思ったら、なにも信じられなくなった。ダムが決壊したみたいに、今までのかなしいことが、カラダに溢れて、溢れて、溢れたのに、行き場が無くて、カラダの中がぐちゃぐちゃになった。
今までのお父さんのことも、お母さんのことも、自分のこともわからなくなった。それから、わたしのかなしいことは、度々わたしのカラダの中を暴れ回って、すべてを壊していくようになった。一日に過ごす度に、生まれてきちゃってごめんなさいって思った。心の中でいつもお母さんに謝った。こんなの、お母さんが望んだわたしじゃないから。はやく、お母さんが望むわたしにならなくちゃ。お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

ああ、また朝になった。お母さんが望んだわたしになれないまま、また朝になった。鳥は、一番に朝を教えてくれる。外でちゅんちゅん鳴いている。「まだお前は生きてるの」って言われている気がする。わたしは、あの日みたいに何も言えなくなる。ベランダに出てみた。あの鳥に、言い返せるかもってちょっと思った。冷たい風が髪に馴染む。まだ、朝になりきれていない朝。昨日の雨を孕んでる。鳥に言い返す気はなくなっていた。ベランダから下を覗く。死んだら楽かな、とか思う。
でも大丈夫だよ、わたしは死なない。
だってそんなの、お母さんが望んだわたしじゃないもん。

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