墓じまいは故郷じまい
先日、墓じまいをしに母の故郷である岩手県を訪れた。
ここ数年「いつかはしないと」と思っていた。
けれど昨年伯父が亡くなったことで、思ったより早くその時が来た。
飛行機に乗り、電車を乗り継ぎ片道3時間。
その道中で母に「はるはもう岩手に行くこともないやろうなあ」と言われてとても寂しくなった。
いずれこの日が来ることは分かっていた。
なぜこんなに寂しい気持ちになるのかというと、私にとって墓じまいをすることは故郷とお別れをすることと同じだと思っていたからだ。
岩手県は母の故郷であって私の故郷ではない。
だけど物心ついた時から毎年夏に訪れてはいろんな場所に行き、いろんな思い出を作っていた。
だから気付けば私にとって、第二の故郷とも呼べる場所になっていた。
普段生活をしている大阪は、今も昔も大好きな場所だ。
ほどよい都会感とほどよい喧噪感。
それが心地よくて自分にも合ってるなあと思う。これからも住み続けたいと思う場所だ。
けれど小学生くらいの時から、年に何度かうまく呼吸ができなくなる時があった。いじめられている訳でも、何か困っていることがある訳でもない。
ただなんとなく窮屈に感じて、心臓がきゅっと縮まるような、そんな感覚を覚えることがあった。
だけどそんな時に岩手に行くとぶわあっと解放された気持ちになって、胸いっぱいに空気を吸い込めるようになっている自分がいた。
たぶん、何に縛られてる訳でもないのだけど、知らず知らずのうちに人目を気にしたり、都会のスピードに疲れたりしてるんだろうなあとぼんやりと思う。
だから墓じまいをすることによってそんな場所が失われるんじゃないかと思って怖かった。
なるべくなら来るな。
そう、思っていた。
けれど想像していたよりも早くその時が来てしまった。
立派な墓石を壊し、中にある遺骨を取り出す。
先祖代々、20体くらいの遺骨が取り出されたらしい。
そしてその遺骨をお寺にある永代供養墓に納骨した。正直費用もばかにならなかった。
墓石を解体、遺骨を運び出す費用はもちろん、永代供養をお願いするのに総額100万円近くかかった。それでも自分の代でちゃんとしようと動く母に私もできる限りのことは協力した。
***
墓じまいをした日の夜、母親の学生時代の同級生との飲み会があった。私も同席させてもらって、色々とお話をさせてもらった。
ほとんどが初めましての人ばかりだったけれど、たくさんよくして頂いて、たくさんお酒も進んだ。
その飲み会の席でも、翌日帰路に着く前も、母親の同級生たちから「またおいでね」と何度も言ってもらった。
社交辞令だと言われればそれまでなのだけど、そう言ってくれた言葉がとても温かく優しくて、シンプルにまた来たいなと思った。
私を待っててくれる祖父母も伯父ももういない。
これまでずっと待っててくれる人がいないところに行くなんてという思いがあった。
大好きな場所だけど、もうこれで終わりなんだと思っていた。
だけどこう言ってくれる人がいる。また会いたいと思う人がいることに救われた気持ちになった。
泊まる場所がなければホテルを取ればいい。
車の免許もあるから、レンタカーを借りて近くを走ってみるのもいい。
納骨したお寺に御参りしたら、また祖父母や親戚に挨拶だってできる。
そうか、私次第で行けるんだ。行ってもいいんだとなんだか晴れやかな気持ちになった。
墓じまいは故郷じまいだ
そう思っていた。だけど、たとえ待っていてくれる人がいなくても私にとっての第二の故郷は変わらない。これで終わらせなくていいんだと思えて良かった。
近い将来、きっとまた行こう。
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