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笑ってね。



退院まであと2日

 術後9日目、入院11日目。この日は決まった時間の検温以外に何も予定がなかったので、ゆっくり過ごしました。本を読んで、友達と連絡を取って。久しぶりに穏やかな時間が流れていました。
 この日の日勤さんは、受け持ち回数おそらく最多の方でした。退院に向けた不安を初めて打ち明けた看護師さんです。私は心の中で、「れごさん」と呼んでいました。あだ名の由来は秘密です。れごさんとは関わる時間が長かったので、徐々に仲良くなっていました。今日日勤ということは、明日は夜勤かな。もしかしたら彼女と会えるのは今日が最後かもしれない。ふとそんなことを考えて「明日もいますか?」と聞きました。
 最初は話すのに少し緊張したけれど、細かいところに気づき、気さくに話しかけてくれる彼女を信頼していました。れごさんがその日の受け持ち看護師さんだと安心でした。退院する前にきちんとお礼を言いたくて、気づいたら「明日もいますか?」と聞いていました。突然そんなことを聞かれると思っていなかったのでしょう。彼女は少し驚いた表情をしていましたが、笑顔で「いち香さんの受け持ちかは分からないけれど、明日もいるよ。」と教えてくれました。お世話になったので、最後の日には感謝を伝えてからお別れをしたいと思っていました。今日が最後ではない、明日まで心の準備ができると分かってほっとしました。
 受け持ちかどうかではなくて、信頼できる看護師さんの姿を見かけられることが私にとって大切でした。長くはない入院期間でしたが、一度でも受け持ってくれた方のお顔は覚えていました。看護師さんと廊下ですれ違うときやナースステーションの前を通ったとき。ほんの一瞬でも、知っている顔を見つけられることが安心につながっていました。

出会いに感謝

 術後10日目、入院12日目。この日も、お風呂と検温以外の時間はのんびり過ごしていました。夕方「今、大丈夫?」と言って、れごさんが訪ねてきました。夜の受け持ちさんなのかと思ったら違いました。明日の朝だと忙しくてゆっくり話せないかもしれないと思って、わざわざ時間を取って来てくれたのです。何度も受け持ってくれたけれど、ゆっくり話したのはこれが最初で最後でした。しばらく話した後、「そういえば今日は3つ伝えたいことを考えて来たんやけど、最後の1つ。何か分かる?」と聞かれました。考えたけれど分からなくて首を傾げていると、「笑ってね。」と言われました。 
 「笑ってね。」と言われているのに。最後だから笑顔でいたいのに。涙が止まりませんでした。つらいこともあると思うけれど、笑って生きてね。そう伝えてくれました。涙を流す私に、元気をくれる言葉をたくさんかけてくれました。れごさんがかけてくれた言葉は全部、私が欲しかった言葉でした。分かってもらえたことも私のために時間を使ってくれたことも、すごく嬉しくて。涙が止まりませんでした。日記を見返すと今でも涙が溢れてくるくらい、私のことを考えて言葉を選んでくれていました。
 話が終わっても泣き続けている私の背中をさすって、握手でパワーを送ってくれました。守られた場所から出ていくことは不安だけれど、れごさんのおかげで「大丈夫かもしれない。」と感じられるようになりました。こんなに私のことを考えて、時間を取って、言葉にして伝えてくれた人がいる。幸せなことです。がんになってこの病棟に入院していなかったら、こんなに貴重な経験はできませんでした。悪いことばかりじゃないと、少し前向きになれました。
 私は泣き笑いになってしまったけれど。最後はお互い笑顔で手を振って、れごさんが病室から出ていくのを見送りました。


▽ 続き

▽ まとめ


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